◇448 -仏-2



 魔女エミリオの魔術、空間魔法で夢幻竹林へと移動した滑瓢ぬらりひょん螺梳ラス四鬼しき 八瀬やせ鎌鼬カマイタチ烈風れっぷうは着地と同時に前方へ明確な殺意を込めた視線を飛ばした。

 エミリオの空間魔法がここまで確実に繋がった事はあるだろうか? 今後あるだろうか? と思える程、3名が着地した先はまさに絶妙だった。


 右手で療狸の髪を鷲掴みし引き摺り、左腕には四肢を抱く男が今まさに進もうとしていた道へ3名は降り立ち、空間は閉じる。


「おや......これはこれは」


 狂気の荷物を投げ捨てた男は身体につく療狸の血を疎む。


「全く、何だというのだ? お前達が現れなければ私はこの珍獣の血を帰るまで気にする事もなかったというのに......お前達のせいで私は今とても不快な気分だぞ。何故ここへ現れたのか、どういう手段でここまで来たのか、全て話せ」


 嫌そうな表情、この上なく面倒そうな声質と溜息を向ける男───大神族 観音かんのんを前に3名は熱を上げる。

 何十年、或いは何百年。どれたけこの男との再会を望んでいた事か。居場所は判明していたものの、問題はその居場所。単独での突破はほぼ不可能であり、同行しようなどという物好きは存在しない───ものとばかり思っていたが、どうやらこの3名は同じ対象を目的としていたらしい。観音が目的ならばもっと早く手を組み襲撃すべきだったと思わずにいられないが、そうもいかない立場にあった3名。今ここでやっと、同時に、目的の前へと辿り着いた。


「───ごめん、遅れた」


「......ッ、、......」


 まばたきの間に烈風は療狸を抱き上げ、四肢も優しく拾い上げた。療狸は烈風の顔を見て何度かクチを動かしたものの言葉は出ず唇を噛んだ。

 療狸の不安と恐怖に染まった表情を必死にいつもの表情へと変えようとする療狸。惨く切断され弱りきった体温でいつものように上から眼線な笑いを作ろうとする療狸。そんな彼女の強がりに烈風は胸の奥を突き刺された気分だった。


「......貴様、イタチ 風情がこの私の問いに背を向けるなど笑えぬぞ」


「───螺梳、八瀬。頼んでいいか?」


 烈風は近場で悍ましく妖力を揺らす観音を綺麗に無視し、2人へこの場を頼み、2人もゆっくり頷いた。


「ッッ───この私を無視するというのか!?」


 観音は喉から押し出すような声と共に手刀を振り下ろすも、藤色の刀身を持つカタナがそれを何もなく受け止めた。


「お前も俺達を無視すんのか?」


「な......」


 両眼を丸め驚く観音の顔へ容赦のない打撃を見舞う八瀬。鬼の本気ともいえる打撃は重撃などという言葉では優しすぎる程重く、観音の頭部を破裂させた。


「京へ行け!」


 頭部が破裂した瞬間───聴覚も視力も失った瞬間───に、螺梳は烈風へ言い妖剣術を使った。荒々しく纏りのない粗末な妖剣術は観音の身体に傷をつける事さえ出来なかったが、押し退ける事には成功。螺梳の狙いのひとつがまさにそれだった。

 烈風は速度を大幅に上昇させる強化系能力を全開に使い、京へ向かった。太刀を置いていくべきか迷ったものの、八瀬が「早く行け!」と叫び烈風は余計な事を考えず足を急がせた。


「───驚いた。驚いたぞ私は」


 押し退けられた身体がゆっくり揺れ、立ち上がると口元までが再生し、その先も細胞が醜く編み合わさり再生途中だった。


「やはり既に奪ってたか、療狸の再生力を」


「でもまだ弱いな」


 螺梳と八瀬は、療狸と観音が接触したと理解した瞬間、観音の狙いも予想出来た。そして予想通り、観音の狙いは療狸が持つ治癒再生力。想像以上に弱々しいものの、観音は今微量の自己再生力を持つ存在となっていた。

 その余裕があるからこそ、八瀬の攻撃をそのまま受け入れたのだろう。2人の知る観音ならば攻撃の防御くらいしていた。


「舌を痺れさせるような味、鼻に残る獣臭さを持つ珍獣の血を頂いた。その程度の接触でこの再生力と治癒力は素晴らしい......房中術で奪えばこれ以上の、今とは比べ物にならぬ力が手に入るのか......フフフフ......これで私は無敵だ!」


 既に頭部は再生を終え、治癒も終了した。数十秒前の観音と変わらない姿がそこにある事から、やはり大神族 療狸が持つ治癒再生の力は凄まじいモノだ。


「感想はもういいか?」


「フム。して、あの狸女とイタチの珍獣のつがいは何処へ向かった?」


「知らないな。私......俺達もお前を攻撃していたからな」


 観音の発言から考えて、螺梳の荒々しく纏りのない妖剣術は狙い通り、観音の感知を阻害する事に成功していた。わざと広く複雑な───効率の悪い───妖力の使い方をした螺梳の作戦勝ちと言った所か。

 普段はどことなく緩い雰囲気の螺梳だが今は機転や感覚が尖り研ぎ澄まされた名刀の如く鋭い。


「次はこっちが質問する番だな」


「良いぞ。どうせ貴様等はここで死ぬ、私の偉大なる慈悲で最後の問いくらい答えてやろう」


 この場にやしろ 待機組が居れば、観音の態度や性格に吠える者や会話などせず攻撃に出る者も居ただろう。鼻につく観音の仕草や発言を2人は気にもせず質問をする。


「「 あの夜、お前は俺の家族に何をした 」」


 螺梳と八瀬、2人の質問は同じだった。

 観音は「そんな事を知りたいのか」とつまらなさそうに言い、喉を鳴らし鼻で笑いながら語った。



 予想はしていた。2人とも。

 そして予想以上に、現実は酷いものだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る