◇377 -金紅の剣杖-5



ウンディーポートを出航した潜水艦は既にウンディー海域とシルキ海域の境界線まで進んでいた。何のトラブルもなく、スイスイと進む潜水艦。速度は予想以上に速く、潜り進んでいるというのに水圧を全く感じない。


「すっげー! カニいるぞ! うまそー! でっけーカニいるぞプンプン! とってきて!」


「うわ! 想像以上に大きい! あれに挟まれたら大変な事になりそう! あっちには........え?」


分厚いガラス窓から外を見てははしゃぐ天使と魅狐。海底を見る機会などそうそう無いので楽しいのもわかるが、これから向かうシルキ大陸は海底よりもレアな場所と言える。


「シルキに入ったらまずは大型船のサーチよね?」


「うん、サーチはボタンひとつで出来るみたい」


半妖精と人間は船内にあった説明書的な紙に眼を通し、潜水艦の情報を頭に叩き込む。特種な波動で潜水艦同士が反響し、レーダーに位置が表示されるという、画期的なシステムが搭載されている。これをフォンなどにも搭載出来れば相手を探す手間が大分省けるのだが、技能族がやっていない事から、そう上手くいかないのだろう。特種な波動も音波に近いもので、素材となるのは【リバーブワイバーン】の喉笛や地獄耳が中々の数必要になる。素材集めの手間や値段、加工の大変さからやはりフォンに搭載は現実的ではないと、技能師でもない2人も思ってしまう。


「なんっっだアイツ!!?」


「こっちくるよ!? え!? まずくない!?」


声のボリュームを更に上げる天使と魅狐は、半妖精と人間を呼ぶように叫び、窓を指差す。遊んでる暇はないと言わんばかりに無視する2人を強引に呼ぶみよとプンプン。


「いや本当やべーって!!!」


「海竜だよ!!!」


「「 ───は? 」」


ひぃたろ と リピナは同時に振り向き慌てて窓を覗くと、海竜型モンスターが未知の物体───潜水艦をターゲットに鋭いキバを剥けていた。海中を進む船という時点で、海中に生息するモンスターと遭遇する確率はグンと高まる。


「全員 “酸素玉” を出して! まだ使わないでよ!」


パーティリーダーであるリピナは迫る海竜を見てすぐに指示を飛ばす。【酸素玉】というのは使用制限のあるアイテムで、3分間ならば息を止めていられる便利アイテム。副作用があるので使用制限指定されている。以前エミリオが高熱の剣に貫かれ高熱を出していた時、プンプンとワタポはシーサーペントの鱗を求め湖へ向かった。その際に使われたアイテムであり、昔からあるアイテム。懐かしの酸素玉を手にプンプンはシーサーペント戦を思い出し、少し笑った。


「随分と余裕ねプンちゃん」


「え? あ、違うよひぃちゃん。エミちゃんやワタポと出会った時の事を思い出しちゃってさ」


時が経つのは早い。

今ではエミリオもワタポもプンプンもひぃたろも、1年と数ヵ月でウンディー大陸ではそれなりに名が通る冒険者───エミリオは通らないかも知れないが───になっている。そして今、地界最後の大陸シルキへ向かうという未知へ挑んでいる。


「思い出を語るのはここをやり過ごしてからの方がいいわね」


「だね───来るよ!」


プンプンが言った直後、船体は大きく揺れる。岩に衝突でもしたかのような揺れに全員よろける。岩へ衝突した方がまだ救いがあっただろう、海竜のキバは鋼鉄の船体を簡単に貫き、鋭利な尖端が船内まで貫通する。


「おおおおおおおい!? やりやがったぞコイツ!!!」


天使の発狂を塗り消すように、海竜が噛んだ穴から海水が恐ろしい速度で流れ込む。


「全員酸素玉を! ひぃたろは船体を破壊して!」


リピナの指示を疑う事なく全員が酸素玉を飲み込み、ひぃたろは硝子細工のように美しい剣に無色光を纏わせ、三日月のような弧を描く【狐月】を船内で容赦なく使い、分厚く頑丈な潜水艦を簡単に斬り離した。魅狐プンプンが使う、どの体勢でも剣術モーションを起こせて、どの角度でも放てる万能単発剣術【狐月】の特性を理解しているひぃたろは、【狐月】を二回連続で放ち潜水艦を二つにした。どの体勢、角度でも使える剣術に剣術を繋げる技術───他人が考案した剣術をマスターし連繋技術で剣術をあっさりと繋げる力量はSS-S2ランクの冒険者である事も納得できる。

酸素玉は既に効果を発揮しているので、流れ込む激流に焦る事なく海中へ身を投げる。


さて───問題はここからね。


ひぃたろは硝子細工のように美しい妖精族の宝剣【エタニティ ライト】を構え、初とも言える海中戦に備える。ひぃたろの愛剣は美しい剣だが、スペックに少々不満がある。以前剣を洗練───進化みたいなもの───を鍛冶屋ビビに依頼したがファクトツリーが途切れていたため、その時は【エタニティ ライト】が最終形態だと言われたがひぃたろは何か引っ掛かる気持ちがあった。そして今、この剣には先が存在する。直感などの曖昧なものではなく、ファクトツリーに現れた本当の最終形態。素材もひぃたろは持っている。しかし、どうにも気が乗らなかったので洗練はしていない。つまり、ひぃたろが今持っている剣は希少性レアリティこそ高いがSS-S2ランクの冒険者が持つには頼りない剣だと、SSS-S3犯罪者【レッドキャップ】のベル戦で武具のスペック差を痛感した。


海竜はうねり泳ぎ、距離を取りつつ4名の位置を把握。ひぃたろの近くには魔銃を持つ天使、その後ろには十字架のような武器を持つリピナ、そしてひとり離れた位置には武器を持っていないプンプンが。酸素玉は3分間呼吸を必要としないが、水中で会話するのは不可能。息は続くとしてもクチを開けば水は入り込む。そして、水中では本来の動きが出来ない。圧倒的に不利な状況で海竜を追い払うには短時間───1分以内に終わらせなければ、酸素玉の効果が切れる前に新鮮な酸素を吸い込む事は不可能。


「───追い払うなんて考えなくていいよ。討伐狙いで行こう」


「「「 ───!? 」」」


絶望的とも言える状況下で、治癒術師リピナはハッキリと声を出し、水圧を無視した動きで十字架の剣杖を───まるで地上にいるかのようにクルクルと回した。


「予想通り.....予想以上だったよ。私の新しい武器、金紅の剣杖───ラピナスルビーは」


固有名を【ラピナス ルビー】と名付けたリピナの新武器は、姉【ラピナ】が残した杖と親友【ルービッド】が残した剣、そして魔結晶【雨の女帝】を素材に、自分の杖をベースに洗練リファインしたもの。

杖と剣と魔結晶と杖を洗練してほしいなど、生産職ではないリピナも無理難題だと思っていたが、マスタースミスは見事に仕上げてくれた。その性能はリピナの想像を遥か越えるもので、治癒術師としても冒険者としても心強いスペックと記憶を宿した─── 特種効果武具エクストラウェポンであり、記憶武具メモリアウェポンでもあるリピナ専用の武器。


───力を貸して、ラピ姉。


リピナは水中でもある程度動ける補助魔術を全員にかける。本来ならばこの補助魔術はある程度の動きしか許されず、効果時間も約5分だが、杖がその効果と時間をブーストする。


「.....お、おおお!? 喋れるし動けるし凄いぞこれ! リピナ凄い!」


「水圧もほぼ感じないわね.....水中だからか浮いてる感覚がエアリアルの感覚に似てる」


「水中って部分を上手く使えば地上じゃ出来ない動きも出来そう! 凄いや!」



補助魔術や治癒術の効果を上昇させるだけでなく、追加効果も発動するこれはラピナが愛用していた杖の効果。それを今リピナは更に洗練した性能で使った。


「時間は10分、切れそうになったら重ねかけする! 怪我しても私が全部治す! だから───何も怖がらないで、突っ込んでいいわよ」


お前のターンは来ない。と言わんばかりの冒険者達の表情を見た海竜は、数秒前まで剥き出しだったキバをゆっくりとしまった。

海竜の表情は心なしか「冗談ッスよ~」と笑顔で言っているようにも見えた。ウンディー大陸から新たにシルキを目指すパーティは、噛み付き海竜との遭遇により潜水艦を失ったものの、リピナの補助&新武器の特種効果により水面を歩くという奇怪な移動手段でシルキ大陸へ確実に近付いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る