◇457 -盲目-2



 シルキ大陸 孤島 楼華島サクラじま

 この大陸を鎖国的にしている元凶とも言える霊樹 夜楼華 を天へと捧げるように聳え立つ【摩天楼まてんろう】があり、島全土には年中桜が咲いており、花弁の雨の中を魂魄が泳ぐ幻想的でいて奇妙な島。

 島には手のつけられない未完成の幻魔───腐敗仏化を越えたものの、その先へは辿り着けず化物化したモズとオロチ。摩天楼には観音に弄ばれた挙句に腐敗仏にも幻魔にも悪霊にもなれず今も苦しみ続けている存在も放たれている。


 冒険者や騎士の用語を使えば、この楼華島は危険区域であり、そのランクはSを越えるだろう。

 未完成の幻魔、悪霊、人の欲に病んだ夜楼華───悪欲の残飯が吐き捨てられた島に、悪欲をその身に刻まれ焼き切れた神経でも見事、幻魔に到達した元人間の姿があった。


 黒眼帯で隠された焼かれた両眼は、火傷を隠す為ではなく、自分が居てはいけない世界から逃げるように、見たくもない世界を見ないように、そして、理から足を外した自分を受け入れたくない、という意。

 盲目もうもく影牢かげろう などと呼ばれている、妖怪でもアヤカシでも、人間でもない、幻魔。


 イフリー大陸 首都デザリアにあるゴミ溜め、ラビッシュ出身の男。一時期は弱き者を守るデザリア軍───騎士を目指していた男が摩天楼に到着した。


「......夜楼華の前にいれば、あの眼鏡も湧くだろ。後は勝手にしてくれ」


───俺は10年前に起こったヘイザードの事件で死んだんだ。俺はもう......死んだ人間だ。


 自分に言い聞かせるように男は───トウヤは何度も胸中で自らの首を締める。しかし、今この瞬間この場所に、トウヤという人物は存在している。

 現実は時として運命的な出会いを招く一方で、残酷なまでに苦しい出会いも手繰り寄せる。


 10年前に止まった時計、ホコリを被った時計の針が今、ゆっくりと廻り始めていた事に、トウヤも───も今はまだ気付いてはいない。

 残酷な運命に翻弄され揺れていた2人の影が、今明確な形となり、再会の時へ進む。


「.........お前は騎士に、デザリア軍に入ってるよな?」


───今の俺をもし、もしお前が見たらどう思う? 変わり果てた俺を、息も出来ない程、頭の中がグシャグシャな俺を、削られ擦り切れた俺を見て、お前はどう思う?


 カイト。





 本日2度目の楼華島のやしろ 前へ空間移動したわたし達は、すぐに療狸から貰った楼華島の地図を開く。古くボロくショボい地図だが、楼華島は長年放置された島らしく、今もこの地図通りらしい。


「ここが社だから、俺達の現在地だな」


 笠を装備する螺梳ラスは地図が得意なのか、すぐさま現在地を指差した。わたしの知る地図はマップデータであり、紙切れの地図ではないので見方が本当にわからない。ので、道の予想は愉快な仲間達に任せる事にしよう。


「エミー」


「おうヘソ。道決め会議に参加しなくていいのか?」


 社の階段に座ったわたしへ声をかけたのはウンディー大陸───出身ではないが───冒険者仲間のカイトことヘソ。一時期は雑魚魔女の実験対象として狼化していただっぷーの恋人で、ダプネの力も借り今の姿に戻った際、ボロボロの装備でヘソが出ていたからヘソという名をこのわたしが与えた。よくよく思い出してみると、あの時ヘソはグリーシアンの毒に対して効く解毒剤を呑まなかった......侵食イロジオンで狼化したのは不幸だったがデバフ耐性が大幅に上昇したのは幸運な事なのかも知れない。


「一応今はもうヘソ出してないんだけど、まだそう呼ぶのか?」


「いいだろヘソで。てかその防具って適当な武具屋の量産品だしょ? ビビ様かララに作って貰えばいいじゃん」


「そうだな......戻ったら依頼してみるよ」


 地図ガン見隊は───白蛇は既に飽きているが───まだ道が決まらない。それもそうだ、この島は孤島と言っても中々の規模で、無駄に歩き回るとモズとオロチに遭遇する確率が高まる。遭遇した場合は誰かを囮にしてわたしは夜楼華があるであろう、摩天楼まてんろうへ進むが、遭遇しないに越した事はない。


「エミー、頼みがある」


「なんだ?」


「俺がもし死んだら、だっぷーを頼む」


「は?」


「妙な胸騒ぎがするんだ......もしもの事があったら───」


「その頼みは聞けねーぜ、そういうのは自分でちゃんとしろよ」


「......もし俺の勘が当たっていたら、俺は......今度は逃げずに、謝りたい」


「あ? 誰によ」


「昔見捨てた親友に」


「はぁ?」


「アイツは......俺の中じゃ凄いヤツなんだ、俺のヒーローなんだ」


「ほう。ヒーローか......わたしの次にかっけぇ予感するぜ。どんなヒーローなんだ?」


 時間潰し、軽い気持ちで聞いたわたしへ、ヘソはどこか懐かしむような、そして後悔するような瞳で話してくれた。昔、一緒にイフリーの騎士を目指していた親友の事を。


 正義感が強いワケでもなく、真面目なワケでもない。それでも、理不尽な事に対しては全力で噛み付くようなヤツ。後先考えず突っ走るようなヤツ。今のヘソがあるのも、今こうして前を見て歩いていけるのも、ヘソとだっぷーが生きているのも、そのヒーローのおかげらしい。


「昔の俺は、自分の目標を達成する為なら......知らない人が苦しんでも見て見ぬフリをするようなヤツだった」


「まぢかよ最低だな。でも今は知らないヤツの為にも頑張るような最高なヤツになってんじゃん」


「そうか?」


「あぁ。そうじゃなきゃシルキ大陸に来ないだろうし、まずウンディーで生活しないだろ。元の身体に戻れてだっぷーにも会えて、安全にひっそり暮らす方が絶対いいだろ? 冒険者になっちまってるし、女王様の声がかかったら使われるぜ?」


「......そうかもな。確かに、エミーの言うとおりイフリーに戻ってだぷと2人で暮らしていた方が安全かもな」


 あれ、これわたしいらん事言ったか? これでヘソが「だぷと2人でイフリーで暮らしますさようなら!」なんて言い出したら大事な寄生先、もとい仲間を失う事になるのでは?


「......もしアイツが生きていたらって考えると自然とその方向へと進んでいる自分がいる。罪滅ぼし......したいのかもな。誰かを助ける事で」


「いんじゃね? わたしはヘソでもないし、そのヒーロー様でもねーから何も知らないけど、悪い事するよりいいだろ」


「そうか? そう......だな」


「おう。だから、もしヘソの勘が的中してヒーロー様と再会出来たら、何したか知らねーけど謝ればいい。そして確り戻ってこい。だっぷーも待ってる」


「..........」


「ヒーロー様のおかげで今のヘソがあるなら、今度はお前が誰かのヒーロー様になって、元祖ヒーローを超えろよ」


「ハハ、何かエミーって男だったらモテそうだよな」


「あァん? 女でもモテまくりでヤベーぞ? ナメんなよ?」


「そうだな、よし。道も決まったみたいだし、行くか」


「お? やっとか。んし、ついて来いヘソ! わたしがそのヒーロー様に会わせてやっからよ!」





 盲目、と呼ばれているのが俺の親友かはわからない。でも、妙な胸騒ぎがする。

 イフリーの酒もそうだ。アレは俺達ラビッシュ民でも見た事があるほど、安物の酒だ。大人になり呑んでみたが味は確かに悪くない。が、やっぱり上等なモノと比べればカドがある。それを神様───大神族への貢物に選ぶような真似するのは、お前しかいない。


 今の俺をもし、もしお前が見たらどう思う?

 必死にお前のように生きようとする俺を、あの日よりも強くなりたいと、お前のような勇気を求めてる俺を───


「一瞬でもお前のように生きられるなら、他はどうでもいいって思ってる俺を見たら、お前はどう思う───」



 トウヤ。




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