◇463 -摩天楼 2階-



 1階にニンジャを残し、わたし達は2階を進む。人は勿論、モンスターの気配さえない摩天楼まてんろうだったが、2階大広間───3階へと続く階段があるであろう部屋へ近付いた途端、肺に冷水を入れられたかのような、冷たく苦しい気配が、まるで痛みのように走った。


「何かいるぞ......」


 長い廊下の先にある扉。その奥でわたし達を待ち構えているのはただ者ではない。


「......、......俺が残ろう」


 まだ敵の姿も見ていないのに、螺梳ラスが残ると言い始めた。笠を外し、白髪を束ね、螺梳はわたし達へ頷いた。

 その頷きからわたしは「任せろ」ではなく「頼む」の意を感じ、螺梳は なんとなく残るのではなく、何かあるので残るのだと漠然と思えた。


「わかった、ラスカルがあの扉を開けて、わたし達は散り散りになりながら階段へ向かう。中にいる何かがタゲ......こっちを見てもラスカルに任せて、わたし達は3階まで突っ走る」


「ありがとう、それで行こう」


 ここで、ありがとう、か。

 やっぱり何かあるんだな......わたしレベルじゃ感知も出来ない何かを螺梳は感知し、残る事を、自分で決めたんだな。

 それならもう任せるだけだ。


「螺梳さん、多分あの奥にいるのは......化物だよ」


 ヘソことカイトが一応そう告げた。これだけの雰囲気を溢れさせている何かだ、化物───強モンスターなんて言葉では納まらない存在がいるのは間違いない。そしてわたしも、クソネミもヘソも、螺梳も、化物がいるだろうと予想出来ている。それでもヘソは告げた。本当にひとりで残るつもりなのか? と言うように。


「化物、ねぇ......」


 螺梳はポツリと呟き、すぐに気合いを入れるように深呼吸し外套マントを払いとなびかせ、腰のカタナを自慢気に見せる。


「大丈夫だ。ここぞという時に使う最強のカタナを持ってきたからな!」


 そこにはつばのないカタナがされていた。全体が鈍色にびいろで、暗い赤色が所々で泳ぐ螺梳ラスの秘密兵器的な武器らしい。


「鈍色に蘇芳すおう色の鍔無しカタナ......ラスカル、それって」


 クソネミ妖怪が眼を見開き反応するレベルの上物らしく、そんなモノまで引っ張り出して来たならば安心して2階を任せられる。


「武器自慢は帰ってからにしようぜ。作戦はさっきの通り中の化物はラスカルに任せて、わたし達3人は突っ込むぞ。中の化物が10匹だろうと100匹だろうと、ラスカルに任せるからな」


「うむ、任せてくれ」





 妖力感知や生命マナの感知ではなく、直感という曖昧なモノが、感知技術よりも正確に働いた。

 元々俺は感知が苦手だ。直感の方が幾分信用出来るが周囲を納得させられるだけの説明が出来ない以上は、俺の直感に誰かを巻き込む事は出来ない。


 それに観音アイツが、廃楼塔はいろうとうではなく楼華島サクラじまへ放ったと言った時点で、遅かれ早かれ俺は楼華島ここへ来ていた。


「開くぞ!」


 俺は扉へ手をかけ、同行者達へ確認する。

 嬉しい事に、同行者のひとり───小さな魔女は子供のような見た目からは想像出来ないほど、合理的な......いいや、目的の為に仲間さえ捨て置く強引な策を提示した。小隊の隊長などがこの様な策を切ろうとした場合、俺は反対、反発するだろう。しかし不思議と......あの魔女、エミリオの表情には “仲間を切り捨てる” という意図が見えなかった。

 発言、作戦こそまさにそれだが、目的の為ならば誰が犠牲になってもいい、ではなく、任せろと言ったならば任せるだけだ、という意を強く感じた。


「わたし達は上へ行く。蛇もニンジャも来ると思うから、お前も終わったら来いよラスカル!」


 終わったら来い、か。


「......、中は任せろ! 夜楼華は───任せた!」



 悪い。終わったら追えるか、行けるかは、今はまだ答えられない。





 大扉が軋み隙間が見えた瞬間、女帝種のような雰囲気、威圧感がわたし達の全身を叩いた。僅かな隙間から漏れた雰囲気だけでこの威圧感......この奥にいるのは異変種、特異個体で間違いない。冒険者か使う危険度レートならば問答無用のSS-S2ランクの存在という事だ。

 モズとオロチも恐らく同レート......しかし、外にいるモンスター。逃げる気になれば逃げられるし、白蛇の狙いがそのモズとオロチだったので任せた。1階の魂魄こんぱくはニンジャの知り合い風味だったので任せた。


 ここは螺梳ラスが自ら残ると言ったが、本当に大丈夫なのか? 確かに上へ登る階段部屋は広い。広いけど、相手はダブルレート、外と違って逃げるにしても道は限られている。

 全員で残った方がいいんじゃないか?

 でも、ここで全員殺されれば夜楼華の件も終わる。そうなればシルキ全土が終わる事になる。


 ......何を迷ってるんだわたしは。螺梳は自分で残ると言ったんだ。自分で考えて自分でそう言った。そしてわたしは、螺梳に任せたんだろ? なら迷う必要はない。


 出ていた答えを再確認するまでの間、わたしは無意識に魔術を詠唱していた。

 扉が全開になると同時に一歩踏み込み、詠唱済みの魔術を放つ。薄青の魔法陣が展開と同時に四散し、視界を隠す程の濃い霧が充満する。

 姿の確認さえまともに出来なかったが、それでいい。お互い姿を確認出来る状況はターゲットにされる確率がある状況。どんな相手か不明のままだが、ここは螺梳に任せてわたし達は夜楼華がある上へ進むだけだ。


 部屋の中心から発せられる特異個体の存在感を避けるように、わたし達3名は走り抜けた。

 階段を数段登り、振り返ろうと速度を弱めたわたしと妖怪クソネミへ、ヘソは「止まるな」とだけいい、先頭を進んだ。この言葉が足を再び加速させ、振り返る事なくわたし達は3階へ流れ込むように進んだ。



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