◇389 -イフリーの王族-1



赤樫あかがしという木材で作られた木刀を放り捨て、わたしは境内の石畳に尻を落とす。すっかり日が暮れたというのに、妖怪共の底知れぬ体力には脱帽する───帽子は脱がないけれど。


「ちょい休憩しようぜ休憩! 疲れたって」


「じゃあ私はお茶を淹れてくるよ」


「わちきも行くです!」


療狸寺やくぜんじの境内に響かせた休憩の声にひとつ眼の妖怪ひっつーと枕返しのわちきは息抜きがてらお茶をとりに向かう。

ポコちゃんのインチキ占い後、わたしは妖力の件で寺の妖怪達と修行をしていた。流石に剣やカタナを使うのは危ないだろう、と千秋ちゃんが言い、赤樫という和國固有の高級木材で作られた木刀で色々と、そりゃもう色々とやっているうちに太陽は眠り月が起きた。


「本当わたし妖力無いのかよ.....こんだけやったなら少しくらい覚醒してもよくね? そういうもんじゃねーの? 和國クソかよ」


ゴロリ、と境内で寝転がり「あーやってらんねー、クソゲーオブザイヤー入ってんな」とグダグダ言うわたしの横で人間の千秋ちゃんはクスクス笑う。この寺には妖怪ばかりいる。その中にひとりだけ人間.....ワケありだろうけど聞いていいのか? いいよな。


「なぁ千秋ちゃんは何でここにいんの? 人間なんだし、人間が住んでる街とかあるしょ?」


「私は療狸様に拾っていただいたので」


拾っていただいた.....千秋ちゃんは捨て子だったのか? てゆーか療狸アイツは何でも拾うんだな。わたしの事も拾って助けてくれたし、いいヤツかよ。


「エミリオさんは冒険者、という事は.....ウンディー大陸が拠点ですか?」


「そ、ウンディーが───あれ? シルキって外と全然交流しないコミュ障大陸だろ? なんで冒険者がウンディーって知ってるんだ?」


外には言うまでもなく、他大陸もある。冒険者というワードからすぐにウンディー大陸があがるって事は、千秋ちゃんはシルキ以外の大陸を知ってる人間。


「冒険者はウンディー、騎士はノムー、そしてイフリーが軍、ですよね」


これは本格的に驚かされる。冒険者=ウンディーだけではなくノムーやイフリー、それもイフリーの騎士が軍と呼ばれている事も知っていた。


「よく知ってるな。千秋ちゃんいくつだよ?」


「歳ですか? 私は20です」


人間の歳なんて聞いた所で地界の歴史もクソも知らないわたしは何もわからん。これは次の質問をさり気無く飛ばす為の準備。


「20か。ずっとシルキ?」


これだ。この質問を自然な流れで放ちたかったのだ。


「さっき療狸様に拾われたと言いましたよね? それが5年か6年くらい前です。それまではイフリーのデザリアに住んでいました」


なるほど。だから騎士ではなく軍と呼ばれている事を知ってたのか。


「デザリアっつったらイフリーで一番デカイ街じゃん。なんでそっからシルキに来たの?」


「それは.....」


「あー、ごめ。話したくない事や話せない事はあるわな。わたしにもあるし」


嫌そうな顔ではなく、困ったような顔をされたらもう無理だ。嫌そう、ウザそう、の顔ならガンガン踏み込んで掘り荒らしてやるのもいいが困った顔は本当のやつ、無理矢理踏み込んじゃダメなやつだ。表情ひとつでここまで空気を読めるようになったとは、我ながら成長したと思うぞ。ウンウン。わたしよ、大人になったな。


「エミリオさんも話したくない事あるのですね? 意外です」


「そりゃあるだろ! ワタポちゃんのドーナツ勝手に食った事とか、セツカちゃんが大事にしてたペン折っちゃったからユニオンの庭に埋めた事とか、子供の頃はカラス相手に魔術の練習しててベッドの上でグチャグチャにしちゃっ.....た事は、今思い出した......」


なぜこのタイミングで昔の事を思い出したんだ? いや、何か違う.....思い出した、という感じじゃない.....何だこの変な感覚は。再生された記憶が誰のベッドなのかわからない。そんな事あるか? そこで何をしようとしてどうなったのかは思い出せたのに、誰のベッドなのか───ん? これは.....今自分で言ったように、思い出した、ではなく、思い出せた、という感覚.....何だこれ.....キモチワリ。


「セツカ.....ノムーの姫と同じ名前では?」


「あ? あぁ、そうだぜ。わたしはセッカって呼んでるけどな」


なんだってんだこの脳みそは。カラス事件の前後が思い出せない。魔術を使った途端にカラスが暴れ始めてそれでもクソガキだったエミリオは止めずカラスはベッドの上でグチャグチャに潰れた。これは思い出せた。しかし何の魔術を使おうとしたのか、そして汚れたベッドはどうしたのか、これが全く思い出せない.....いや、見えない。真っ暗になる。これ以上どうにもならんし、思い出せた所でクソの役にも立たないし、いいや。


「エミリオさんはウンディーの冒険者なのにノムーの姫とお知り合いなのですね?」


「知り合ったのはノムーの姫時代だけど、セッカは今ウンディーの女王様だぜ?」


わたしは思い出そうとするのをやめ、ごろ寝体勢から座り体勢へと変え、千秋ちゃんとの会話に意識を戻した。


「え? ウンディーの、女王? ウンディー大陸に女王......国になったのですか!?」


「あそっか、5、6年前に和國inしたんなら知らねーわな。1年前くらいにウンディーは国に.....まだ1年経ってねーか? まぁとにかく今ウンディー大陸は女王セツカ様のお庭。多種族が住む自由な大陸ウンディーとか女王の庭バリアリバルって呼ばれてる」


「多種族が住む自由な大陸......」


「そだぜ。わたしは魔女、女王は人間。まぁこれだけなら魔女って事隠して上手くやってんだろって思うかも知れない。でもな! セッカの側近が後天性の悪魔でたまに半妖精ハーフエルフや元バリアリバルの騎士がやったりする。魅狐ミコもいるし猫人族ケットシーとか、最近じゃ後天性吸血鬼とか天使もいるぜ」


「悪魔!? 半妖精も......何をどうしたらそんな風になれるのですか?」


「さぁ? 何かやり方があんじゃね? わたしは女王様じゃねーからわかんね」


確かに考えてみたら、すげー状態だよな。

ノムーの姫がウンディーの女王で元レッドキャップの悪魔が側近、元ドメイライト騎士で元蝶ギルドの人間も側近に選ばれる率高くて、半妖精や魅狐、猫人族に吸血鬼と天使。だっぷーは確かホムンクルスで......しし屋も獣族だし、セッカなんて女王のくせにマフィアみてーなスーツ着てたジュジュのギルドに入ってるし、無茶苦茶な大陸だなおい。


「エミリオさん、ひとつ聞いてもいいですか?」


「100でも1000でも聞いてくれ。天才だから何でも知っせるぜ」


「ではお願いします───どうしてウンディーが国になる必要があったのですか? 自由の大陸なのは元からですし、国という形をとる必要があるとは思えません」


「ほう.....中々いい質問だ。センスあるな」


...........何でウンディーが国になったんだっけ? セッカ、王族の中でも王様的な血統のセツカ様だったから国として認められたんだっけな。で、そうしなきゃダメだった理由は.....ん〜〜〜......。


「んと、ウンディーが国になった理由は───」




───なんだっけ。




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