◇487 -欲心観音-5
死にたくなければ言うことを聞いて。
ワタポが全員へ言った言葉は観音の耳にも届いていた。観音はその言葉を耳にした途端、自分の中にある錆び付いた記憶の扉が開かれた。
深く落ちる意識とは裏腹に身体は起き上がったかのように暴れる。
◆
大神族、観音。
今こそそう呼ばれているが、大神族の称号を得る前は私も人間だった。今私の前で吠え、血を流し、届くはずもない未来を必死に求める弱き者達と同じ “人” だった。
腰にカタナを差し、和國をより良い国へとすべく日々を過ごしていた。もう、何千年と前の事で、事細かには覚えていない。
しかし今あの女が言った言葉「死にたくなければ言うことを聞いて」という言葉は、私もその昔、誰かに言われた。私は死にたくなかったので言うことを聞いたのだが、当時の私は酷く鈍かった。一歩、たった一歩遅れを取った事により、私は生き他の者は全員死んだ。
一瞬にも満たない違いで結果が全く違うものとなる現実が、恐ろしいものだと思えた。
しかしその現実というものは、まだ私で遊び続けていた。
廃楼街───当時は楼華街と呼ばれ賑わっていた和國の都へ帰還した私を、絶望に染まる私を、人々は “英雄” と呼び
私はそんな人々を押し分け、自室に籠もった。湧き上がる恐怖が全身を震えさせ、何度も何度も吐いた。胃の中には何もないのに、嘔吐し続けた。
そんなある日、私の頭の中にある言葉が流れ込んで来た。
───人間種の中でも特別な存在、神族となるか、その弱々しい肉体で朽ちるか。
それは紛れもない、神の声だった。
私は縋るように声に従い、半年振り外へ出た。
そこは、地獄そのものだった。
得体の知れない異形が毒を撒き散らし、泣いているのか笑っているのか不明な声で叫び、何かを求めていた。
臓腑の破片、滴る血液の海に落ちる花弁。
現実は私を地獄へと誘った。現実はまだ私で遊ぶか。現実は私に何をさせたい? 何を求める?
そう嘆いた時、再び神の声が響いた。
───幻想楼華を討ち取りなさい。さすれば神族となり、人々の希望となる。人々の希望となり大神族となる。
私は現実を恐れ、現実から逃げるように、その声に縋った。
気が付いた時には異形を討ち取り、毒は消え去り、人々は私を “神だ仏だ” と呼び、縋ってきた。
縋りたいのは私だ、泣きたいのは私だ、助けてほしいのは私なのだ。そう何度も思い人々へ憎しみの視線を向けたその時、私の中で私が死んだ。
私の瞳に映ったのは、弱々しく醜い者達。
私もこんな顔を、こんな姿で、声に縋っていたのだろうか? そう思った途端、私は人々を拒絶した。私は───私を苦しめた現実になろうと決めた。
人を支配するもの、圧倒的な力なのだ。
神でさえ、私に声を送らなければ変えられないものがあった。神よりも強い力───現実だ。
私が誰よりも強い力を、誰よりも大きな力を手にし、全てを支配する。
そうすれば、きっと現実は私で遊ばなくなる。
そうすれば、きっと私が遊ぶ側になる。
そうすれば、きっともう怖がらなくていい。
私は私の為に、私だけの為に、他の何を犠牲にしようとも力を求めると決めたのだ。
そして今、ようやく理解した。
私が大間違いをしていた事に。
現実はまだ私で遊んでいたのだな。
いいや、これは罰か。
罰ならば受け入れよう。私は間違えていたのだから。間違えで取り返しのつかぬ事を何度も何度も繰り返してきたのだから。
現実よ。
誰も彼もが貴様の遊び道具になると思わぬ事だ。私の前に立つ者達は醜くも美しく、何よりも強い───現実さえ変えてしまう程、強い力を持って生きている。
その強さが─────────羨ましい。
◆
ワタポを指揮者にレイドは動き始めた。的確な指示───とはまだ言えないが、突発的に指揮棒を握ったとすれば上出来な配置。そして誰もがワタポを信じていたからこそ、タイムラグもなく動けた。
各々思う事はあるだろう。しかし、今は観音をどうにかしなければ悲しむ事も弔う事も出来ない。
───エミちゃを待つ? 違う。もし今ここにエミちゃがいたら必ず観音を討伐するために全力で動くハズだ。
「リピナちゃは後衛の指揮を、キューレさんは中衛の指揮を、前衛の指揮はワタシが取る! イレギュラーが起こった際は全体の指揮をワタシが取る! それまでは全員、自分の配置の小隊長に従って動いて!」
騎士時代の名残りがこんな所で顔を出すもはワタポも思っていなかっただろう。いや、ワタポ自身、今自分が小隊長という言葉をクチにした事さえわかっていないだろう。それだけ必死に、そして真面目に現実と向き合っているのだ。
───必ずここを終わらせて、ワタシ達も楼華島へ行くよ。だから、無茶しないでね.....って言っても無茶するよね。だってエミちゃだもん。
「異形を───大神族討伐を開始します!」
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