◇383 -桜香る都-1



花の香りと優しい風が心を穏やかにしてくれる。

静かで気持ちの午後は久しぶりだと感じる【ホムンクルス】のだっぷー。

ウンディー大陸の冒険者達はシルキ大陸の首都 京 に宿をとり、各々が自己流で心を落ち着かせる。シルキへ上陸してすぐに【女帝】とエンカウントしたのは予想外もいいところ。しかもその【女帝】がシケットで暴れていた【腐敗仏】だと言う。妖怪、アヤカシ、女帝、腐敗仏......だっぷー以外の者もシルキ上陸後すぐに与えられた情報量の多さに眼を回しているだろう。


「ここに居たのか、だぷ」


高い建物から京の街並みを見下ろしていただっぷーへ男性が話しかけた。


「カイト! 元気?」


「元気って、さっきまで一緒にいただろ?」


だっぷーへ話しかけた男性は人間のカイト、だっぷーの恋人だ。一時は行方不明になっていたカイトは悪戯な魔女の魔術により侵食───イロジオン状態に陥り、狼型モンスターとして生きていた。本来の侵食ではなく魔術、それも未完成のものだったのが唯一の救いだっただろう。人工的ではなく天然───本来の侵食ならばカイトは完全にモンスター化し、こうしてだっぷーと肩を並べてシルキの街を見る事も出来なかっただろう。


「エミーなにしてるかなあ?」


「うーん.....わかんないけど、エミーなら大丈夫でしょ」


「だよねえ! だってエミーだもん」


2人の言うエミーはエミリオの事。

先にシルキへ入っている事は知っているものの初めての大陸で既に色々と起こっている今、エミリオを探し歩き回る前にシルキの情報を少し集めたい所。腐敗仏やレッドキャップ、他にも危険が多いであろうシルキでも、エミリオなら大丈夫だろうと思えるのはエミリオの性格をよく知っているからだった。2人を再会させてくれたのはエミリオ。本人にそんな気は無いだろうけど、だっぷーを霧山へ誘い、エミリオの友人であろう黒髪の魔女が狼化を治す方法を持ってきてくれた。エミリオがいなくても再会は出来ただろう。しかしこうして一緒にはいられなかった。そう思うとだっぷーはエミリオに対して感謝の気持ちが湧き溜まる。


「エミーに会ったらゴハン食べいこうねえ、カイト」


「いいね、酒も呑もう」


「お酒! 和國には “妖酒” っていうお酒があるんだってえー! それ一緒に呑もねカイトお!」


「っ───......あぁ、一緒に呑もう」


一瞬カイトの瞳が揺らいだ気がしたが、だっぷーはこれ以上何も言わずカイトの肩へ寄りかかり、風に泳ぐ桜の花弁を眺め続けた。





「キューレの調子はどうだ?」


宿屋で和國の地図を広げつつ仲間の容態を問う冒険者、ウンディーからシルキへ入る際に組まれたパーティーのリーダーであり皇位の称号を持つジュジュはパーティーメンバーの獅人族リオンを横眼で見た。

特種な調合器具───合成ポッドを使い、素材を薬品へ、薬品と薬品を新たな薬品へと調合合成する獅人族のししはトレードマークのキノコ帽子を外していた。


「穴が空いちゃってるけど大丈夫だよ......っし、薬出来たからちょっとダケ “領域” するね」


そう答えたししは色とりどりの液体が入れられた小瓶を並べ、合成ポッドをフォンへ収納した。


「んん〜〜〜っ! ご胞子の小部屋の “小部屋” !」


可愛らしく気合を入れたししは自身が持つ領域系能力の範囲を1メートル程まで調整し、展開した。キノコ帽子の周囲にポコポコと小気味良い音を奏で、様々なキノコが生える。すると帽子の中から小人のように小さい人間達が、さらに小さいキューレを運び現れる。

見た事もないキノコがホフホフとカサを揺らし、微粒子のようにキラキラと輝く治癒光を菌のように放出し、キューレへ優しく溶け込む。この間にししは唇をギュッと閉じ頬を膨らませながら数種類のキノコを採取し、


「───ぷはぁ〜〜っ!」


と声をあげ空気を何度も吸い込んだ。

ししの能力ディアは領域系で、息を止めている間だけ展開する。範囲を小さくしても息を止めていられる時間は変わる事はないが、その限られた時間の中でししはキューレの治癒と眼を覚ました時に飲む薬の材料を採取した。


「みんなありがちょ! キューレさんはそこに残して、ノコノコ戻っても良き良き」


ししの言葉に小人人間達は元気よく返事をし、キノコ帽子の中へ戻っていった。


「噂には聞いていたが、本当にキノコ帽子の中に小人が居るんだな───悪い、人間だったな」


「可愛いでしょー、拐っちゃダメだよ?」


ジュジュの言葉にししは笑い答えたかと思えば、キノコ帽子へ寂しそうな視線を送った。しかしすぐに瞼を閉じ「よし、あとちょっとダケ!」と気合を入れ直し、採取したキノコの下処理を始めた。


「何か手伝える事はないか?」


「んー.....んーん、大丈夫だよ」


「そうか。気が散るようなら席を外すから遠慮せず言ってくれな? それまで俺は───」


ジュジュは窓の外へ視線を落とした瞬間言葉を切り、すぐに立ち上がる。


「やっぱ席を外す。何かあったらすぐ連絡してくれ」


「???」


気が散るなどないししは気を使わせてしまったかと考えるも、既にジュジュは部屋を出ていってしまっていた。


「ま、いっか」


気を使って席を外してくれたのならば、今は薬の素材を加工する事に集中すべき。そう思ったししはまるで料理中のように手を動かしひとりで何人分もの作業を涼しい顔で楽しそうにこなした。





宿屋の窓から通りを見たジュジュは、こちらへ向かってくる大妖怪 滑瓢ぬらりひょんを発見し部屋を出た。


───今部屋ではししが頑張ってくれている。騒がしくするつもりはないが、可能なら会話も外で済ませるべきだろう。


治癒術は集中力と精神力の削れが激しい。今ししが行ってるのは治癒術ではないものの、能力ディアを使ってすぐに加工調合をするという事は治癒術や治療術の延長、治癒術と同じくらい集中力と精神力を削る作業だと思っても不思議ではない。

微力ながら治癒術を使えるジュジュだが、今のキューレを回復させられるだけの技術を持っていない。頼れるのはだっぷーの薬とししの存在だけであり、キューレの容態は薬を飲む前の段階。ししも治癒術師だが医者ではないので、出来る事も限られる。それでも引き受けてくれたのだから、ジュジュは勿論、他の者も出来る限り協力するつもりでいた。そのひとつが安心して集中出来る環境作り。


「宿ならとれたよ、アンタのお陰だ。ありがとう」


「ん? あぁ、どういたしまして」


宿屋の外で滑瓢の螺梳ラスを待っていたジュジュは、螺梳の姿が見えるとすぐに声をかけた。

この時の返事にジュジュは眼を細めた。

宿屋の心配をし、部屋をとれたのかを確認しに来たのならばこんな返事はしない。


「宿の心配じゃなさそうだな......何か別の心配事かい?」


「心配事と言えばそうかもな。話がしたい、ちょっと付き合ってくれ」


「螺梳の奢りなら喜んで」


「よし、じゃあ飯でも食いに行くか」



螺梳は宿屋の向かい側にある蕎麦屋へ進み、ジュジュも後を追うように店へ入っていった。




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