◇497 -幻想楼華-8



 池の水が柱のように伸び、上空で弾けさせる。

 周囲を焼いていた炎を鎮火するように池の水が強雨のように降り注ぎ、夜楼華を濡らし狼煙のように消火煙と焦げた匂いが漂う。


「よぉ、祭妖怪うるせーヤツなら間に合ってるぜ? 何しに来た?」


 鬼......あるふぁ だったか? アイツ以外はわたしを見もしないでクソネミの心配をする。

 言わねーけど、今お前等が心配して抱き寄せてるそれは失敗した場合、爆弾クラスの爆発力を出すぞ? 眠喰バクだけに爆発って感じに。


「カイトさん? に聞いた。魔女がみんみんを殺そうとしてるって。まだ息はあるみたいだし、もうやめよう。後はオイラ達がどうにかする」


 ヘソが? なんでヘソがわたしの行動を知ってる? まぁいいか。で、


「どうにかってどーすんだよ? 具体的で確率の高い、安全な方法がないなら引っ込んでろよ妖怪。もう適当な先延ばしじゃ話にならねーんだよ」


 強めに言ってみたが、わたしもブースター化の案はついさっき思いついた。そして奇跡と運でダプネが空ブースターをくれたのは───わたしの神ラックあってこそだ。

 さっき思いついた案だとしても、お前等が何も用意してないなら、まぢに引っ込んでてもらうぞ。


「それは......まだ、、でも必ず」


「それじゃもうおせーんだよ」


 やっぱりコレと言った解決案は用意されていなかった。そもそもこのタイミングで案が浮かぶのならば今になる前に事は片付いているだろう。

 とにかく、今はもうわたしが考えた荒業でどうにかするしかないんだ。邪魔されても迷惑だ。


「わたしが何をしたのか気になるなら黙って見てろ。そこの2人はクソネミ置いてさっさと下がれよ」


 至って普通の発言、挑発などの意図を持たない発言のつもりが三妖怪を刺激したらしく、無言のままゆっくりクソネミを寝かせ雪女と妖華は鬼の隣まで進む。その間、肌がピリつくような濃厚な妖力に鮮明な敵意を混ぜてわたしへ飛ばしてきていた。

 何かマズイ事でも言ったか? と自分の発言を整理してみるものの、三妖をキレさせたワードがわからないまま妖華がクチを開いた。


「何をしたのかって......本当に何をしたの?」


 そういう事か。

 何かをする前だと思っていたのか、わたしの「何したのか気になるなら」という発言が引っ掛かったって事か。


「今更何を言っても後は放置しかねーよ。上手くいったら説明してやるよ」


 期待させるような事は言えない。もし、クソネミが呑まれれば全て終わり。説明した所で結果はクソネミ次第、失敗した時はわたしがスムーズに呑まれ眠喰を排除するだけだ。


「今すぐ説明を───」

「もういいよモモさん」


 妖華を制するように雪女が一歩出た。


「今更何を聞かされても不安は消えない。それにきっとエミリオさんは話してくれない。こんな所で話す暇があるならみんみんを療狸やくぜんさんの所まで連れていこう。診てもらうのが一番早い」


 三妖怪の中で一番沸点が低く鈍いと思っていた雪女が一番早く良い判断をクチにした。

 生きているが眠っている状態で原因不明、ならば迷わず療狸に診せるべきで、療狸なら確実に原因を解明するだろう。そしてわたしは何も話す気はない。そしてそして、クソネミを療狸の所───このエリアから出す気はないし出させない。


「療狸のトコ行くならひとりでいけよ。これ以上邪魔すんならまぢに下がらせんぞ」


「───やってみろよ、私はみんみんを助けに来た。エミリオさんとやり合う覚悟でね」


 足下に冷気が走り、冷たさを感じた瞬間にわたしは跳んだ。この冷気は雪女スノウの妖力であり、攻撃範囲を広げるために拡散させたもの。一度スノウとはやり合っているからこそ見える戦術───ここでわたしは大きなミスをした事に気付いた、というよりは気付かされた。


「一対三だよ?」


 その呟きと共にカタナ───ではなく、厳重に封印されていた厄介な大太刀───鬼殺しが無色光を靡かせるように振られる。

 あるふぁ は鬼殺しを抜き、鬼化した状態でも自我を失う事なくスノウの冷気に誘導されるがまま跳んだわたしを討ち落とす剣術。1vs1ではないからこその戦術。

 咄嗟に左手の剣 ロザ へ無色光を纏わせ、単発剣術で迎え撃つものの、あっさりと吹き飛ばされたわたしの視界を花吹雪が潰す。鬱陶しい桜の花弁を魔女の特性 省略高速詠唱でわざと暴発させた火属性魔術で焼き払い、着地するため重い身体を全力でひねり地面を向き、舌打ちした。

 着地点は冷気が充満し無数の氷針、鬼は既に次の剣術でわたしを狙い、上にはさっきより多く広い範囲を花弁が逆巻き舞う。

 これぞ連繋、と思えるほど隙の無い連繋。ここにクソネミが絡むと更に戦術、戦法が広がるんだろうか? それも見てみたい───が、今はここを切り抜けなければ見たいもクソもない。


 下は針の山で多分着地と同時に氷槍がわたしを貫くだろう。かと言って箒で上に逃げると花弁の餌食。向かってくる鬼の剣術を利用して更に吹き飛ぶ作戦はさっきの剣術でディレイが発生したうえに無理矢理身体をひねった事で今は完全に動けない状態。剣術を受けて吹き飛ぶ作戦も、地面を剣術で抉る作戦も、箒を引き寄せ逃げる作戦も使えない。詰んだ死のう、と前までのわたしならここで諦め......いや、諦めの悪さは最強クラスだと思ってるから足掻くだろう。けど、前までのわたしならば考えなしの無茶苦茶な足掻きをする。しかし今のわたしはそんな馬鹿で雑魚じゃない。


「───あめーよ」


 氷には炎魔術を使い、鬼には風魔術。ここで炎と風が混ざり火力が増し花弁を焼き尽くす。どちらも広範囲上級魔術で炎の風が荒れ廻る中で、雷魔術をぶっ放す。


 炎が風に煽られ鬼を飲み込むだけに留まらず雪女と妖華まで届き、炎を裂くように鋭い雷撃が拡散。これで3発───わたしの能力は成長したおかげで4発まで同時詠唱可能になっていて、発動を遅れさせた理由は、4発目が魔術ではなく魔剣術だからだ。ディレイの終了と共に足は地面に付き、素早く地面を蹴って雪女と妖華をターゲットに地属性剣術を炸裂させた。

 炎からの雷にどうにか反応した2人だったが、雷を完全回避する事は出来なかったらしく軽い麻痺に襲われていた。麻痺というには一瞬すぎて弱すぎるが、剣術を撃ち込むには充分すぎる時間だった。褐色光を纏うブリュイヤールロザは五連撃剣術 ホライゾンを雪女と妖華にニ撃ずつ入れ、残りの一撃は背後から迫る鬼へ、渾身の力で撃ち込んだ。

 鬼はわたしの剣を受け止め押し合いで文字通り押し切ろうとするものの、4発の魔術が終わると同時にわたしは新たに4発、それも下級魔術なので詠唱は無いと言える速度で完了させ放った。下級魔術を無防備な状態で受けた鬼はダメージよりもその衝撃に倒れ、雪と華も魔術からの剣術で倒れ込む。


 中級魔術3発、魔剣術1発、下級魔術4発、を10秒もかからず終わらせたわたしは一息───つかず次の魔術を詠唱する。省略、高速 詠唱ではなく通常詠唱でもない、一文一句に要求魔力よりも多い魔力を注ぎゆっくり確実に詠み唱える詠唱法。

 今の攻撃だけで倒せるほど雑魚じゃない。むしろ今の攻撃が三妖怪に火をつけたかもしれない。もうゴリ押しはダメだ。しっかりと見て対応しなけれ───


「───ばっ!?」


 さっきよりも高密度な花嵐が舞い、視覚、嗅覚が一瞬で染められた。驚き声を完全にクチにしたにも関わらずわたしの詠唱は終了していなかった。気を取り直し落ち着いて───というのは無理な話だが───詠唱を続けていると花嵐の中から氷柱針が。突き刺さる氷は細くまさに針、刺突時に折れ砕けるものもあり、刺さったものは出る血液で溶ける程脆い、が数が100や200じゃ済まない。

 針に刺されるがままのわたしは氷針をシカトし、来るであろう鬼の気配に気を向けた───直後、首に嫌な感じを覚え咄嗟に回避行動をとった。敵意的なものを拾えたのかは知らないが、回避後、鬼の腕がわたしの首を狙い花嵐の中から伸びた。既にそこにわたしはいない、回避できた、と油断したのはわたしのミスだ。伸びてきたのは鬼の腕であり、鬼殺しではない。

 そこからは重なっていた小さなミスが大きな結果へと繋がる事を、わたしは身を持って体感、体験した。


 花弁は擦れ合い、薄く鋭い刃となりわたしだけを切り刻むよう踊り、刺さったままの氷針は冷気を広げ凍結を始めていた。体温の低下は取るに足りないが、冷気により身体の動きが極端に鈍くなった所で大太刀が低く振られる。

 花弁の視界阻害と継続斬撃、凍結の身体能力低下と拘束、見辛く動きが遅い中で大太刀が腹部を貫通。痛覚が火花を散らすと舞っていた花嵐の奥でいつの間にか黒髪になっていた妖華が、とても悲しそうな瞳を向け───束ねられた花弁がわたしを斬り削るように打ち上げた。



 落下する最中、痛みは既に遠く思考も破棄し始める脳。霞む視界にはよく知る顔が並んでいて、安心感に抱かれるように思考は停止した。





 幻想楼華。

 昔話に英雄として登場し、災厄となった存在の呼び名。エミーが昔話を信用して行動した結果、確かにカタナは、霊刀・楼華は存在した。そして今、私は幻想楼華となる事を決めた。

 私へ語りかけてきていた私は『共存する事も出来るけど、それだと幻想楼華にはなれない』と悲しそうに言い、全てを私へ残し消えていった。心のどこかにいる、なんて事も思えない程きれいに、粉雪が地面に落ちて溶けるように、あっさりと消えた。


 サトリは妖怪の魂魄を感知───寄り添うように会話し魂魄の深層を見る。悪意のある魂魄かどうかをここで判断していた。


 天邪鬼あまのじゃくは覚が見つけた悪意魂を逆さまに───悪を無理矢理にでも善に変えていた。


 基本的には覚と天邪鬼が魂魄を上手に夜楼華へ送り、夜楼華はその魂魄を天換していた。この時に魂魄から生命マナを貰い、その生命を根を通してシルキ大陸へ巡回させていた。

 しかし覚でも判断出来ない、天邪鬼でも逆さまに出来ない半端でいて特種な、歪であり異質な魂魄も存在していた。

 それらを魅狐ミコが浄化するようにおくり調整していた。


 眠喰バクは───覚が見つけた夜楼華に溜まった楼華どく前喰カコクイで自身へと取り入れ、天邪鬼が楼華を逆さまにし、それでも残った不純を魅狐が浄化し、夜楼華へ還す。

 それが眠喰の、私の種族の役目だった。


「......今更それを知っても、教えてもらっても、遅いよ」


 覚も天邪鬼も、もういない。魅狐も滅んだと思っていたけど、エミーの友達に紛れもない魅狐がひとりいた。でも、魅狐がいても......四種族がいなきゃ......


「いや、違うか......私は夜楼華の全てを前喰で喰べちゃったから、覚の仕事を潰しちゃってるんだ」


 そんな事考えても何の意味もないのに、考えてしまう。今、天邪鬼だけでもいればまだ方法があったかもしれない。夜楼華を殺さずに済むかもしれないのに......。


「無いものねだりはもう終わりだ」


 自分を叱るように呟き、私は自分に現喰イマクイを使う───と言っても赤衣は出さず自分の内側だけでそれをする。対象は楼華どくで喰い消す事は出来ないけど、喰う事は出来る。そして喰った楼華はまた私の中に入り、それをすぐに喰う。これを永遠に続ける事で楼華病の進行を極端に遅れさせる事が出来る。


「現喰を使えなくなっちゃうけど、これで何十年かは生きられる。夜楼華の変わりに魂魄を夢喰で何とかすれば......時間はかかるけど自然の生命マナが巡ってシルキも徐々に潤う」


 私が夜楼華の変わりをすればいい。

 そして私が死ぬ時は、導入能力で私の能力を別の人に継承する形で......背負ってもらうしかない。


「結局、根本的な解決とは言えない。けど、何十年かの間に解決出来るように、今度は私もちゃんと現実まえを見る」


 失ったモノばかり数えて求めていた。

 いつからだろう、今を見たくないと思ったのは。

 何も知らないフリをしていたのは私も同じだ。

 みんなが苦しんで傷ついて、それでも未来を求めていたのに私は過去を求めて、今が怖くて眠れなくなっていた。


 みんなの前でうまく笑えなくなっていた。


 でももう終わりだ。失ったモノばかりに眼を向けて手を伸ばしていたら、みんながいてくれる今が遠くなっちゃう。無くなっちゃう気がする。


「何も出来ないのはもう......───うしろ向きはもう終わりだ」



 悪食でも乞食でも悪鬼でも何でもいい。貪欲に、貪食に現実を喰らって私を生かせ───現喰イマクイ


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