◇385 -桜香る都-3



華組の本丸【蜃気楼】が見守る桜香る都 京 を小隊が腰のカタナを揺らし歩く。隊の先頭に立ち手綱を持つのは大妖怪の滑瓢の螺梳ラス。両腕を後ろで組まれ綱に引かれるのはウンディー大陸の冒険者であり皇位の称号を持つジュジュ。


「.....俺がこう言うのもなんだが、いいのか?」


螺梳は綱の先で抵抗する様子もない冒険者へ問い掛ける。すると冒険者ジュジュは軽い口調で答えた。


「いいんだ。やり合う気なんて無かったが、一応形だけでも作っておかなきゃ後で色々とな。それにタダで帰るワケにもいかんし、今は捕まっておくさ」


「そうか。俺としてはウンディーに戻ってほしいが.....まぁおとなしくしてくれるなら今はいい」


蕎麦屋前であっさりと降伏したジュジュはその場で螺梳に捕まり、駆け付けた華組の兵も同行し宿屋へ。ジュジュは拘束される前に冒険者全員へ『宿屋に戻ってくれ』とメッセージを飛ばしておいたので全員集まっている。勿論、まだジュジュが拘束されているなど知らないが。

螺梳は宿屋へ入るやすぐに声を響かせる。


「華組だ。悪いが全員外へ出てくれ」


「おぉ〜、格好いいな螺梳っさん」


龍の刺繍を持つ防具を装備するジュジュを見て宿屋無いに居た者達は鋭く生きを飲んだ。しかし何も言わず螺梳の言葉に従い外へ。理由を話す手間が省けるという理由で螺梳はジュジュへ防具を隠さないよう言った。狙い通り龍の刺繍───龍組の防具を見た京の者達はすぐに外へ避難する形で宿屋を空けてくれた。冒険者達にはジュジュから軽く説明し、おとなしく同行してもらう作戦なのだが───


「───!」


「───!?」


二階へ登る階段へ近づいた瞬間、上から矢が降り注ぐ。螺梳は素早い抜刀で矢を斬り伏せるも複数の影が壁を走る。ニンジャとまではいかないものの壁を走り小隊を超え背後を取った影。そして正面からは幅広の斬撃が飛燕する。


「あ、おい───」


「前後に分かれろ!」


ジュジュの声は螺梳の指示に打ち消され、小隊は素早く前後に分かれ戦闘を開始する。螺梳は手綱をあっさりと手放し、迫る飛燕をカタナで打ち落とそうとする。しかし飛燕とは思えぬ重みを持つ斬撃を打ち落とす事が出来ず、いなすように流した。飛燕斬撃は壁を抉り斬り消滅。その傷を確認する暇もなく背後では剣戟の音が響く。振り向きたい衝動を抑え、螺梳は前方───二階を見上げる。狼の耳と尾、独特なアザを顔に持つ大剣士と狼のシルエットマークを左下腹部に入れた銃士、そしてキノコ帽子が螺梳達を見下ろす。背中から聞こえる剣戟に混じる声は「んにぃ」「ニャっ」等の語尾.....猫人族ケットシーだ。


「すぐに猫を止めてくれ!」


「そっちが先に止まってくれないと」


螺梳の言葉へすぐに返事をする瑠璃狼。またしてもこういう会話にならない流れか.....と螺梳は胸中で肩を落とし、


「華組は手を止めろ!」


と言う。しかし手を止めれば猫耳を持つ3名に斬られてしまうという思いが身体を動かした。


「───っぱ、アメーバで包むなよ! 窒息するわ!」


螺梳が飛燕斬撃をやり過ごしている最中に銃士はジュジュへアメーバ弾を撃っていた。飛燕とカタナが接触する瞬間に発生する剣戟音に発砲音を隠し放ったアメーババレットは拘束されているジュジュを戦闘の流れ弾から保護するように包み込んだ───のだが、アメーバ内に酸素はない。重く軟質なアメーバを必死に進み、何とか顔を出したジュジュはすぐに猫人族へ「やめろ!」と声を飛ばすも、気持ちいい程言う事を聞かない猫ズ。

前方の冒険者は華組が止まれば止まるといい、後方の冒険者と華組は止まらない。


───なんでこうなるんだ。


螺梳は大きな溜め息を吐き出し肩をガックリと落としたかと思えば、今まで───ジュジュ達には───見せた事のない大妖怪の威厳、威圧感を発揮し「いい加減にしろ」とだけ言った。大声でもない声に華組はピタリと停止、猫ズは滑瓢の威圧感に尻尾を立て視線を螺梳へ向けるも動く事なく停止。


「よし、とりあえず話を聞いてくれ」


キンッ、と小気味良い音でカタナを鞘へ納めた時には威圧感の欠片もなく、螺梳は冒険者達の知る雰囲気を醸していた。





無い腕が痛い。


雪女のアヤカシ、もとい、雪女の “妖怪” スノウは冷水風呂に煙るように滲む血液に顔をしかめた。


無い腕が痛い。


竹林道での戦闘で左腕を失ったスノウは自身の能力で氷の義手を作ろうと考えた。しかしジプシーとの戦闘で妖力を使いすぎたせいか、今は冷たい吐息しか出せない。冷水に浸かり妖力の回復と傷の治癒を試みるものの、大きすぎる傷に冷水治癒は効果が薄い。


「もう少しで氷義手は作れそうだけど回復したとは言えないなぁ.....」


自分の妖力を把握出来ているスノウは義手製氷分の妖力は溜まった事を知るも、急ぎ義手を製氷した所で今更な話。傷口を凍結止血し、もう少し冷水に浸かる事を選んだ。


「うぅ.....無い腕が痛い......」


腕を失った事にまだ慣れるはずもなく、竹林から帰還し緊張の糸が緩んだ事により改めてその痛みがスノウの神経を焼き切るように駆け回っていた。





怪我人を診察する間で眠喰バグ夜叉やしゃが眠る。自室では何かあった時の対応が遅れてしまうので医室で様子を見る事になったのだが、疲労に近い状態で眠っているのだと医師が妖華に告げ、妖華は心からホッとした。


「無理しすぎだよ、2人とも」


華のアヤカシ 妖華のモモは眠る2人を横に呟いた。

モモ自身も怪我を負ったハズなのだが、痛みはおろか傷痕さえ見当たらない。この超回復、超再生の原因はわかっている。しかしモモは何も言わず両膝を抱える形で黙り座っていた。


眠喰、夜叉、雪女、そして自分。この4人の中では自分一番怪我や精神力的な疲労は無いものの、肉体的な疲労は確かにある。今すぐ温かいお湯に浸かり強張った身体をほぐし、ゆっくり休みたい気持ちに駆られるも、滑瓢が京で “外からの者達” を拘束しに行っている。自分だけ休むワケにもいかない、と半ば強引に意識を保ち疲労感を叩き割っていた。


「いつになったら平和に........みんなが好きなことに少しでも時間を使える日が来るのかな」


ポツリと嘆いた言葉は花弁のようにふわりと浮き、薄くなり、響くノックの音で消えた。


「どうぞ」


自室ではないもののノック応答するモモ。するとひとりの華兵かへいが、


「失礼します、螺梳様が京で不穏な輩を拘束し、蜃気楼へ戻られました」


「わかった。すぐ行く」


───いつになったら、この国は住みやすくなるのかな。


胸中で嘆き、一度伸びを入れモモは螺梳が居るであろう地下牢へ向かった。



「───......この香りは....ゴリ?」



モモが去った数十秒後、眠喰は赤い眼を開いたものの、残る疲労感を拭えず重い瞼をゆっくり閉じた。




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