◇458 -零鬼-1



 青白に煙る、靄とも炎とも言えない魂───魂魄。楼華島を数十分ほど進んだわたし達は、ぼんやりと泳ぐ魂魄の数に、クチ数が減る。

 予想を遥かに越えた量の魂が今も行き場を無くし彷徨う楼華島。妖怪達の話では大半の魂魄は自我───生前の自分───を既に忘れ感情も感覚も何も持たず浮遊しているらしい。つまり、自我を持つ魂魄も存在するという事だ。


「......自我持ちってどんな感じなんだ?」


 無言のまま島の中央にある夜楼華を奉る城───摩天楼へと進む中、わたしは少しでも情報を集めるべくクチを開いた。何が起こるかわからない上に何が起こっても不思議ではない。そう考えると情報は沢山ほしい。何かあった時にその情報がどう役に立つかわからないが、無いよりはマシ......と考えれば聞こえはいいが、この沈黙と妙な緊張が息苦しかったのが本音だ。


「その話なら、そこの眠喰バクが詳しいだろ。なんせ実際に───この話は終わりだ」


 まだ始まってもいない会話を終わらせる白蛇と突然指名され驚く眠喰を横眼で見ていると、全身を打たれるような強い気配が前方からこちらへ飛んでくる。複雑な───複数の───気配が入り交ざる、不安定なマナは最初に楼華島ここへ来た時に遭遇したモズで間違いない。そしてモズの隣にいると思われるマナが、噂のオロチか。


「あちゃー。遭遇しないように進んでたつもりだったけど、見つかっちゃったね」


 ニコニコ笑顔を崩す事のないしのぶへ、わたしは「笑ってる場合じゃねって!」と噛み付くも、笑顔のまま戦闘準備さえしようとしない。忍だけではなく、滑瓢ぬらりひょん眠喰バクも戦闘準備をしない。


「エミリオ、約束通りコイツ等は俺が貰うぞ」


 眼元を覆うような影の奥で、白蛇の瞳が鬼気に笑う。確かに勧誘時 “型落ち幻魔は貰う” と言っていたが、本当にあのモズ達をひとりで相手にするつもりなのか? わたしの作戦も、面倒そうなヤツも遭遇した場合ひとりを残し夜楼華へ突っ走る生贄作戦だが、いざこうして面倒そうなヤツ───強モンスターと遭遇してみると生贄作戦が本当に生贄となってしまいかねない。

 だが、


「おう、約束通り終わったら報酬払うから受け取りにこいよ」


 眼の前の戦闘に時間を削るワケにもいかない。

 今回の第一目的は夜楼華の花弁。それをゲットするまではダラダラしていられないし、時間も限られている。悪いが本当に生贄作戦を実行させてもらうしかない。

 傭兵へ報酬の話を投げ、わたし、ヘソ、ニンジャ、ラスカル、クソネミは摩天楼の方向へと足を急がせた。





 大名達と大神族の許可なしに上陸する事は禁止されている楼華島。危険な島なので上陸禁止、というのは理解できない。上陸したきゃすればいい、それで死んでも上陸したヤツの自己責任でいいだろ。

 シルキには大神族が3人居て、ひとりは独占欲が強く、ひとりはどこか抜けていて、ひとりは無関心。大名は独占欲が強い大神族の犬。許可など下りるワケもなく、楼華島は実質上陸不可能な島となっていた。

 傭兵を始めた頃、ひとりの大名から「楼華島にある社から楼華結晶を持ってきてくれ」との仕事が入った。楼華結晶には興味なかったが、楼華島には興味があったので仕事を引き受けた。その時オロチ───型落ち幻魔───と初対面し、激闘の末、俺はオロチを討伐した。しかし夜楼華が仕事を放棄している事でオロチの魂魄も召されず、オロチは他の魂魄や魂を餌にし蘇生する。何度でも戦り合えるのは有難かった。仕事を終えた俺が戻ろうとした時、大名と大神族の観音が港に船を付けた。わざわざ迎えに来たのか、と思った俺だったが大名の発言で俺は理解した。


「禁忌を犯した鬼を捕縛せよ」


 俺に仕事を依頼した大名はひとり。楼華島に上陸するには “大名達” と大神族の許可が必要。ひとりの許可では上陸できないと、そこで初めて理解した。

 腕に覚えのある妖怪が数十人で俺を捕らえようとしたが、多少腕に覚えがある程度じゃ俺を捕える事は出来ない。数十の妖怪相手に俺は抵抗し、数人殺した。どうせもう犯罪者だ、今更罪が増えようと関係ない。抵抗する俺に観音が氣の攻撃を打ち込んできた。あの頃は感じる事も出来なかった大神族の攻撃を俺は真正面から受け、その隙に妖怪達が集中攻撃してきた。その時、俺は角を砕き折られた。


 脅威だったんだろう。

 まだ一本の角しか生えていない俺が、一本の時点で四本角の四鬼と互角に戦り合っていたのが。同族から離れ好きに生きていた俺が。


 俺は鬼の特性とも言える力を使い、妖怪達を圧し退け、その場を離れた。角を折られた時点で退却以外の選択肢はなかった。何を言われようとも、無駄死にするつもりはなかった。

 角を折られた時点で次の角は生えない。俺は二度と角を持てない鬼となったが、たいした問題ではない。無いなら無いでやり方を変えればいい。環境や現状の変化に対応出来ない者から消えていく。これはどこに居ても同じ事だ。



 あれから何十年経ったか......今俺は再び楼華島へ来た。

 俺をおとしいれた大名も、一枚噛んでいた観音も、別に怨んじゃいない。アイツ等はアイツ等のやり方で脅威になりうる存在を芽の時点で踏み潰す。そのやり方に文句もない。あの時単純に俺が強ければ角を失う事は無かっただけの話。


 俺は俺の環境に、現状に対応した。犯罪者扱いされようと、大名や観音の話を真に受けるヤツなんていない。俺は傭兵として食っていく事に困らなかった。そんな中でもひとつだけ、困っていた事がある───


「角無しでお前等とどこまで戦り合えるか、それが知りたかった」


 自分の実力を知る事だ。

 当時の四鬼はもういない。入れ替わった四鬼と中々遭遇出来ず、遭遇したかと思えば外からの連中が邪魔をする。

 やっと俺は自分の実力を把握出来る。

 それも、この上ない相手で。


「本物の幻魔───盲目はやる気無さすぎて煽っても乗ってこねぇ。お前等はしっかり乗ってくれるよなぁ?」


 オロチ、モズ。

 俺が零鬼れきとしてやっていけるか確認させてもらうぞ。




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