◇449 -仏-3



「問には答えた。もう沢山だろう? それともまだ何か知りたいのかい?」


 圧倒的有利に立っていると言わんばかりの表情で、何がおかしいのかわからない会話後に笑う観音。螺梳螺梳八瀬やせも強く眼を閉じ、受け入れ難い現実をどうにか飲み込もうとしていた。

 覚悟はしていた、つもりだった。覚悟が足りないなんて事はない。ただ、あまりにも。


「面白い事にどちらも最後は すみません と言っていたな......何に対しての謝罪か理解できぬが、私の手を煩わせた事への謝罪だとすれば、誠意が全く持って足りぬ」


 ぺちゃくちゃと喋る観音の言葉、声、全てが2人の逆鱗を刺激していた。観音もそれを理解した上で再びクチを開く。


「そんなに辛い顔をするな。用済みになった頃には手がつけられぬ魔物となってしまってな。暴れられて塔を壊されてはたまらぬ。処分してもよかったのだが、夜楼華へ近付く者を止める役を与え楼華島へ放ってある。だからまだ再会の望みはあるぞ? 貴様等の記憶にある面影は無いに等しいがな」


「「 ............ 」」


 無言のまま2人はゆっくり動いた。

 笠を外し、外套マントを脱ぐ螺梳。

 角を伸ばし、手袋をつける八瀬。


「俺は急用が出来た。すぐ終わらせるぞ螺梳」


「奇遇だ。俺も急用が出来た」


「フム。私も大至急、コリを追わなければならぬのでな。退くなら今だぞ?」


 擦れ合う竹の葉が止んだ瞬間、竹林道から大量の鳥が飛び立った。





 咳き込む人々───咳き込んでいるのは人間。それを心配そうにするのは妖怪。ついさっきまで元気だった人間も咳き込み、どこか苦しそうにする姿が眼に余る桜香る華の都 京。

 本来ならばこの時間から京は賑わっているというのに、どこかどんよりとした午前の正体は夜楼華の蕾が放出している楼華毒───結晶化する前の毒。蕾もまだ微かに開く程度なのか、毒は微量。しかし毒は毒。一刻も早く夜楼華をどうにかしなければならない時に、烈風は療狸を片手で抱き、もう片方の腕には四肢を。

 そんな姿を見れば悲鳴のひとつやふたつ上がる。


螺梳ラスの許可を貰ってここへ来た! 早く入れくれ!」


 普段は柔らかく落ち着いている烈風も今は余裕がない。ウンディーの者達が見れば驚く程取り乱している烈風を華兵はすぐに蜃気楼へ招いた。


「医術班を呼びますのでここでお待ちを!」


「助かる。ただ、足音を立てずゆっくりでいい」


 蜃気楼の1階で療狸を横にし、烈風は刀を構える。


「すぐに治す」


「ちょっと、待たんかい、れぷよ」


 辛そうに途切れ掠れる声で言う療狸へ烈風は「黙って寝てろ!」と、自分が必ず治す事を伝えるべくクチを開くも、声は出なかった。

 ゆっくり、それでいて多くの言葉を療狸はクチずさみ、傷口が無色光を纏う。烈風はこれが治癒術であると直感的に思い、療狸の四肢をそれぞれの位置へ。

 すると断面が互いにの無色光で繋がり、ゆっくりとあるべき場所へ繋がる。療狸は大神族の能力ではなく、本来の治癒、再生術を使い自身の四肢を繋ぎ合わせていた。本来の再生術という事は、今療狸は切断された時よりも重く熱い激痛に耐えながら詠唱している事になる。


 苦しそうな瞳で、強がりな笑いを見せる療狸に烈風はとても悲しく、そして悔しい気持ちが湧き上がっていた。


「───痛っ〜、何とか.....繋がったのじゃ」


 普段は分けている前髪を垂らし、瞳を隠すように下を見る療狸の頭へ烈風は左手を伸ばし、抱くように頭を撫でた。


「生きていてよかった、よく我慢したね......」


「───!?......な〜にを言っとる、ワラワは大神族、神のような存在じゃぞ?」


「そうだね。でも神じゃない」


 太刀が床に置かれ、今度は両腕で療狸を包むように烈風は抱き「本当に生きていてよかった」と言う。


「ワラワはお前さんよりも何千と歳が上じゃぞ!? 偉大な大神族なのじゃぞ?! 不安な表情とは無縁の余裕ある癒しの神じゃぞ?」


「うん。でも何でも出来る神様じゃない」


「おいおい、ワラワはお前さんより立場的に上なんじゃぞ? そんなワラワを抱き寄せて頭を触るなぞ、無礼じゃと思わぬかぇ?」


 それでも烈風はやめようとせず、療狸を強く抱き寄せる。


「無礼でも何でもいい。俺は今大神族様に対してじゃなく、療狸というひとりに接してる。怖かっただろう、不安だっただろう、誰よりも速く動ける俺が遅れてしまってごめん。誰よりもお前を助けたいと思ってたのに」


「ッ......ワラワは大神族じゃぞ......みなが神じゃ何じゃと崇める存在じゃぞ......恐怖じゃとか不安じゃとか、そういったモノは見せてはならぬのじゃぞ」


「うんうん、それでいいと思う。でも今は大神族じゃなくて療狸だ。怖くて泣きたくなる事もあれば不安で泣きたくなる事もある。大神族のそんな弱々しい姿は見たくないが、療狸ひとり分なら俺でも受け止められるだろう?」


「ッ......っっ、何なんじゃ、お前さんは.....生意気な小童が......一端の大人の真似なぞしおって......」


 烈風の着物を子供のように強く掴む療狸の小さな手は震えていたが、烈風は何も見ていない。

 子供のように泣きじゃくる声や上がる温度を烈風は眼を閉じ、包み隠すように抱きしめた。





 カンノン倒す隊が空間移動してから十数分、わたしのフォンが鳴り響いた。


「お、れぷさんだ」


 通話を飛ばしてきたのはフレンド登録済みの烈風。わたしは即座に応答し、状況交換をすべくクチを開くも、


『エミリオ、すぐに全員を京まで飛ばしてくれ』


「はぁ!? なんで京に、てかポコちゃんどうしたよ!?」


 カンノンとやらから療狸ことポコちゃんを救出するのが第一目的だったハズだろう? それがなぜ京なんてワードが出るんだよ?


『ワラワもるぞ〜、蕾の件も知っとる。今シルキ大陸にる全員を京へ避難させる所でのぉ、まずそこの者達を京へ送り、動ける者は他の街や村の者を避難させるために動くんじゃ』


「はぁぁ!? 意味わかんねーけど......お前が言うなら何かあるんだろ、オーケー任せろ」


 そう答え通話が終了して数秒後、京と思われる方向から説明出来ない力が昇り立つ。

 わたしだけではなく他のメンバーも否が応でもでも感知出来てしまう程の凄まじい力。


「エミリオ、これは?」


「ハロルド! と、他のお前らも! 倒れてるヤツ全員で背負って京まで空間移動するぞ!」


 わたしは声を投げ捨てるように響かせ、素早く詠唱、空間を京へ繋いだ。

 なぜ京へ? と思うものの誰もそれを聞かず空間へ身を投げ、京へ飛んだ。


 蕾の件を知っている療狸の提案で京なのだろう。何も出来ない、何も知らないわたしより療狸の方が100万倍頼りになる。だから任せよう。


 ワタポを背負い、わたしが最後の空間移動を済ませ入り口を閉じた。





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