◇374 -金紅の剣杖-2



アイレインの馬車乗り場でFP───フェアリーパンプキンはバリアリバル行きの馬車へ乗り、リピナはひとりアルミナル行きの馬車を待っていた。

お互い目的の馬車を待っている最中に聞いた和國───シルキ大陸の話。もう噂にこそなっていてリピナも腐敗仏とやらの存在は知っている。が、和國へ出発した冒険者が和國へ到着した件は初耳で、大いに驚いた。何が本当で何が嘘なのかさえわからない和國───シルキ大陸だったが、到着したとなれば本当に存在する大陸なのだろう。この件を知れば冒険者達の冒険心は刺激され、何人何十人と和國入りを目指す者が現れるだろう。


「無駄に冒険者が入り込めば和國側も黙ってないだろうし、そもそも無事に上陸出来るルートもハッキリしてないし、上手に統括しなきゃ大変な事になるだろうな.....」


リピナはウンディーの女王【セツカ】の事を考えるも、眼を回す程忙しそうにする不器用な女王と、最早側近になっている後天性悪魔【ナナミ】の連発溜め息が見えてしまって、心配しなくても確り仕事しているだろう、と考えるのをやめた。


「......馬車まだかな」


時間を持て余す、という感覚に陥ったのは何年ぶりだろうか。リピナは癒ギルド【白金の橋】のマスターとして旗を勝手に受け継いでから、ひとり時間を持て余す事などなかった。治癒術、医術、治癒の勉強や医学の勉強、薬剤の勉強など、がむしゃらに、必死に、知識や経験を積んできた。それでも、まだ全然足りない。しかし最近は少しだけ息抜きする時間を作った。自分は知らず知らず張り詰めていたのだろう、息抜きの時間を少し作っただけで肩が軽く頭が澄む。次第に息抜きの時間が考える時間に変わった。やはり自分は頭の中を完全にオフにする事は出来ないタイプなのだと自覚した。しかしそれをリピナは損だとは思わない。人間という種族にとって時間は短すぎる。


「......はぁ」


なんて事を考えている時間は無駄というものだ。

リピナはひとつの溜め息で思考を一旦リセットした所で馬車が見えてきた。


「よし、行こう」


近くなる馬車は徐々に速度を下げ、ゆっくりと停止する。雨に濡れる馬の頭を軽く撫で、リピナは馬車へ乗り込む。


───また来るねルビー。


アイレインの門を窓から眺め、リピナは少し息を吐き出し、門付近にある今は誰も住んでいない家を眺めた。


───また顔出せなかった、ごめんねラピ姉。


雨具屋として観光客を楽しませていたリピナの姉ラピナ。彼女もルービッド同様、もうこの世界にはいない。


───今の私はラピ姉に顔を見せられるほど立派なヒーラーじゃない。でも、必ず立派なヒーラーになるから......その時まで待っててよね。



治癒術師であり、冒険者であり、医者でもあるリピナは雨の街アイレインに思い出を残し、アルミナルへ向かった。





独特な雰囲気と強烈な存在感を放つ鍛冶屋の前でリピナは入るに入れない状況にいた。

アイレインから馬車に乗り数十分でアルミナルへ到着し、すぐにマスタースミスが看板を立てている鍛冶屋へ向かった。しかし窓から漏れる声がリピナを気まずくさせる。


「これは杖でもあり剣でもあるから、最低限の剣術なら無理なく使えるでしょ」


「いやいやいや、ビビは甘いって! 剣術を覚えたらヒーラーでもモンスターにブチ込みたい衝動に襲われるでしょ!」


「多分もう既に剣術覚えてると思うよ。杖だから使ってなかっただけでしょ」


「それを言ってんの! 剣なんて持ったら取り合えず剣術使うでしょ?」


「剣じゃなくて剣杖ね。近付いてきたら剣術で牽制して、遠くにいるなら魔術。杖のタイプはバフやヒールに特化したタイプだけど、全然やれるよ」


「だぁー! もう! ヒーラーってのは回復するだけでも相当神経削れるのにガチ戦闘までさせるつもり!? これは絶対やめた方いいって!」


「それはビビやララが決める事じゃなく、使う人が決める事っしょ? ───早く入って来なよリピナ」


───バレてた。


リピナは店内から聞こえるビビとララの言い合い───と言ってもビビは受け流し体勢だが───を聞き、入るに入れない状況だったが、ビビはリピナが店の前に居る事を知っていた。

職人クラスが自分達の生産品について熱く語るのはよくある事なので、気にせず店に入ればいいのだが、会話の内容にあがった “剣杖” がリピナのオーダー品となれば話は別だ。しかし店の前に居る事も見抜かれており、招かれたとなれば入らないワケにもいかない。普段の2倍ほど重く感じる扉を押し、リピナはビビの店へ。


「こまんたれぶー、オーダー品できてるよ」


独特な挨拶と共にビビは奥の工房からオーダー品、噂の剣杖を持ってくる。白金色の十字架杖はリピナの想像を越える美しさと、差し色の紅玉色が美しさの中に勇敢さをプラスする。


「うわぁ......凄く綺麗な杖」


眼を奪われる、という言葉通りリピナは十字架の杖から眼を離せないほど見惚れていた。


「でしょ、配色はララが担当したからお礼いいなね」


リピナはララにお礼を言っていると、カウンターテーブルの上に十字架の剣杖が置かれる。想像もしていなかった重量感のある音にリピナは驚き顔を浮かべ、ララは顔を手をおき「あちゃー」と呆れ声を。


「これって、そんなに重いの?」


大剣、とまではいかないものの長剣ほどの重さがあるのでは? と思わされる重量感たっぷりな音にリピナは焦りの色を隠せない。治癒術師ヒーラーは基本的にSTR───筋力を増加させない。中にはインファイターめいた筋肉の着込む治癒術師も存在するが、治癒術師の立ち位置や役割的に筋力アップのトレーニングに励む時間をINT───知力アップに使った方が大きな恩恵を得られる。治癒術も医術も知識量で結果は大きく変わる。治癒術師の8割.....いや、9割は筋力など求めも考えもしない。もちろんリピナも。


インテリジェント溢れる脳はインテリジェンスな肉体に宿る。と、意味不明な事を謳う治癒術師も存在するほど、治癒術師にとって筋力は遠いものなのだが、新武器の重量感満載な着地音にリピナは過酷極まる地獄の筋力トレーニングを想像してしまった───のだが、


「───え? 凄く軽いよ?」


テーブルから金紅の十字剣杖を掴み勢いつけて持ち上げ、その抵抗の無さにリピナは数歩下がった。重量感たっぷりな音からは想像出来ない軽さ───以前使っていた杖など比べ物にならない程の軽さを持つ新武器。それに、妙に手に馴染む。


「実は力持ち?」


賢力かしこちから?」


ララ、ビビの順で声を発し、2人は片手で新武器を持つリピナをまじまじと見る。隠れ筋力は見当たらない───そもそもそんなものはない。何らかのバフで筋力増加、または物質軽量化でもしているのか? と思ったが、魔力は無い。


「完成した瞬間に重くなったんよね、その武器」


「そうそう。着色も終えて最終確認を済ませた瞬間ずっしりと」


「なにそれ? そんな事あるの?」


「あるある───と言いたいけど、ここまでハッキリした完成後の変化はビビも初。まぁ使う本人が軽いと感じるなら問題なしだね。さて、そんじゃこっちが知る限りの武器の性能を話すよ」



不思議な現象をビビはあっさりと流し、武器の性能についての話を始めた。完成後に重さが増し、所有者はその重さを感じない。こんな事が起こった後だからこそ、ビビは「こっちが知る限りの~」という言い回しを使ったのだろう。


数十分の武器トークの後、リピナは料金を支払い、新武器───固有名【金紅の剣杖-ラピナスルビー】を装備し、アルミナルからバリアリバルへと旅立った。



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