◇384 -桜香る都-2



ウンディー大陸のみならず、ノムー、イフリーでもその名と活動範囲を大いに広げる商業ギルド【マルチェ】のギルドマスターであり、皇位の称号を持つ冒険者ジュジュ。


シルキ大陸で大妖怪と呼ばれる妖怪種の滑瓢ぬらりひょんであり、所属する華組でも高い地位を持つ螺梳ラス


大人の落ち着きを持つ2人は表面上では顔見知りと食事をする、といった雰囲気だが内面では網を広げあっている。ジュジュは再び現れた螺梳の真意を探るべく網を張りなんて事ない会話さえ確り拾う。螺梳はジュジュ達ウンディーの冒険者が今後シルキでどのような行動を取るのか予想出来るだけの材料を集めるため網を張る。

日常会話とも言える内容のやり取りだが、お互い一言も溢す事なく相手の言葉を集め続けていた。


───確実に探りを入れてるな.....宿屋まで教えておいて今更俺達を警戒か?


「で、華組そっちも怪我人いただろ? 大丈夫なのか? もしあれだったらポーション.....薬を売るが」


ジュジュは螺梳の仲間を話題に出し、反応を覗う。


「大丈夫だ。むしろそっちは大丈夫なのか? ここはウンディーじゃなくシルキだぞ? 持ってる薬だけで対応できるのか?」


「確かに......でもどの薬が何に効くのかを知る所からだろう? それなら自分達の薬を使った方が早いだろ」


「うむ、そうだな。だがシルキ特有の状態異常や病気なんてのがあったらどうするつもりだ?」


「あるのか?」


「さぁ? 俺は医術に詳しくないからそういうのがあるのかさえわからん。何かあったら華組うちの医療班に診てもらえば一発だが、そっちの怪我人は今未知の症状など出ているのか?」


───掴めないな。螺梳は悪いヤツには見えないし、今もそれは変わらない。このまま会話を続けても時間が流れるだけか.....。


「今は大丈夫だ。何かあった時は頼らせてもらうよ。それより、話がしたいって言ってたよな?」


「おう、そうだった」


蕎麦を綺麗に片付けた2人は温かいお茶を貰い、螺梳は話題を切り替えるようにゆっくりひとくち飲んだ。


「目的は腐敗仏はいぶつって言ってたが、本当にそれだけが目的か?」


「.....? 俺達か?」


「あぁ。腐敗仏が目的なら悪い事は言わん、諦めろ。竹林で遭遇したアイツは未完成だったが腐敗仏に近い何かだった.....本来腐敗仏は男だがアイツは女で、自我もハッキリしていたな。倒した時に命彼岸も咲かなかったし、種も落とさなかったから、アイツは腐敗仏に近い腐敗仏ではない存在だろう」


螺梳の言うアイツとは腐敗仏を喰い殺し女帝化したテラの事。まともな人間を喰らっていないからなのか、テラ自身のメンタルが相当強いのか謎だが、テラは確かに女帝化した状態でも自分を保っていた。


「腐敗仏ってのがどんなモンか俺達は全くわからない。そして竹林にいた異形は外じゃ女帝って言う種の特異個体だ。完璧な女帝だったのかは.....残念ながら俺にはわからん」


腐敗仏.....女帝.....特異個体に変わりないが、どちらも全く違う。腐敗仏に詳しいであろう螺梳と擦り合わせるには女帝に詳しい存在が必要になるが、今シルキに来ている冒険者の中に詳しい者はいない。


「そのへんは落ち着いて話せる時にだな。問題は本来の腐敗仏は竹林のヤツよりも危険だと言う点だ」


「危険? それは俺達じゃ勝てないって事か?」


「うむ......ハッキリ言う。お前達は領域能力をナメているのか、そもそも領域能力を知らないのか.....どっちにしても腐敗仏相手じゃ命取りだ。俺がいたから簡単に勝てたようなもんだぞ。華組うちの連中がいてもあんな風に簡単には勝てない。それが腐敗仏だ」


ジュジュ達ウンディーの冒険者は腐敗仏をまだ知らない。ユニオンで暴れた腐敗仏やノムーに現れたであろう腐敗仏も、本来の腐敗仏には遠く及ばないレベル。竹林でエミリオが遭遇した腐敗仏でさえ、本格的に覚醒している腐敗仏の中でも雑魚クラス。螺梳は誰よりも腐敗仏に詳しく、恐らく誰よりも腐敗仏を怨み憎んでいるだろう。この話題になった直後から放つ雰囲気がある種の鋭さを持っている事をジュジュは見逃さなかった。


能力ディアについては全大陸共通なんだな。確かに俺は領域系と言わず、他の能力にもあまり関心がない。俺自身が能力を持ってないからと言えばそうかもしれないが......能力って凄いが万能じゃないだろ?」


現在ウンディーのみならず他大陸でもその名と活動範囲を大いに広げるジュジュは能力を持たない人間。まだ覚醒していないのか、そもそも持ってないのかは不明だが、それでも冒険者としてのジュジュは強い。


「万能ではないな。全てが戦闘向きと言うワケでもないし、本人も周りも困るような能力を持って産まれたヤツもいる。だが、腐敗仏は一定の期間生きていれば必ず能力が覚醒するんだ」


「必ず? アレか、武器を.....攻撃を発火させるような能力か? それとも感度を上げる領域か?」


「......本当に何も知らないんだな。悪い事は言わん、潜水艦に乗ってウンディーへ戻れ。この国は今、外の連中に構える程の余裕を持っていないし、更に余裕が無くなる」


「なんだそれ? 突然過ぎないか? 俺達は女王様のご命令で腐敗仏の調査しなきゃならん。螺梳の事は嫌いじゃないし、螺梳も俺達を心配してそう言ってくれてるんだろうけど、その話は聞けないな。別に俺達を構う必要はない」


「そう言うワケにもいかん。今外から入ってきている時点で無視できないんだ」


「国の事情かい? 俺達ウンディー民から見ればシルキがウンディーへ攻撃してきたってのが現状だ。現に冒険者ウチ万華鏡カーレイドがシルキの腐敗仏によって酷い怪我を負った。どんな理由があってもここは退けないし、ノムーでも命彼岸が咲いたんだ。ウチの女王様が上手にノムーと連絡を取ってるから今は大丈夫だろうけど......ノムーがシルキへ剣を向けるのは時間の問題だと思うぞ?」


ジュジュが言ったように、セツカは実の父であるノムー王と連絡を取り、今回の件を今の様な状態───現時点ではウンディーが引き受けている形になっている。しかし解決が長引けばノムー王としてウンディーに力を貸す形でシルキへ剣を向けるだろう。冒険者と騎士は仲が悪い。現在もその光景はあるものの、以前より酷くない。ウンディーとノムーが同盟を本格的に組むのも時間の問題だと囁かれる程に、関係はより良い方向へと進んでいる。


「武力でシルキを制圧する、と?」


「螺梳達じゃないとしても、先にやってきたのはシルキだろ? ウンディーとノムーの二国に火種投げておいて武力云々は笑いも出ないと思うぞ?」


「ッ......、それならもう話す事はない」


「そうか」


「───お前達を拘束させてもらう」


「は? 何でそうなるんだよ」


「国の為だ.....別に取って食うワケじゃない。こっちの件が終わるまでおとなしくしててくれれば解放する」


「却下、俺達もやる事あるって言ったろ? 構う余裕ないなら構うなよ」


「それなら仕方ない。力尽くで拘束する」


「落ち着けよ、武力で制圧かい? 笑いも出ないぞ」



椅子に座ったままのジュジュと、立ち上がり腰のカタナへ手を伸ばす螺梳。

数秒の沈黙後、ジュジュはテーブルを螺梳へ蹴り上げ視界を潰し、その隙に素早く蕎麦屋から出る。テーブルを斬り捨てる事も出来たが、螺梳はそれをせず倒れた椅子もキッチリ戻し、割った食器の代金と蕎麦の代金を支払い店を出る。



「蕎麦ごちそんさん。中々美味かった」


「!?───そりゃよかった」



ジュジュは逃げる事をせず、装備を整え螺梳を待っていた。



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