◇498 -幻想楼華-9



 花弁が舞い、冷気が漂い、鬼が妖気を散らす摩天楼まてんろうの天の間、幻楼庭園を上空から見下ろす観音討伐チームは予想を遥かに越えた状況に息を飲んだ。ひとめでは理解出来ない現状の中で、まず動いたのは義手の冒険者ワタポだった。怪鳥の背から迷いなく飛び降り、まだ不安定な白黒の翅を広げた。ワタポが急降下で向かう先には───意識を失ったまま落下している魔女エミリオ。受け身も足掻きも出来ない状態で落下すればただでは済まないだろう。

 上空からエミリオをいち早く発見し、状態を瞬時に判断したワタポは妖精の魔術 エアリアル を使い、どうにか魔女を空中で抱き寄せる事に成功した。しかし急降下しか考えていなかったため、着地も飛翔も間に合わない。

 せめて自分が下に、と身体を反転させ翅を広げ少しでも速度を殺し衝撃を弱く、と考えたワタポは反転し驚いた。自分のすぐ後ろに半妖精、魅狐、それだけではない。全員が飛び降りて来ていたのだ。


「ちょ、え!?」


 驚き声と共に、ワタポは笑ってしまった。そしてすぐ、この状態をどうすべきか任せる事にした。が、


「無理ね」


「だね」


 と半妖精と魅狐があっさりと諦めをクチにした事にワタポは再度驚く。それでも、任せるのだ。


「にししし! おっかないねぇー!!!」


「「「ニィィィィああぁあぁあぁあぁ!!」」」


「〜〜〜〜っっ!!」


「うっわさっっむ!」


 キノコ帽子は落下を怖楽しみ、猫人族達は酷い顔で悲鳴を轟かせ、リピナ率いる癒隊は声も出ない。天使は落下風に寒気を感じるという、全く頼れない様子。


「ウチは情報屋じゃ」


「ビビは鍛冶屋だ」


「私も鍛冶屋」


 だから無理。と言わんばかりに情報屋と鍛冶屋2名はなぜ飛び降りたのかも不明。


「トウヤ」


「あぁ、手伝えよカイト」


「がんばれえー!」


 カイトは親友の名を呼び、狼尾を煙るように拡散させる。能力、影狼カゲロウは影を作り影を纏う。

 その影に自身の影を繋げたトウヤはカイトへアイコンタクトを送る。するとカイトは影を大剣に纏わせ狙い無く豪快に振る。狙い───軌道はトウヤが影操作で上手く真下に送り、だっぷーは応援した。

 途中で魅狐プンプンが雷をスパークさせ影を伸ばすように加速させ、ワタポよりも先に地面に到着。地上に影がつけば後はもうトウヤの土俵と言えるだろう。月光を浴びる夜楼華の影へ自身の線影を繋ぎ、夜楼華の濃く大きな影を利用し落下する面々を影牢カゲロウで捕える。

 速度も衝撃も重力も無視する影のプールへ次々に飛び込み、誰も傷つかず着地を成功させた。


「───リピナちゃ達はエミちゃを!」


 影から───吐き出される形で───脱出したワタポはすぐに怪我人エミリオをリピナ達へ任せつつ、転がる左足を拾う。切断されようと部位が残っているなら再生術で繋ぎ戻す事は可能であり、リピナは再生術の熟練度も高い。

 治療は任せるとして、ワタポは皆より一歩遅れて現状確認をする。


 その現状は、不思議なものだった。


 エミリオが暴れたであろうデタラメな魔術痕が目立つ中に他の者の戦跡もある。ここまではよくある普通の戦跡だが、暴れたであろうエミリオは瀕死状態であり、エミリオのターゲットだったであろう眠喰も外傷はほぼないものの意識もない。不思議なのは全く生気を感じさせない夜楼華ヨザクラと、エミリオが連戦したであろう三妖怪の外傷の少なさ。

 ワタポは可能な限り現実的な想像を張り巡らせ、夜楼華は想像不可能だったが三妖怪については大体わかった。


「ワタポ、どうみる?」


 廃楼塔攻略メンバーの中にいる妖怪達が三妖怪へと言葉を投げかけるべきか否か迷っている最中に、フェアリーパンプキンはギルマスを仕切りに、状況判断と想像の擦り合わせをスムーズに行った。


「夜楼華はわからない。あの妖怪達は......十中八九エミちゃの説明不足と不必要な挑発が原因」


「ボクもそう思う」


 まさにその通りとも言える予想。エミリオが確りと説明した上で戦闘になったのならば話は変わるが、説明もせず挑発し、結果三妖怪に破れた。

 三妖怪は話せば聞いてくれる、話せる存在だと冒険者陣もわかっているので尚更、今回の件はエミリオが悪い。


「俺達は今は何も言わんから、話があるならしてくるといい」


「何も知らないから何も言えない、が正解ですけどね」


 共に廃楼塔攻略───観音を討伐した妖怪の螺梳ラスと鬼の八瀬やせは、今は三妖怪と話はしないと言った。あちらこちらで会話しているとまとまらない、と判断した八瀬の案であり、螺梳も納得。他のシルキ陣は元々話に入る気がないらしく、単眼も枕返しも頷く。白蛇の興味は既に再生術にあり、どうでもいい様子。

 烈風は不思議と全部綺麗に収まるような気がして、優しく微笑み頷いた。


先方せんぽうも3人だし3人で話してくるといい。この中でエミリオをよく知ってるのはフェアリーパンプキンだろうし」


「じゃの、ウチらは落下からの影入りで心に余裕なしでのぉ。任せるのじゃ」


 一応、シルキとウンディーのトラブルと見て取れない事もないので、皇位持ちのジュジュとキューレの声は必要だった。これでやっと三妖怪と会話しても面倒事はない。形だけでも手順を踏まなければエミリオよりも相手側の眠喰、京では眠姫と呼ばれる地位に立つ人物なので万が一問題に発展した場合、皇位の支えなしでは即逮捕もあり得る。


 ギルド フェアリーパンプキンの3名は三妖怪へと歩み寄り、


「......エミちゃが暴れたみたいで、面倒かけてごめんね。それで、どういう経緯で今に至るの?」


 ワタポが切り出した。

 敵意はない、と判断した妖華は「少し待ってね」と言い、色を、性別を、姿を変えた。それに習い夜叉も鬼化を解き、雪女も冷気の放出を止めた。


「オイラ達が来た頃には、みんみんは既に眠っていた。そちらの帽子妖怪も詳しい事情も語らず、邪魔するなら下がれってね」


 これにはワタポもひぃたろも頭を抱えずにはいられなかった。予想していた通りだがいざ予想が的中すればこんなにも───呆れた気持ちになるとは。


「そこに関しては本当に、あの帽子バカが悪いわね......起きたら謝らせるわ」


 呆れてものも言えない、という中でプンプンはジッと眠喰を見ていた。2人も、三妖怪も、プンプンが見詰める先に眠喰がいる事は既に知っていたが何もしないので無視していた。のだが、観察にしてはあまりにも長すぎる。


「......魅狐さん? どうかした?」


 モモがプンプンへ問い掛けると、


「えっと......わからない?」


 と不思議な返事をして「見てみ」と眠喰を指差した。

 治癒術師ヒーラーを除き全員で眠喰を見るも、プンプンの言葉の意味さえわからない。


「プンちゃん、どういう事?」


 ギルマスのひぃたろが問うもプンプンは「うーんとね」と唸り言葉を探している様子。上手く説明出来ないが何かが起こっていると判断したひぃたろとワタポは眠喰を警戒する。


「妖怪さん達も感じないなら勘違いかな......でも一応。ボクの勘っていうか、拾った感覚? だと眠喰さんはそろそろ起きると思う」


「ひぇ? みんみん起きるの!?」


 嬉しそうに、安心したような顔をプンプンへ向けた雪女のスノウだったが、次の言葉に顔が再び冷える。


「起きるのは間違いない。さっきから力が大きくなっててマナの揺れもおさまったからね。でも起きた眠喰さんがみんなの知る眠喰さんかはわからない。あれは───能力と対面した時に起こる変化なんだ」


 能力と対面、つまりフレームアウト。冒険者陣は一瞬でピリつき、シルキ勢は少し遅れて理解する。シルキ大陸では自分自身と姿形、声も同じ存在と精神空間での対話する事を言霊と呼ぶ。

 言霊と対面し対話を済ませ、運が良ければさらなる力を与えられる。運が悪ければ自分を失う。と言われている。まさにそれだと理解したシルキ勢も冒険者陣同様に眠喰を警戒する。


 警戒にピリつく沈黙が数十秒続き、本当に眠喰はまぶたを揺らし眼を開いた。

 今すぐにでも駆け寄りたい三妖怪達だが、気持ちを抑え警戒を強める。

 ぼんやりとした瞳で夜空を見詰め、眠喰は浮いていた自分を掴んだかのように頭を動かした。


「───......、......あれ? どうしてみんながいるの?」


 その声は紛れもなく眠喰すいみん のものであり、温度も言霊ではないと判断した三妖怪は各々が眠喰の名を呼び、螺梳ラスは安心したように溜めていた息を吐き出した。


「みそ、よかった......よかった」


「ひぇぇ......脅かすなよ!」


「本当に起きてよかった」


 眠喰へ駆け寄り安堵する三妖怪を見て、ひぃたろは、


「リピナ。無理矢理でもいいからそこの魔女バカを起こして」


 普段なら確実にリピナは拒否するひぃたろの発言だが、状況が状況───エミリオが起きなければ話が進まないだろうリピナも思い、わりと強めにエミリオの頭を叩く。すると天使みよも悪意を込めてエミリオの頭を叩き、続くように猫人族ケットシーのゆりぽよが尻尾で鼻頭をくすぐり、獅人族リオンのししが揺さぶり、枕返しが枕を返そうしたものの、そもそも枕で寝ていない事実に敗北する。


「───んあ......んだよ......うるせーな」


 流石は地界で指折りの治癒術師であり医師でもあるリピナの治癒治療だ。今の今まで普通に寝ていたかのようにエミリオは鼻を鳴らし二度寝を始めようとしたので、リピナはエミリオの右腕を軽く、本当に軽く叩いた。

 すると、


「───イギィ!!? ............は?」


 エミリオは奇声をあげ眼を見開いた。


「足は再生術で治したわよ。でも骨折はまだノータッチ」


「リピナ? いや、は? お前今ぜっったいタッチしたろ? てか何がどーなって───」


 キョロキョロと辺りを見渡し、エミリオは眠喰を発見。


「───クソネミ......おい起きたのかお前! そのノリだと、成功しぃぃ〜〜〜〜っっ...... ぇな!」


 カバっと身体を起こし勢いが骨折に響き、治したと言っていた足も正確にはくっつけた、なのでまだまだ痛みに敏感。


「クソネミのトコまで行く。誰か手貸してくれ」


 痛みに耐えぬき、倒れる事を拒否したエミリオは近くにいた枕返しの腕を掴み、寄り掛かるように身を任せる。


「俺も一緒に行く」


 螺梳も同行し、枕返しに支えられてエミリオが眠喰の元へ───全員が眠喰の元へと進んだ。



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