◇373 -金紅の剣杖-1



優しくもどこか寂しく傘を叩く雨音。紫陽花の葉で一休みするカエルはクローククロークと頬を膨らませる。太陽が出ているにも関わらず降り続く雨はこの街の名物。

ウンディー大陸 雨の街【アイレイン】で真っ赤な花束を大切そうに抱き、歩く女性。傘も赤色と目立つ印象だが、この街では珍しくない。色とりどりの傘が交差するように流れるアイレイン。一時はどうなるかと思ったが冒険者や職人の手によって復興は完了し、今では以前よりも観光客が増えている。その理由が増えた雨楽器。雨粒に反応して音楽を奏でる特別製の楽器で、今までは単音だった音色も何奏にも流れ街を彩る。


女性は迷う事なく街を進み、教会の更に奥へ進むと色気のない道が現れる。その道を辿るように進めば、灰色の十字架が並ぶ墓地に到着。女性はコツコツと石畳を進み、色とりどりの花が飾られている十字架の前で停止し、腰を下ろし持っていた花束───ルビーローズを添える。


何分、何十分経過しただろうか。女性は花を添えてからそのまま沈黙を続けていた。すると複数の足音がパシャリパシャリ近付く。


「........おかしな街よね。墓地を街中に作るなんて」


女性は背後で停止した足音の主達へ言い、ゆっくり立ち上がる。赤い傘をくるりと回し振り向いたのは冒険者の【リピナ】、首から下げていた赤い眼鏡をつまみ、そっとかける。


「墓地は墓地であるもんね。でもいいんじゃないかな? それだけこの街が好きで、街の人達も亡くなった人達が好きだからこそ成立する事だとボクは思うな」


ボクという一人称が妙に合う、銀色の毛に狐耳のような感覚器官、九本の尾を持つ魅狐【プンプン】が空から降り注ぐ雨を見上げ言った。


「リピナ。これも添えてちょうだい」


綺麗なローズクォーツ色の髪を持つ美しい隻眼の女性、半妖精の【ひぃたろ】は桃色、金色、銀色、そして水色の花で造られた花束をリピナへ渡した。


「色や形だけで選んだ花束なんだけど、大丈夫かな?」


子犬を抱いた金髪の女性【ワタポ】が苦笑いを浮かべ言うと、リピナは「大丈夫、きっと喜ぶよ」と言い花束を優しく添える。

リピナが訪れた墓は親友【ルービッド】のもの。アイレイン出身で共に冒険者を目指し、共に冒険者となり、今は別々となってしまった大切な親友の墓。


「その花.....ルビースターね?」


半妖精が添えられている花の中でも一際存在感を放つ赤い花を見て言うと、リピナは頷く。


「私が添えた花、ルビースター。色と名前で選んだ花だけど、大丈夫よね?」


「ええ、きっと喜ぶわよ」


先ほどリピナが言った台詞を言う半妖精に、リピナはクスリと笑った。


「ルビースターの花言葉は、固い友情。貴女達にピッタリじゃない」


「───そうね。ありがとう」


リピナはもう一度腰を下ろし、ルービッドの十字架と目線を合わせる。


───ルビー。私は私に出来る事を全力でやる。だから、見守っていてね。


眠る親友へ語りかけるように微笑み、リピナは立ち上がった。


「聞いたよ? お宅の迷惑魔女がとんでもない所へ行ってるみたいじゃん? 面倒事が膨れ上がる前に戻った方よくない?」


いつもの調子───どこか軽い言葉使いの調子に戻ったリピナはフォンから女性らしいポーチを取り出し、手鏡やらコスメやらの課金アイテムをフル活用し、いつものキラキラメイクを素早い速度で施す。傘をさしたままの体勢にも関わらず僅か数十秒で完全体リピナが完成する。


「すっご.....激オコのボクより速いんじゃない?」


「ワタシの高性能義手よりも精密な動きしてたよ.....」


「クゥ......」


「女帝眼を使っても数えきれるかわからない指の動きだったわね」


「.....ちょっと、反応に困る自虐風なネタを使うのはやめてくんない?」


パタン、と手鏡を閉じコスメポーチをフォンへ収納したリピナはもう一度親友の墓を見て小さく頷き、街の方へ進む。ひぃたろ、プンプン、ワタポ、クゥのギルド【フェアリーパンプキン】もリピナと共に墓地をあとにする。


「てか、迷惑魔女はウチのじゃないわよ」


「そうなの? いつも一緒にいるし、てっきりFPメンかと思ったわ」


雨音にかぶせる足音のリズムが小気味良く、親友の墓を前に湿気っていた気持ちも今はもう無い。いつまでも湿気っていたらそれこそ親友にどやされるものだ、と思いつつもここ最近ひとりではどうにも出来なかった感情の波。しかし不思議な事にそこへ他人の波長が入る事でこうも変化するのが人の感情というものなのだ。半妖精、魅狐、人間、フェンリル。とてもまともとは言えない構成のギルドだが、今や多種族が集まり繁栄するウンディー大陸では種族枠など気にする必要もない小さな事。


「一緒にいるのとギルドメンバーとじゃ全く別物よ。それでなくてもウチには......だし、馬鹿魔女エミリオをキッチリ管理出来るギルドがあるなら知りたいものね」


呆れるような、それでいて大切なモノを見るような視線をひぃたろは後ろへ流した。そこには魅狐と人間、そして小さな狼が。


「あー、確かにそれでなくても~だね」


落ち着いているように見える人間ワタポは、落ち着いている ではなく 抜けている という言葉が妙に合う。元気良く子犬モードのフェンリルと遊ぶ常時九尾状態の銀魅狐は、ああ見えて怒ると雷撃のように一直線な行動をとる。そして子犬フェンリルは何を隠そう最高ランクSSを持つモンスターだ。こんな所に無茶苦茶でじゃじゃ馬な魔女が加わる事を想像しただけでもリピナは胃に穴が空きそうになる。同じギルドマスターであるリピナとひぃたろは、メンバー数や活動こそ違えどギルドの旗を振る者としての辛さや大変さを共有出来る。しかしリピナから見れば、ひぃたろも同類だ。


詳しい理由や心情はわからないが、同族を喰らい半女帝となっている半妖精。眼帯に隠した異形な瞳も、まともな者なら一生手にする事さえない代物。それに、昔バリアリバルで持ちきりだったフェアリーパンプキンの噂はそれはもう凄かった。中でもゴブリンをひとりで惨殺した【鮮血の姫】や、多種収集家の屋敷を跡形もなく滅塵した【金色の滅雷】など、誰が名付けた件名なのかは不明だが、小さく無名だったフェアリーパンプキンの名が派手に広まった事件は無名ギルドの度を越えているものばかり。

一時期はギルド名の総数が100も200もいるだの、マスターは屈強な大男だの、ウンディー大陸を支配しようとしているだの、それはもう穏やかではない噂ばかりだった。


「私に対して何か言いたそうな顔ね。リピナ」


「え? いやいや別に何も───メッセだ。誰だろ」


じっとりとした視線を飛ばすひぃたろをどう回避すべきか、と考えていたリピナのフォンがメッセージを受信した。相手はマスタースミスのビビで、内容は「出来た。取りに来て」という簡潔どころか連絡が面倒だったようにも思える短いものだった。


「私バリアリバル戻る前にアルミナル寄っていくから、FP勢は先戻っててよ」


「アルミナル? リピナも武具の新調したの?」


「え!? リピナも新装備!? いいなー、ボク達のも早く完成するといいな」


「ワタシも早く欲しいなぁ......あれ? でもプンちゃ武器はオーダーしてないよね?」


「素材もベースも無いからね.....ひぃちゃん剣2本持ってるんだし、1本ボクに貸してよ~! ワタポの爆発剣は雷と相性悪くて借りられないんだよぉ~!」


「ちょ、プンちゃん引っ付かないでよ! 少しビリっとしたじゃない! それに妖精の剣も “あの剣” も貸せないって何度も───プンちゃんビリっとするってば!」


ベッタリと引っ付き抱きつく魅狐と顔を真っ赤にして慌てる半妖精を見て、人間ふたりは「仲が良い事で」と呟き、平和に笑った。




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