◇459 -零鬼-2



 鎧兜のブショー、モズが居合の姿勢で狙いを定める。般若ブショーのオロチは肉厚の太刀を振り回す。白蛇はオロチの剣戟けんげきを回避しつつモズにも注意する。

 空中で身体をひねり、剣戟を縫うように避け、着地する前にクナイをオロチへ投げる。

 最小限の動作で最速の投擲。

 言葉にすると一見簡単そうにも思えるが、その時の体勢や状態は様々で、環境も違う。楼華島では視界に必ず無数の花弁が入り込む。的であるオロチは甲冑を身に纏うため、関節の隙間などを狙う必要がある。白蛇は着地するまでの1秒と無い時間の中で三本のクナイを投擲し、見事オロチの膝裏へ刺した。何千何万の投擲を繰り返してきたからこそ、放つ直後に指先で軌道に乗せる微調整もまるで呼吸するかのように、当たり前に行う事が出来る。

 巨体を持つ幻魔───正確には幻魔モドキ───も、数センチ感覚で数本のクナイが同時に刺さればそれなりの反応を見せる。着地と同時に地面を踏み、白蛇は風の音を響かせ抜刀。


したばっかり見てると、腕落ちるぞ?」


 クク、と喉を鳴らすように笑い、白蛇はふんわりと着地。カタナを鞘へ戻し、別のカタナを鞘ごと腰から抜く。

 その動作をしている頃、オロチの右腕はひじからズレ、太刀を握ったまま花弁の絨毯へ落下し辺りを湿らせる。

 耳障りなざらつく悲鳴を背に、白蛇は抜刀の姿勢を取った瞬間、モズが花弁を逆巻かせる。


「───ッ!!」


 巨体に似合わぬ速度で抜刀斬りをするモズへ、合わせるように白蛇も抜刀斬り。しかし衝突音は響く事は無かった。


「.......ちっ、硬いな」


 モズの速度を完全に見抜き、カタナが届くよりも早く懐へ潜り込み白蛇は抜刀を打ち込んだ。勿論、鎧ではなく鎧の隙間に見える肉体へと。

 それでも斬る事は出来ず、白蛇のカタナ───オロチを斬ったカタナよりも上質な鉄で打たれたカタナが欠ける。


 オロチの剣戟を回避し、クナイを投擲し、腕を切断。モズの抜刀へ抜刀で対応。ここまで僅か数十秒。

 傭兵という職で極めた戦闘技術だけでは到底辿り着けない領域を白蛇は土足で踏み荒らす。武術や剣術、体術を何十年、何百年と研き極めてきた妖怪達は白蛇を疎み最低限の会話さえ拒む。その理由に白蛇自身の性格も含まれているが、何よりも大きな理由は、白蛇のズバ抜けた戦闘能力、閃きと応用力、吸収力や適応力が今までの自分達を一瞬で、完全に、真っ向から否定されている感覚におちいるからだ。

 白蛇自身は「他の奴が何をしていようと知った事ではない」という立ち位置で周りの事など気にもしていないが、その態度もまた周囲の者を突き刺していた。


「知った風で何も知らない奴、くだらねぇ自尊心を涙眼で守って自分を必死に肯定しようとする奴は、一生成長できねぇよな。お前らもそう思わないか?」


 勿論、白蛇も人。心を、感情を持つ人だ。

 しかし、だからこそ、柔軟でいて強靭な、自尊心を大切にしている。

 他人からの評価ではなく、自分で自分をどう評価するか。自分で自分をどう受け入れるか。

 プライドではなく自尊心。それを理解し、持ち保てる者が最も人らしい存在と言える。

 白蛇の言う「ぐだらねぇ自尊心」とは自尊心ではなく、プライド。それを必死に守り抱く者ではいくら繰り返しても思いの外成長しない。

 妖怪の中でも上位の地位と能力を持つ鬼が多勢にハメられ、鬼の力の根源とも言える角を失った事で初めてプライドのちっぽけさ、自尊心とプライドの違いを知った。


 今現在、シルキ大陸に存在する妖怪種の中で最も可能性を秘めている存在が白蛇。

 戦闘能力も、戦略能力も、全てにおいて白蛇を越える柔軟と応用を持つ存在はシルキには存在しないだろう。

 だからと言って、白蛇がシルキの支配者───つまり王になる事はない。


 あくまでも傭兵、あくまでもイチ妖怪として、白蛇は生きたいように生きる。


 考え悩み、人知れず無様なほどの努力を繰り返した結果、白蛇は角無しの状態で四本角と肩を並べる───或いは越える程の爆発力を得た。

 特異個体───失敗作とは言え幻魔と呼ばれる驚異的な戦闘力を持つ───モズとオロチは白蛇の全身から溢れ出す、眼に見える妖力に心の奥底で眠っていた恐怖という感情が刺激された。


 鬼という種は必ずかせをしている。姿形は違えども、四鬼も例外なく枷を装備し他族にとって毒になる鬼の力を抑え黙らせている。

 鬼の角は力の根源───力を溜め込む部分とも言える。魅狐プンプンの尾が蓄電として機能しているように、鬼は角に強い妖力を蓄える。本気で戦う時、鬼は妖力を帯び発光するのだが、白蛇は枷も角もない。

 毒となる鬼の力を抑えるすべも、妖力を蓄え高めるすべも、独自の手法で既にモノにしていた。しかしそれは抑え蓄える術。何年、あるいは何百年と抑え蓄えてきたモノを白蛇は今解放する。


 角無しの鬼───零角れきとして誰もが認めざるを得ない実力が備わっているのか、抑え蓄え研ぎ澄ませてきたモノを操れているのか、今それを試す。


「しっかり抗えよ? じゃなきゃ一瞬で終わるぞ」


 鬼の力の器を角ではなく自分自身に、枷として自身の妖力を全身に、薄く纏い続ける事で白蛇は力を管理していた。

 気がゆるむ事で纏う妖力が弱まり内に蓄えてきた鬼のをが溢れる恐れが充分にある危険な手法を白蛇は長年、一秒と休む事なく続けてきた。他の鬼とは違い、常に全身へ鬼の力を巡回させつつ、体外へ溢れさせぬよう調整する毎日。

 鬼の特性とも言える圧倒的なパワーを持ちつつ微調整さえも可能としているのが零鬼れき─── 夜刃ヤトの白蛇。


 自分を包んでいた妖力を消し、内に巡回する鬼の力を鷲掴みするよう引き出すと、うねるように鬼の妖力が溢れ出る。眼に見える妖力が更に濃く、ハッキリと現れる。角は無いものの牙と爪が伸び瞳は黒黄色、肌は赤茶色に染まり、その姿はまさに鬼。


 モズはすぐさまカタナを構え、オロチは全妖力を使う覚悟で妖剣術を立ち上げるが───本当に一瞬で勝負はついた。

 両幻魔が構えた瞬間に白蛇は妖力───鬼の妖力───を右腕へと瞬時に移動させ、鬼化により上昇した脚力で地面を踏み飛翔し、モズとオロチをまとに空気を蹴り急降下。着地時に右腕を振り下ろし地面を殴りつた。


 なんの飾り気もない力任せの打撃を選んだ理由は、まさにその力を知るためだった。全力で放つ鬼妖力の攻撃はどの程度なのか、それを知らなければ応用も何も始まらない。出し惜しみなどしていてはリスクさえ見えないまま。


「.........なるほどな」


 酷く陥没した地面の中心で、砂煙にシルエットを浮かべた白蛇はポツリと呟いた。

 白蛇を中心に約30メートルが荒地と成り果て、桜の花弁も幹も、浮遊していた魂魄も、モズとオロチも、跡形無く消えていた。


「これは気楽に使えないな......一瞬で焼き腐らせて塵も残らねぇとか毒って話じゃねぇぞ......夜刃ヤト害鬼がいきって言われてた意味をやっと理解した」


 全身の皮膚が焼けめくれ、右腕は肉が溶け骨が露に。身体は言う事を聞かず痛覚さえ遠い中で、鬼が持つ驚異的な自己再生が働く。

 体感した事のない疲労感の波が意識を拐う数秒前に、「全力撃ちは死ぬ覚悟で、だな」と白蛇は自分へ言い、疲労感に抗う事なく倒れ眠った。





 白蛇がモズとオロチを討伐───消滅させた瞬間、心臓を殴るような轟音と振動がエミリオ達にもハッキリ届いていた。


「───〜〜〜っ......止まったか?」


「あぁ......何だ今の?」


 エミリオとカイトは耳を塞ぎ、音が通過したのを確認しつつ音の正体を妖怪へ質問する。


「さぁ? 鬼が本気でも出したんじゃないかな?」


 相変わらずのニコニコ顔のしのぶは掴めない言い方をしてクチを閉じる。


「白蛇って、夜刃ヤトだったよな......こりゃモズとオロチは一瞬で溶け消えたな。それにしても、こんな力隠してたのか」


 螺梳は苦笑い風に言い、すぐ前を向く。

 地震のような音と衝撃を起こしたのが白蛇という事実に、エミリオとカイトはクチをぽかんと開いたままフリーズ。鬼は強い、という言い伝えのような話は外の大陸でも有名だが、予想を遥かに越えた強さを持っている事を知り、フリーズというリアクションしか出来なかった。


「結構離れてるのにこんな音と衝撃くんのなよ.......まぁあの強さなら任せてていいだろ。それより、早く入ろうぜ」



 エミリオがニヤリ顔で指差す先には、黒金色の城がそびえ立っていた。



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