◇464 -明鏡止水-1



 帽子の魔女が使った霧の迷彩術を金切かなきり声と共にかき消そうとする影。体温を感じさせない何層にも重なった声とまさに異形と言える影に、俺はカタナを強く握って湧き上がる後悔に耐えた。

 3人の足音が遠くなり、やがて消える。

 霧の迷彩は役目を果たしたかのように、薄くなり消えた。

 キシキシと歯を鳴らすような音が響き、敵意の視線が俺を突き刺す。


「......」


 身体は強張り、言葉は出ず、まぶたは拒むように重く閉じたままの俺。

 いつ攻撃されてもおかしくない状況でも、俺の身体は現実を受け入れたくない、と強張り拒む。


 今、眼の前にいる異形は観音が弄んだ人間。

 今、眼の前にいる異形の一部は、俺の家族。

 十年。妖怪の俺から見れば、たった十年。

 しかし、この異形はこの十年で生きるため、必死に異形を喰らい続けて来たのだろう。

 瞼を押し上げ、現実を前に、俺は喉が熱くなった。以前の影も形もない───最愛の妻と子の姿。


 キシキシと歯を鳴らす親と、シィィーと声を溢す子の、異形。

 何人もの異形を、元人間を喰らい生き延びてきた存在は、いくつもの蟲が人と混ざり合った姿。


「ッッ、」


 数十年前、既に華と龍が争いを始めていた最中の事。俺はひとりの人間と出会い、妖怪達の言葉を押し切って結婚した。華の幹部達は喜び祝ってくれた。徐々に他の妖怪達も祝福してくれて、認めてくれた。

 人間と妖怪では本来あり得ないと言われていた子を、俺達は授かった。人間と妖怪の混血となる子を、妖怪も人間も、喜んでくれた。シルキの未来が真っ暗な状態だというのに、自分の事のように皆喜んでくれた。

 子育てで困った事があれば、妖怪も人間も快く助けてくれた。


 昔、人間と妖怪は争っていた。その傷が完全に癒える前に、次は妖怪が分裂し争いが始まった。妖怪は人間に構う暇も無くなり、人間は妖怪が共倒れする未来を望んだ。夜楼華という大きな問題があるというのに、妖怪も人間も、本来の目的を見失っていた。

 妖怪は夜楼華を理由に争い、妖怪の支配を求め、人間は夜楼華を理由に妖怪を盾にし、全ては妖怪のせいだと語った。


 そんな中産まれた命は、何も知らない世代。

 きっとこの子が、この子のように何も知らない世代が、大きな変化をシルキに与えてくれる。

 命に代えても、守らなければならない芽。


 その芽は、人間でありながら過ぎた力を得た存在、大神族 観音 の手によって摘まれた。


 妖怪の子をその身に宿す事が出来た妻。

 妖怪と人間の子として産まれた子。

 観音にとって、これ以上ない存在だったのだろう。命に代えても守る、と誓ったのに、俺は守る事はおろか、終わらせる事も出来ず二人は今も苦しみ続けている。


 苦しみ続けている、のに、俺は手を出せないらしい。どんな姿になろうと、手を下す事など俺には出来ないらしい。


「終わったら来いよ、か......悪い。無理そうだ」





 ピリッ、と妙な感覚がわたしのビューティー&ビューティーな......うなぎ、みたいな名前の首の裏的な、その、まぁそんは部分をピリッっと刺した。


「エミー、どうした?」


 咄嗟に足を止めたわたしを見てヘソが心配そうに声をかけてくれたが、この感覚を説明出来るほどの語彙力をわたしは持ち合わせていない。


「なんかピリッとした」


 これしか言えない。


「......、......エミー、ヘソ、」


「あ? なんだよクソネミ」


「俺はヘソって呼ばれるのか。まぁいいけど、どうした?」


 ここ最近はずっと沈みフェイスの───と言っても沈みフェイスと殺る気フェイスしか知らないが───クソネミは迷うように唇を噛み、迷いを振り払い語る。


「二階に居た異形は、ラスカルの奥さんと子供さんなんだ」


 とんでもない発言をしたクソネミへ、わたしもヘソも眼を見開きフリーズする事しか出来なかった。奥さんと子供......が、化物になり、螺梳の前に? どういう事だ? そもそもなんで化物に? という思考を読んだのか、クソネミは一通り話してくれた。

 おそらく、螺梳はここで死ぬだろう、という予想も。


「ラスさんを助けに行こう、エミー」


「私も、助けたい。もう誰かを失うのは嫌だ」


 戻って螺梳の加勢をすべきか否か。

 わたし達には時間が限られているうえに、相手は異形だが螺梳にとっては家族だ。わたし達が手を出す事を、螺梳は黙って見ているとは思えないし、相手が相手だ。手加減なんてしてみろ......間違いなくこっちが殺される。


「───!? なんだってこんな時に湧いてんだよ!!」


 わたしの思考を妨げるように、3階を徘徊する謎の存在が現れる。


「モンスター......じゃないぞ、なんだ?」


「この気配は......妖怪だ。それも数十人も、、アヤカシを手にかけた妖怪......」


「あァ!? 妖怪がアヤカシを、んあ!? どゆことよ!?」


 こんな時にアヤカシだの妖怪だの、勘弁しろよ摩天楼。


「妖怪は産まれた時から妖怪、アヤカシは人間に妖怪の魂魄が宿ってアヤカシになるんだ! 今は違うけど、昔はアヤカシって存在自体否定されていて......妖怪はアヤカシを殺していたんだ。その時、人間に宿っていた魂魄は妖怪に無理矢理入り込んで、その妖怪は魂魄もろとも壊れちゃうんだ」


「はぁ!? 壊れるってクソメンタルかよ。つーかシルキは色々放置しすぎだろ......頭おかしいんじゃねーの」


 妖怪だのアヤカシだの腐敗仏はいぶつだの幻魔ってのもいたり、もう意味不明なビックリ大陸だなここは!

 摩天楼こんなとこ 今まで放置してたシルキのアホ共は、本当にアホでアホかよ! どーすんだよ! 今ここに向かってきてるアヤカシだか妖怪だかの雰囲気は確実に狂ってるぞ。くっそ、時間ねーってのに......めんどくせぇな!


「ヘソ! クソネミ! 数分だけアヤカシの相手頼む」


「「 !? 」」


 もうアレコレ考えるのはナシだ。元々考えて行動するタイプじゃねーし、今回は時間が限られている。つまり、考えた所で時間の無駄ってやつだ。


 わたしはこんな所で死ぬ気なんてない。


 行動理由はそれだけでいい。あとは直感に任せて動く。


 それがわたしで、わたしらしいだろ。


「すぐ戻る!」


 空間魔法を2階、螺梳の前へ繋ぎ、わたしは2人を残して空間移動した。




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