◇465 -明鏡止水-2



 繋いだ先へ一瞬で移動する空間魔法。様々な演算が必要になる魔術だが、一度行った事のある場所で記憶に残っている場所ならばなんとなくでも大丈夫。というのがわたしのやり方。

 摩天楼まてんろうの3階から2階へと空間移動する贅沢な使い方をしているようにも思えるが、2階には異形がいる。空間の強みは、魔力を感じた時には移動が完了している、という点だ。潰すには相当な魔力感度を持っていないと不可能。階段を降りて2階へ行くよりも確実に2階へ到着出来、まさに今わたしは2階へ到着した───と同時に妖力も打ち消す短剣【ローユ】を、濃い妖力が迫る方向へと振った。


 空間から飛び出し、短剣を振り濃い妖力───異形の攻撃を打ち消し着地。これ以上ない格好いい登場だが、心を踊らせる余裕はない。なぜなら、


「おいラスカル。何でカタナ持ってねーんだよ? なんで今の攻撃を防御や回避しようとしてねーんだよ?」


 大妖怪様は異形の攻撃に対策もせず、突っ立っていたからだ。

 ローユであっさり消し飛ばせた事から、今の攻撃を受けても命までは吹き飛ばないだろう。それでも攻撃は攻撃。ダメージは受ける。螺梳ラスが被弾により強化する能力を持っているとしても、武器も持たず構えずなのはおかしい。


「......何で戻ってきた?」


「お前が死ぬ気なんじゃねーかってクソネミが言ったからな」


「!? ......そう、か」


 図星の図星か。って事はクソネミが言っていた事は......あの異形───まぢで2体いるし───は螺梳の妻と子。


「ラスカル。死ぬ気なら京へ帰れ」


 運びやすいよう逆手持ちしていた霧薔薇竜の剣を握り直し、異形を睨みつつ螺梳へ投げるように言った。


「まてエミリオ、ここは任せてくれるんだろ?」


「あぁ。そのつもりだったけど───」


 あの異形、間違いなく螺梳の関係者だな。今まで遭遇してきた異形───女帝種などはこの瞬間も容赦なく攻撃を仕掛けてくるタイプだったが、妻と思われる異形は、子と思われる異形の肩へ手を回しこっちを見ているだけ。子は妻にしがみつくようにし、不安そうにわたしを見る。

 あんな状態で意識や記憶を保っているとは思えないが、螺梳を攻撃する直後にでも意識と記憶が一瞬戻ったんだろう。じゃなきゃあんな軽い攻撃しない。


 話す時間があるなら有り難く使わせて貰う。


「───やる気ねーヤツに任せる事なんて何もない。空間繋いでやっからさっさと京戻れ」


 螺梳の気持ちはわからない。でも、螺梳の迷いは少しわかる。螺梳を責てるワケじゃない。でも、やらなきゃならないんだ。螺梳が出来ないなら、わたしがやる。


「上でヘソとクソネミが待ってる。全開でサクッと終わらせてわたしは───進むぞ」


「まて! これは......これは俺の問題だ! エミリオは手を出すな!」


「そんなもん知らねーよ! お前が死ぬ気かもしれないって、お前を助けたいって、クソネミは泣きそうな顔で言ってた。詳しく知らねーけど既にいっぱいいっぱいのアイツが、お前を心配してた。死んで終わりはお前だけだ。他の奴等は......あの異形も、お前が死んだ所で何も終わんねーんだよ」


「......それでも俺は、」


「そうか。じゃあ黙って下がれ」


 剣を構えたわたしを螺梳は掴み止めた。


「やめろエミリオ! お前は関係ないだろ!? この大陸にも、この件にも、関係ないだろ! 何も知らないのに───」


「何も知らねーよ! この大陸がなんで長年グダってんのかも、クソネミが何で苦しそうな顔してんのかも、お前の家族がなんであんな姿なったのかも、何も知らねぇよ!」


「じゃあ下がってろよ!」


「下がらねぇよ! お前等が放置してた夜楼華問題に仲間巻き込まれてんだ。多分あの異形もシルキお得意の放置してたらこの先絶対に面倒を.........人を殺す。シルキに居座る意味もないだろうし、外に来て暴れる事もあんだろ。何も知らないわたし達がこの件に触れるのがウザったいんなら、お前等がちゃんとしろ! 何も知らないヤツに押し付けるなよ! お前の問題なら、お前がちゃんと終わらせろよ!」


 無意識にわたしは螺梳へ剣を向けていた。

 きっとわたしは腹が立ったんだろう。螺梳にではなく、こんなクソみたいな現実に。


 大切なモノはいつも奪われる。

 ワタポは故郷を、プンプンは妹を、ハロルドは人権を。他の連中も奪われ失い、それでも必死に進んでる。それなのに、また奪おうとする。


 それが現実だって納得しろって?

 それが運命なんだって諦めろって?


 違うだろ。なんで奪われる側が納得して諦めなきゃならねーんだよ。なんで奪ってる側には何もねーんだよ。


 原因は必ずあるんだ。

 そこに眼を向けず引き下がっているから繰り返されるんだ。


 螺梳の家族が異形化してしまっている事も、必ず何かが───誰かが関わっている。その誰かに別の誰かが関わって、予想以上に根深い事の方が多い。それでも、そいつを黙らせなきゃ何も終わらんねぇぞ。


「お前がここで死んでも廻り続ける......何の解決にもなんねーんだよ」


「......うむ、そうだな」


 下を見ていた螺梳はゆっくりと足を進め、わたしの前───異形と向き合う形で立った。


「───......任せていいか?」


 螺梳から感じていた不安定な雰囲気が今では綺麗に安定していた。

 これなら本当に任せられる。


「うむ、任せろ───必ず戻る」


「おう。わたしは先進むぜ」


 自分の意見だけをゴリ押したわたしの言葉が、螺梳の何かを変えたのかはわからない。それでも、今の螺梳からは死ぬ気など微塵も感じない。


 わたしはヘソとクソネミが待つ3階へ戻るべく空間魔法を繋いだ。

 移動する直前に異形───螺梳の妻と子が小さくお辞儀したようにも見えたが、きっと気のせいだろう。





 何も知らない世代が、大きな変化をシルキに与えてくれる。

 そう信じていた俺は、少し勘違いをしていた。

 その世代が、勝手に大きな変化を、確変を起こしてくれるとばかり思っていたが、それは違う。


 あの魔女、エミリオが言ったように、俺達がちゃんとして、ちゃんと受け渡さなきゃ変化も何も起こらない。


 希望をいだく事と期待を押し付ける事は全く違う。何も知らない世代に、子に、殴られた気分だ。それほどまでに魔女エミリオの言動は魔女らしからぬものであり、だからこそ大人を刺すものだった。



「.......命に代えても、守らなければならない芽が俺には沢山あったみたいだ」


 嫁と子を失った俺には何もないと思っていたが、沢山あったんだ。


「悪い。先に逝って待っててくれ。俺も大人としての役目を果たしたら、すぐそっちへ逝く」


 張り裂けそうな心を静め、俺はカタナへ手を伸ばした。



───すぐに来てはいけませんよ? 後悔のないようにちゃんと生きて、それから来てください。それまで私達は、いつまででも待ってますから。笑顔で来てくれるあなたを。




「 !?───ッ、......、」





 それはどこまでも澄んだ、小さな領域。

 鏡のように一点のくもりもなく、水面のように澄んだ螺梳ラスの領域は、時間感覚を遠いものとし、全てを拐う。


 螺梳が支配する絶対的な領域、明鏡止水。


 領域内の者は感覚さえ遠いモノとなり、時間を奪われる。この領域 明鏡止水 に入ってしまえば文字通り何も出来なくなる。瞳は領域範囲前の方向で停止し、思考も停止する。不安や恐怖、怒りなども一瞬で停止し、ただ穏やかな時の流れに身を乗せる。

 半径僅か3〜4メートルの小さな領域だが、侵入してしまえば抗う術を失う絶対的な領域に今、2人が入り込む。


 ゆっくりとカタナが揺れ、僅かな痛みも抵抗ももなく、静かにゆっくり、一瞬で、全てが終わった。



「 !?───ッ、......、」



 領域を閉じた瞬間、螺梳を優しく抱くように2つの魂魄が昇った。後悔も間違いも微笑みながら受け入れ、あたたかく見送るように2つの魂魄は螺梳の背中を押した。




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