◇503 -呼び名-



 盲目もうもく影牢かげろう、成功体、完全体......シルキ大陸で様々な呼び名を与えられた俺は人々から危険視され辛うじて生きてきた。

 辛うじて、というのは本来の “生きている状態” とは少々違うからだ。別に怪我を負ったワケでも命を狙われ負傷したワケでもないが、シルキ大陸で俺は辛うじて生きてきた。


 俺の両眼はグルグル眼鏡の学者に焼かれた。

 眼球を包む水分を沸騰させる、という水の沸騰という理屈こそ理解出来るが眼球を包む水分を沸騰させるという理解不能な、非現実的にも思える所業を、あのグルグルは笑いながら現実にした。

 それから当たり前だが、俺の眼は見えなくなった。火傷などの傷痕は全くないらしいが、瞳が色を失っているらしいので黒眼帯で瞳を隠している事から、盲目の名が。


 影牢の名は、俺に与えられた導入能力ブースターからきている。自身の影を操る能力で、影の中に対象を沈め潰したり、影を剥がしたり、そういう使い方をメインにやってきたから与えられた名だろう。


 成功体や完全体は、命彼岸めいひがんの呪い。命彼岸の種を体内に植えられた者は十中八九、化物になる。それが腐敗仏はいぶつ。しかし俺の身体は命彼岸に耐えるだけではなく、化物のような姿になる事もなく、身体中に張り巡らされている神経に命彼岸の根のようなものが深く絡まる始末。その結果、腕が千切れようとも胴が千切れようとも、首が撥ねられようとも、根が絡まり合い、再生する化物になった。

 命彼岸を支配出来たのは恐らく、俺の左胸に埋められているモノのおかげだろう。


「心臓の贋作......楼華魔結晶」


 左胸に触れても人と変わらない皮膚があり、肉があり、骨がある。しかし本来、心臓がある部分には楼華魔結晶サクラが埋め込まれている。勿論鼓動はない。心臓がないという事は全身に血液が回らないという事になり、俺は傷ついても最小限の出血で終わる。

 この血を作っているのが楼華魔結晶であり、血を全身に回しているのが命彼岸。


 俺の生命マナを餌に楼華が血液を生産し俺を生かし、その血液で命彼岸が育ち宿代として俺に生命を与える。


 皮肉なループが俺の体内で行われている。


 眠る必要もなく、食べる必要もなく、病気にもならない身体。

 疲労こそするものの、本来の疲労とは少し違って数十分安静にしていれば全回復する。

 痛みの感覚も無いワケではないが、かなり遠く薄いものとなっている。腕が千切れようとも針で指先を少し刺した程度の痛みしか湧かないうえに、すぐに神経が絡み合い繋がり再生する。


 簡単に言えば、俺は化物だ。


 そんな俺に対して帽子の魔女エミリオは恐れる様子も軽蔑する素振りも見せず、友達と言ってきた。見知らぬ俺をだ。

 生前、と言えば複雑になるが、以前の俺を知っているカイトが今の俺を見ても友達だというのはわかる。しかし全く面識も無かったエミリオが、出会って数十分程しか経過していなかったあの場でよくあっさりと、友達 など言えたものだ。


 物事を深く考えず、直感的に見て、自由奔放に。そんなエミリオの言葉や態度に───褒められる態度ではないが───心が救われたのは事実だ。


 もう一度、許されるのなら、人として生きてみたい。そう思えた。



「トウヤ! こんな所にいたのか」


「───? カイトと......だっぷーか」


「トウヤあ! 改めて久しぶりだねえ!」


 この2人はあれから───10年前の陽炎事件からも必死に前に進んできたんだろう。


「久しぶりだな。で、何の用だ?」


「お祭りやるんだってえ! 詳しい話はわかんないけど、お祭りだよお!」


「そういう事だトウヤ。詳しい話は螺梳ラスさんや療狸やくぜんさんからあると思うから、一緒に城へ行こう」


 夜楼華が咲いて3日経過したが、まだ3日しか経っていない。人々から不安が消えたとは思えないし、むしろ今後に対しての不安が膨れ上がっただろう。そんなタイミングで、祭り?

 大妖怪と大神族は何を考えている?


「私ししちゃん達の所行ってからいくねえ! 2人は先行っててえ!」


 すっかり成長したホムンクルスが仲間の元へ向かうのを見送った。


「その眼、見えているのか?」


 カイトは俺を見て不思議そうに言った。最もな質問だろう。


「説明するのが難しいんだが、視えてる」


「そうか」


「お前のその身体の模様と耳と尻尾───尻尾はどうした?」


 次は俺が質問する番だ、と言わんばかりに質問を投げ飛ばそうとしたものの、あったはずの尻尾が消えていた。


「俺にもわからん。最初は無かったものだし今が普通だしいいだろ」


「そのアラベスク模様のアザと獣耳で普通って言葉よく言えたな」


「そう思うだろ? でも外の大陸じゃ別に普通なんだよな。お前も魅狐ミコ猫人族ケットシーを見ただろ?」


「あれは元からだろ。お前の場合は後出しだから俺から見れば違和感があるんだ」


「そんな事ないぞ? 今シルキにいる冒険者全員、ウンディーにいる冒険者も全員、ただの狼だった俺を最初に見てるけど人になった俺に対しても別に誰も何も───いや」


 カイトはここで眉を寄せ、何かを悩む......でもなく、迷うでもなく、しかしそういうジャンルの雰囲気を醸し出していた。


「誰か何か言うヤツがいるって事か?」


「俺の知らない所で言ってるヤツはそりゃいると思うが、それをノーカンにしてもひとり......四つ耳だとかヘソだとか呼ぶヤツがいる」


「誰だ?」


 四つ耳とは面白い視点で呼び名をつけたもんだな。確かにカイトには本来の耳の他に獣耳があり、合計で四つ耳がある。


「それは───」


「お! ヨツミミ! なにしてんの!?」


 カイトをそう呼ぶ犯人が遠くから大声をあげ、手を振っていた。

 服装はガラリと変わっているが、魅狐の横で手を振る小さな青髪は───エミリオだ。


「よぉ、ヘソ。なにしてんの? お、モウロクもいんのか。元気してたか?」


「誰がヘソだ───ってもうヘソでも何でもいいけどさ。俺達は別に何もしてないけど、エミーとプンプンさんは何してたの? ってかエミー服どうした?」


 なるほどな。確かにこれは何か言うヤツのジャンルに分けていいのか迷う所だ。悪口ではないのはハッキリわかるし、これがエミリオの、エミーの性格だというのも俺でさえわかる。


「ボクの事はプンプンって呼んでよ。さん とかそういのうナシで! ボクもさんとかナシで......ヘソ? ヨツミミ? どっちかで呼べばいいのかな? それと───こっちの眼帯さんは?」


 魅狐の名前はプンプンか。この魅狐と一緒にいた半妖精も中々不思議な存在だとは思っていたが、この魅狐も相当な実力者だな。


「こっちの白髪しらがはモウロク。わたしのフレだぜ!」


「それ白髪しらがなの? そして耄碌もうろくなの?」


 カイトが言ったように、外の大陸じゃ身なりはそこまで重要じゃないんだな。長い事シルキにいた身としては、第一印象は身だしなみ。つまり初見でどれだけ存在感を相手に与えられるか、という牽制的な考えが根付いてしまっていた。

 昔の俺も、相手の身なりをそこまで気にしていなかった。


 もうシルキに残る意味もないし、行ってみるか───外の大陸。


「誰が白髪しらが耄碌もうろくだ。そういうの広めるなよエミー」


「お、生きてたのか。喋んねーから死んでると思ってたぜ。まぁ呼び方ひとつでそんな怒んなよ? な?」


「今回は眼を瞑るけど、白髪と耄碌のセットはやめてくれ」


「おいおい、眼を瞑るってか! 眼帯巻いてるのに瞑るってか! やるなお前!」


「......はしゃぐほど面白くはないよエミちゃん」


「......トウヤも今のはイマイチだぞ」




 今のは別にギャグじゃねぇよ......。




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