◇408 -八瀬-



「久しぶりだな」


 と、笠を装備した糸目の妖怪が妙に柔らかく言い、


「ですね」


 と、眼鏡の鬼が軽くいなすような返しをした。


 蜃気楼の3階廊下で大妖怪 滑瓢ぬらりひょん四鬼しき八瀬やせは遭遇した。顔見知りらしくお互い再会の挨拶を簡単に済ませ、向かい合ったまま沈黙が廊下に漂う。

 ずっと下で豪快な音が登ってくるものの、2人は動こうとしない。隙を探り合っているワケではなく、お互い顔も見たくないと言わんばかりの沈黙。しかしいつまでもこうしているワケにもいかない。


「あの日の夜はすみませんね......私にも色々とありまして」


 最初に沈黙を破ったのは鬼の八瀬だった。謝罪を切り口に八瀬は鋭利な視線を螺梳へ突き刺し、


「妻とその両親が何者かに殺されたり、村に今よりもっと粗末な腐敗仏が流れ込んできりと、そりゃもう色々と」


 明確な殺意の眼差しで螺梳を射抜きキバを出す八瀬。それに対し螺梳も、


「そりゃこっちの台詞だ。どっかの腰抜けが観音に泣き付いたおかげで大事なモノを全て失った夜だったよ」


 笠の下で鋭く尖らせた視線を八瀬へ飛ばし、奥歯を鳴らす。この2人には何かしらの因縁かある様子だが、どこか噛み合わない。しかしそんな違和感さえも気にせず、今にも噛み付きそうな2人は睨み合う。

 普段は楽しげにふざけているが、確りと物事を見極め、同時に周りも見ている螺梳。

 変わって八瀬は普段から真面目で、確りと物事を見極め周りも見る。

 こんな2人がある夜、当時まだ神族だった観音を討伐すべく手を組み動いたが、どこからか情報な漏れ、悲惨な結果を生んでしまった。お互いまだ若かった、甘かった。自分達がその気になれば大神族を討てる。そう思って疑わなかったが、相手は神族ひとりではなく、シルキ大陸という国だったのだ。妖怪もアヤカシも人間も知らない所で螺梳は観音に大切なモノを奪われた。八瀬は観音が無闇に造っていた今よりも醜悪な死肉の塊である腐敗仏に大切なモノを片っ端から奪われた。

 2人の動向を神族へ密告していたのは、大名。観音は今こそ大神族だが当時は人間の神族。大名達は観音を神の化身、仏の化身と崇め奉り、その気になった観音は人間、妖怪、アヤカシなど関係なしに横暴な態度を取るようになり、やがては能力ディアで生きた人間を無理矢理束ね、ひとつの生命を生み出し始めた。道徳に反する観音を止めるべく、大名が当時から屈指の実力者だった螺梳と八瀬へ話を持ち掛けた。しかしひとりの大名が観音を心から崇拝しており密告、観音は大名を全員集め全員殺すつもりだったが、この状況は使えると判断し「命を助ける代わりに今まで通り2人をその気にさせ、全てを随時報告しろ」と言った。


 大妖怪、最強の妖怪、と謳われていた螺梳。

 実力も備えた鬼の頭脳、と謳われていた八瀬。

 人間にも妖怪にもアヤカシにも平等に優しく、ときに厳しく真面目に接してくれる2人を人々は観音よりも慕っていた。

 それが観音にとって面白くなかった。観音は今の状況、自分を討ち取ろうとする2人を撃破し、神にも等しい自分を “卑劣な手段で暗殺しようと企んだ者達” として晒し首にしてしまおうと企む。そうする事で邪魔者は消え、少なからず自分へ信仰心を向ける者も現れるだろう。集団でひとりでも信仰心を表せば、あとはナッツと同じ要領で散りばめ洗脳していけばシルキ大陸は観音のモノとなる───ハズだった。観音もまた浅く青く、甘かった。


 螺梳と八瀬は大切なモノを失い、観音はシルキ民の信頼を完全に失う形でこの一見は苦い味と後悔を残し、幕を下ろした。


 その後、観音は恐怖で大名達の家系を自身の足下へ縛り、螺梳と八瀬には誤報が伝わる。

 螺梳が裏切り観音と手を組み八瀬を始末しようとした。

 八瀬が裏切り観音と手を組み螺梳を始末しようとした。

 という誤報が。


「何度殺してやろうと思ったか、滑瓢ッ!」


「それもこっちの台詞だ、鬼ィ!」


 笠と眼鏡を無造作に外し、お互い豪炎の妖撃を全力でぶつけ合う。

 華組だとか、鬼だとか、夜楼華だとか、そんな事は今の2人にとってどうでもよく、長年宿っていた後悔を力任せに砕くように、どうする事も出来ない感情をそのまま振りかざす子供のように、2人は激しく激突した。


 豪炎の拳が肌を圧し焼き、豪炎の刃が肌を焼き斬る。鋼鉄のような鬼の肌も、螺梳の剣術の前では人肌と何ら変わらない。四鬼しきが持つ特種な超回復も、滑瓢が使う剣技の前では無意味。大妖怪という大層な称号も、今の螺梳を見れば頷けるほどの実力が見て取れる。しかし、ただ強いだけの妖怪は悪妖怪と言われる事の方が多い。今の螺梳は実力こそ申し分のない大妖怪だが、その出所が悪妖怪と何ら変わらない。ただ鋭く、無闇に鋭く、触れるモノを全て斬り刻むように、ただただ鋭い力。

 繰り出される連撃の中、ついに螺梳の刃は鬼の首へ───


「───......俺の勝ちだな」


「なぜ止めた? なぜ私を斬らない......なぜ、なんで俺を殺さないッ!? 半端な優しさなど───」


「斬るのは後でいい。まず俺の話を黙って聞け。その後でお前の話を今度は俺が黙って聞く。その後で斬るか斬らないか決める」


「後でいい、と? 笑わせるな......いつでも俺を殺せるような言い方だな螺梳!」


「俺がお前を斬ると決めた時、抵抗するのは自由だぞ? 勿論俺を返り討ちにするのも自由だ」


───ま、俺は何でも斬れるが “アイツ等” 以外殺せないんだがな。


 カタナを鞘へ戻し、その場に座り込む螺梳。今八瀬が攻撃を仕掛けるのも自由。しかし八瀬はそれを選ばなかった───螺梳から漂う “お互いの話を擦り合わせて真実を知りたい” という決意にも似た雰囲気が八瀬の温度を下げさせた。

 戦闘の最中、螺梳は走馬灯のようなものを見た。大切な人が笑って迎えてくれる、今となっては幻想のような遠い昔の記憶の花弁。なぜそんなものを見たのか螺梳にはわからなかったが、そのおかげで焼き切れそうだった理性がしずまり、ある決意を完全に固めるため、真実を求めた。

 長年睨み続けても変わらなかった夜を終わらせるために。新しい朝を迎えるために。


「あの夜、俺......私は楼街ろうがいへ向かおうと───!?」


「───なんだ!?」


 語る声も、固めた決意も、後悔も、全てを圧し潰し消してしまいそうな程、強大で圧倒的な “魔力” が華組の城を軋ませた。



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