◇486 -欲心観音-4



 特異個体と呼ばれる───分類される───対象は今更ながらモンスターだけではない。同種族の中で能力がずば抜けている存在が、何かしらの脅威を孕み抱えた事により特異個体と呼ばれる。こう呼ばれた者は “存在” から “対象” となる。


「〜〜〜〜っっ!!」


「プンちゃん! 落ち着きなさい!」


 仲間を眼の前で3人も殺され、何も出来なかった自分に怒りが湧く魅狐ミコ半妖精ハーフエルフが止める。落ち着けという方が無理な話なのかもしれないが、それでも落ち着かなければ殺されてしまう。


「そもそも、このレイドの指揮者タクターは誰なの?」


 魅狐、半妖精と同ギルドの人間ワタポは傷だらけの身体を魅狐の前へ運んだ。遠くで捕食の余韻に浸る異形な特異個体と、怒りをバチバチと散らす魅狐の間に入る形で魅狐抑制に手を貸しつつ、指揮者のいないレイドに汗を滲ませる。

 大型または強力な対象を討伐する大規模パーティがレイド。ただ集まり何かをする、ではなく、メンバー全員が各々の役割を果たしひとつの全員でひとつのパーティとなる事をレイドと呼ぶ。なんらかの目的の一致などで団結、結合するのがレイドの基本であり、その際必ず全体の指揮を取る者がいる。

 指揮者の良し悪しでレイドの質が変わる、とまで言われる程大切な存在が今まさに欠けている状態で、強力な特異個体を相手にするという地獄のような状況。


「旗を振ったのはさっきの......エミーだろ? そいつが居ないんじゃ誰かが変わるしかない」


 黒眼帯の影牢───盲目のトウヤは影で槍を創り構える。数十秒から数分のクールタイム───捕食の余韻に浸る観音───を最大限利用し可能な限りレイドを立て直すべくトウヤもウンディーのギルド【フェアリーパンプキン】へと意見を伝える。


「エミーの目的は上の階へ行く事と何か切り札を持ってくる事だろう? 元々彼女には人を束ね指揮する才能なんてない事くらいお前らが一番理解してるんじゃないのか?」


 トウヤは影を巧みに操り外套───拘束具めいたコート───の邪魔な部分を引き千切る。

 そこへ、


「俺達もレイドとやらは初だ。鬼も療狸さんの子達も、指揮はキミ達に一任したいと思ってる。勿論これから先、誰が死んでも恨み無しだ。やってくれ」


 大妖怪の螺梳ラスがそう語った直後、観音は濃厚な余韻から戻る。


「───奇策は組めたか?」


 観音の下部───腕彼岸が眼に見える鼓動を上げ虚ろな瞳は欲にギラつく。

 鬼を捕食し、しのぶを捕食し、他の者も手にかければ更なる高みへ行けると確信したのだろう。先程までの観音とは明らかに雰囲気が違っていた。


「何が、何が奇策だ! 絶対に許さないぞお前! 大神族っていうのはみんなの支えになる神様の代行みたいなものじゃないのか!?」


「そうだ。だから救いを与えてやっているのだ。辛く苦しい現実、生き地獄から救ってやっているのだよ。神頼み程アテにならないモノはないと魅狐キミと思うだろう? 安心しなさい。全員救ってあげよう」


 大神族の雰囲気が重く冷たく、残酷な圧力へと変わり錫杖を鳴らそうと掲げたその時だった。

 よく知る魔力が虹色を広げ、中から───


「にゃーにが救いニャ!」


「そういうのは間に合ってるのじゃ!」


「随分とひずんだ教祖様だな。ある意味パンクだ」


「ビビ、このフワっとするの嫌いだわ〜」


「わわ! みんなでノコノコ出ようとすると詰まっちゃうよ!」


ててて、リピナの杖俺の尻尾に絡まってる!」


「えぇ!? ごめ、え、その尻尾感覚あるの!?」


「カイトぉ! 尻尾触らせえー!」


 緊張感のない声が響き、空間出口に見事詰まった第二陣。

 本来ならば術者が少し空間を広げるものの、ここにも外にも術者はいない。


「悪いトウヤ、引っ張ってくれ」


「〜〜〜〜......」


 カイトの言葉にトウヤは顔に手をあて、呆れるように肩を落としつつ、影でカイトの腕を掴み引っ張り出す。すると全員が吐き出されるように観音の間へ落ちる。


「次から次へと......無礼者共が。ここは貴様等のような下等種が───!!?」


 着地と同時に跳び、無骨な大剣を大振りし観音へ大きく接近したのは猫人族の脳筋、るー。鬼のような外見からフルパワーで放たれた単発重剣術は腕彼岸を斬り撥ね観音本体へと届く。


「全然浅かったニャ」


 観音を斬りつけた直後に体術───蹴術を使い観音を押し退け、るーは大きく下がった。腕彼岸が威力を低下させた事により傷つける事は出来たものの掠り傷程度にるーは舌打ち。しかしこの攻めは様々な情報を与えてくれた。


「───ひぃちゃ、ワタシが指揮棒タクトを振っていい?」


 赤く焼いた刀身、白黒円を浮かべる瞳を観音へ向けワタポは呟いた。


「いいわよ。好きにやりなさい」


 特異個体───特に女帝種についてワタポは誰よりも知識を持っている。長年、今もなお、ある女帝種を探し討伐すべく知識を貪っているワタポ。観音は言わば皇帝種。女帝種よりも稀少だが決してありえない存在ではない。ましてや神や仏でもない。


「貴様......汚らわしい野良猫風情がこの私に傷を」


「にゃはは、めんどくさそうにゃ喋り方だニャお前。それより、気持ち悪ぃからこっち見んニャ」


 観音を挑発する猫人族のるー。この隙にワタポは乱入メンバーを把握し既存メンバーも再確認した。一見、頭の悪そうな魔女が行う挑発にも思えたが、るーは一身に観音の視線を受けレイドを組む時間を与えてくれたのだ。脳筋と馬鹿にされている猫人族だが、決して馬鹿ではない。


「るーさん、ありがとう」


観音アイツ怒ってるけど、行けるかニャ?」


「それは......エミちゃ次第かな?」


「そりゃ詰んだニャ」


 レイドの先頭にいたるーは下がり、ワタポが先頭に立つ。観音は起き上がる事もせず怒りの視線をるーへ向け続ける中で、ワタポが声を響かせた。


「今からワタシが指揮をとる───」


───エミちゃ。少しだけエミちゃの強引さを貸して。


「───死にたくなければ言うことを聞いて!」





 凍結する水面を走る3つの影。水面に浮かぶ氷路は楼華島サクラじまへと続いていた。

 華組の雪女、妖華、夜叉は眠喰バクを助けたい、友達を助けたいという一心で楼華島へ向かっていた。


 友達を助けたい。これ以上理由は必要ない。


 しかし時間は残酷にも平等に進む。


「スノウさん大丈夫!?」


 海を、海水を凍らせるというのは想像以上に難しく、氷上を人が安全に通れる厚さとなれば尚の事。

 一気に凍結させる事は不可能ではない。しかしそれは無差別な凍結となる。つまり、港の船や灯台さえもあっという間に凍結させてしまうという事。人が入れば勿論、その人も一瞬で。

 神経を削るように、繊細でいて確かな調整が必須となる水面凍結。スノウはフレームを越えた能力を持っている───アヤカシを越え妖怪となった───が、繊細な力のコントロールは練習させしていなかったので体力的な消耗も精神的な消耗も激しい。が、


「大丈夫。それに、無理してでも必ずみんみんの所へ行く」


「うん。急ごう、魔女さんよりも先に」


 夜叉、あるふぁは楼華島へ視線を飛ばし気持ちと同じくらい足を急がせた。


 魔女エミリオは廃楼塔で目的のカタナを手に、夜道へ空間移動を済ませた頃だった。



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