◇386 -混合種と能力の研究結果-1



背の高い立派な竹が並ぶ竹林道。緑の香りにしては独特でいてどこか優しい竹の香りを楽しむ気はなく、兎型モンスターへ容赦なく剣を振るう半妖精。美しい横顔で既に次のモンスターをターゲットし、振るった腕を返し引き戻す際にもう一匹を仕留める。


「ふぅ」


小さく息を吐き、硝子細工のように繊細で美しい刀身を持つ剣【エタニティ ライト】を鞘へ流した。


「終わった?」


竹林道にあった大岩の影から顔を出し、兎型モンスターの殲滅を確認するのは天使族の少女みよ。


「終わったよ───って、みよっち隠れてたの?」


返事をしたのは魅狐のプンプン。ふざけた組織、クラウンの襲撃後から毛が銀色に変色し耳や尾も出たままで、どこからどう見ても化け狐。しかしこの竹林景の中で見ると中々絵になる。


「そりゃ隠れるわよ。知らない国で見た事もないモンスター相手に様子見もせず突っ込む方がどうかしてるでしょ」


みよと共に大岩の影へ滑り込んでいた治癒術師ヒーラーのリピナはFP───フェアリーパンプキンの2人を見て呆れていた。リピナの発言通り、FPのプンプンとひぃたろは見知らぬモンスターと遭遇するや迷いや戸惑いもなく戦闘の火蓋を切った。今回は問題なかったものの、もし兎型モンスターに特種な性質が備わっていた場合どうしていたのか.....と考えずにはいられないほど、2人の突進具合は竹の影からこちらを見ているイノシシも感心するものだった。


「ダメよみよっち」


「あ? まだ何も言ってねーじゃん」


イノシシを発見した天使は天使とは思えぬほと欲望に忠実で、ヨダレを飲み込みイノシシを見詰めていた。地界民は天使族が本当に存在するのかさえ疑っていた。しかし地界に舞い降りたみよは紛れもなく天使族。ピアス、白翼、理論を超越している治癒再生、など空想書扱いにまで落ちた種族詳細本に書かれている天使族の特徴や性質と気持ちいい程一致していた。しかし───性格や言動はどこぞの魔女にも引けを取らない。


「お姉様方.......イノシシって食えんの?」


───これで天使族ね.....。

───みよっちイノシシをお肉としか見てないや。

───半妖精と魅狐と天使......人間より手がかかるパテだ。


ウンディー大陸からシルキ大陸へ入った第二陣は見渡す限り竹群の夢幻竹林を警戒する様子もなく、まるで子供が冒険ごっこをしているかのように進んでいた。





夢幻竹林を抜けた先にある、香りが集まる村─── 香集村ほんしゅうへ到着したレッドキャップのベルとジプシーは、村が放つ悪臭を気にする様子もく道端にあった椅子へ腰掛けていた。


「この村の先にも街がありそうだな」


「ですね。それにしてもこのオニギリとやらはどうも食べにくい.....サンドイッチを米で再現しようとしたのでしょうかね?」


「知らねーよんな事。それより高くねーか? こんな米の塊で1個250vってよぉ」


悪臭漂う香集村で食事をする2人は道歩く者の虚ろな瞳に何かを感じていた。危険な雰囲気、香りがする村だが、少なくともこのオニギリには危険物など混ぜられていない事を匂いや味で判断し、食す。


「とりあえずここは手がかりも無さそうだし、何より辛気臭ぇ。食ったら進むぞ」


「いいんですか? テラはまだ」


「アイツも雑魚じゃねぇ。もし殺されていたなら───アイツより強ぇヤツがいるって事だろ? 痺れるじゃねぇか」


「そうですか。ま、俺は自分が生きていればそれでいい人間なんでいいですけどね。それより.....コレ、食べながら進めますよね?」


「あァ?......歩き食い出来るじゃねぇか! 気付かなかったぜ! オニギリも中々いいな」


「はぁ.....。では行きましょうか」


「おう」



レッドキャップの2人は香集村の先───廃楼街へと進んだ。





「おっえ、くっせ!」


「うっ......、ひぃちゃん大丈夫?」


「〜〜〜〜大丈〜〜ッ......大丈夫よ、〜ッッ」


「これは腐敗臭.....で、それに混じるこのニオイは.......」



レッドキャップが村を出発して数時間が経過し、午後の太陽も傾き始めた頃リピナ達は香集村へ到着した。竹林道をただ進んでいればもっと早く村や街へ到着出来ていたのだが、イノシシや兎を発見してはみよは追い、戻って来たかと思えばモンスターをトレインしてきたりと賑やかな歩みをしていたので相当時間がかかり、やっと到着した村がここ。鼻の良い妖精種───半妖精のひぃたろは悪臭に涙を流すも必死な強がりを見せる。リピナは鼻先をピクピクと動かし悪臭を嗅ぐ。


「───やっぱりこのニオイ、薬物よ」


悪臭に隠れ漂っていた薬物の香りを嗅ぎ分けるリピナの麻薬犬っぷりにひぃたろは「人間って凄い」と鼻声で呟いた。


「薬物? 薬品とかじゃなくて?」


ひぃたろへハンカチを渡しつつ、魅狐プンプンはリピナの発言を拾う。どんな状態だろうと人が住み暮らす村。薬品の香りがあったとしても不思議ではないが、医師のリピナが薬物というワードを選んだという事は恐らくプンプンやひぃたろ、みよの想像した薬物で間違いない。


「薬物───麻薬よ。私の記憶が正しければ、これは焚いて煙を浴びるように吸うタイプの薬物。一時的に意識を飛ばす薬物で、中毒性はそんなに高くない.....というか効果が本当に弱くて麻酔とも呼べず麻薬と呼ぶには粗末すぎる代物よ。でも麻薬と呼ばれていて麻薬指定されている」


麻薬と聞いた途端、この悪臭全てが危険なモノに感じてしまう3名だったが、リピナは笑いながら「大丈夫大丈夫」と軽く言うも全然安心出来ない。


「効果が弱くても麻薬指定されているのよね? 大丈夫なワケないじゃない」


鼻声涙眼で本当に大丈夫そうにないひぃたろがもう少し噂の麻薬について掘る。


「ナッツのように芳ばしくて、ココナッツのように甘い香り。それがこの麻薬───ナッツの特徴。本当に効果は弱くて一時的という言葉より一瞬という言葉がピッタリね......2、3秒くらっとしてその間だけ意識が飛ぶ。麻酔薬に使えないか医師達の中で一時期研究されていたけれど、どれだけ濃度を上げても5秒が限界だった。5秒なんて注射用麻酔にしかならないし、注射を打つのにわざわざ麻酔を使うなんてどれだけ下手なのよ」


ナッツ、という薬物は地界ではどの大陸でもわりと簡単にそして安価で手に入る。しかし本当に何の役にも立たない代物なのだが、それはナッツが持つ効果の話。ナッツの本当の使い方───あるいは上手な使い方は、名前の由来でもある香りにある。


「.....プラシーボ効果?」


ひぃたろの鼻は悪臭の中に漂うナッツの香りを拾った。芳ばしく甘い強烈な香り。この村に漂う謎の悪臭がなければナッツの香りは記憶にハッキリと残るだろう。


「正解。この強烈な香りを濃く嗅いだ時に一瞬意識が飛ぶ。それを “現実のしがらみから解放された瞬間” や “嫌な思い出から解放された瞬間” みたいに解釈させるよう暗示的な言葉を投げかけてやればいい。100人の中に10人ほど協力者を紛れ込ませて暗示を拡散させるように賛同させれば面白いように全員洗脳されるわ」


リピナの発言は非現実的にも思えるが、核心的とも言える。100人の中に10人の協力者を紛れ込ませ「ナッツを使用したら生きるという行為が楽なものに思えた」「嫌な記憶が薄れ消えた」など言わせる。90人の中から1人でも “そんな気がする” と思う者が現れれば勝ちだ。プラシーボ効果は何の効果も意味もほぼ無いものをあたかも特効薬のように与える事。そして人間を含む人型種にとって毒とも薬とも言えるのが言葉。その言葉をフラッシュバックさせるために記憶に残るほど強烈な香りを持ち、一瞬の意識浮遊効果を持つナッツが使われた。

安価で手に入るナッツを大量に買い占め、暗示にかかった者へナッツとは告げず2〜4倍の価格で売る。或いは労働の報酬として支払う。恐ろしい事にプラシーボ効果は行く所まで行くと麻薬中毒者のような存在を作る事が出来るのだ。


「洗脳って.....そんな事して何の意味が」


「アレじゃね?」


プンプンの疑問に答えたのは天使の少女みよだった。みよは遠くの空に見える “塔” を指差し、


「廃人になるまで使って廃人になったらこの村に捨てる。洗脳すれば新しい駒はいくらでも手に入るし金の代わりに安いヤクあげればいいんじゃね? 頭イカレてるなら匂いさえすれば何でもいいだろうし、あの塔を建てるため以外にも悪い事させたり出来るじゃん」


まさにその通りだった。

考えられない、考えたくもないが、あの塔の所有者達は人々を使い捨てて塔を建てた。しかしその塔も今や別の存在が支配し、その者はナッツを使い今も人々を使い捨てている。


使い捨てられた人々が集まる村───香りに誘われ集まり、自分を無くした者達が捨てられる村。


それがこの香集村。



眼を背けたくなるような村に、リピナ、ひぃたろ、プンプン、みよ、の4名は足を踏み入れてしまった。



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