◇372 -腐敗した女帝-10



水の代わりに生命マナや妖力を吸い、成長する花、命彼岸。

花自体に毒性は無く、本来の彼岸花よりも濃い赤色の花弁を持つ。毒性があるのは種。命彼岸が吸った生命や妖力の質が悪いと、毒性が強くなる。と言っても命に関わるモノではなかった───。


「......ここで出会ったのも何かの縁だ。痛みなく終わらせてやるからな」


俺─── 螺梳ラスは妖怪。人間よりも長く生きる種族で、長く生きれば出会いと別れを繰り返す事になる。600年近く生きてきた中で最も悲惨な別れは2つある。ひとつは夜楼華が絡んだ別れ。もうひとつは命彼岸が絡んだ別れだ。命彼岸の種を何者かが細かく分析し、腐敗仏はいぶつを産み出す力を持つ事を知り、それを何を思ったのか “観音” へ教えた。それから始まった───観音の命彼岸独占と腐敗仏量産が。

腐敗仏は人間の男性を素材に作られる化物。失敗作だと観音は言っていたが、失敗だろうと成功だろうと、人間にとっても妖怪にとってもそれは化物以外の何者でもない。


「螺梳! コイツは未完成だが女帝種、ソロで挑むのは自殺行為だ!」


ウンディー大陸の人間ジュジュが俺を心配してか、声をあげる。女帝種というものが一体なんの事なのかはわからないが、腐敗仏である以上───


「───俺は大丈夫だ」


確実に勝てる。





一歩踏み込んだ螺梳に対し、テラはニヤつく表情のまま螺梳の方へ身体を向ける。冒険者達には見えないが、今ターゲットは冒険者から螺梳へと移り、領域も若干ズレる。このまま螺梳がテラを引き付け冒険者から引き離す事が出来れば、テラを中心に展開されている領域からも除外される。そうなればテラの姿は自然と見えてくる───のだが、螺梳はテラへ向かってまた一歩足を進めた。

恐らくテラの領域は侵入こそ簡単だが脱出は領域そのものがズレ動くか消えなければ出る事を許されない、腐敗仏が持つ領域によくある拘束タイプ。領域から出るには領域そのものを自分の外へ移動させる───つまり能力主を力技でもいいので自分から引き離すか、領域を消すしかない。


そこまでわかっていても、領域の境界線が極薄なのでどこからがテラの領域なのか螺梳の位置からは既に判断出来ない。

それでも螺梳は足を止める事なく一歩一歩ゆっくり進み、ついにテラの領域に踏み込んだ。

テラは奥歯を噛むような笑みを浮かべ、煙るように姿を消した。その事から螺梳は、自分が既にテラの領域に足を踏み入れた事を理解。螺梳の視線が一瞬浮いた事でジュジュ達もテラがハイディングした事を知る。


「んニャニャ! 大妖怪もハイドの餌食にぃニャったら誰がアイツ倒すニャ!?」


酔い猫リナが顔見知りの螺梳へ言うと、螺梳は両眼を閉じ立ち止まる。この状況で視界を捨て聴覚に頼るつもりなのか、それとも諦めたのか.....見るも聞くもテラに通用しない事を知っている冒険者達は防御体勢を弱め攻撃体勢に入ろうとする。


「動くと危ない、武器も構えずそのまま居てくれ」


両眼を閉じたままの螺梳は気配で冒険者達の動きを感知したのか、動かないでくれと言う。どこから手を伸ばしてくるのか全くわからない相手を前にただ立っていろと言われたようなもの。螺梳が一体何をしているのか、対策手段を持ち合わせているのか、何もかも不明な状態だが、冒険者達は武器を下ろした。


「オレ達は螺梳さんに任せて、螺梳さんは引き受けてくれた。だから、どうなろうと任せて待つべきだな」


トライバルのような模様が肌に残る狼耳の冒険者カイトは鼓動するように発光する大剣を地面へ突き刺した。すると猫人族の大剣使い るー も武骨な大剣を同じように突き刺し「その通りニャ」と呟いた。他の者も武器を納め、テラに受けた致命傷まではいかないものの大きなダメージの応急処置を始める中でキノコ帽子のししは揺れる痛撃ポーションを睨み続け、そして、


「───わかった」


と呟く。その声にテラも停止しキノコ帽子へ視線を向ける。


「わかったよ、秘密が! 相手は魔女じゃないから魔術の魔力まで隠せない、でも魔力は感じない。そうなるとこれは隠蔽か能力の領域どっちかになる。そして多分.....これは領域で、“領域内の人に自分の存在を認識させない” みたいな効果」


領域という点は妖怪達も見抜いており、冒険者達もその可能性を持っていた。しかし領域の効果まではわからなかった。姿を眩ませる=ハイディングという固定観念が邪魔をしたため領域能力は隠蔽系ではなく別の、攻撃的な何かだと思い込んでしまっていた。

ゆりぽよ が持つ音で相手の行動や距離などを測る能力があってもリビール出来なかった事や、攻撃時もハイディングが解けない事、地面に溢れているポーションには行動で発生した振動や風などが面白いように現れている事。キノコ帽子に隠れている小人達も姿や行動音などを拾えていなかった.....生きている者に対してのみ発動する領域ではないか? とししは予想し、発言した結果、テラは眉を寄せた。もちろんテラの表情を冒険者や螺梳は見る事が出来ないが、


「あの顔、どうやら正解らしいね」


領域外から見ていた八重モモはテラの表情からししの予想が正解した事を告げた。


「ヒェ.....領域にさえ入れちゃえばほぼ勝てる能力、怖いね」


「領域効果はわかりましたが、対応策はまだ未発見ですよね?」


テラの領域───能力はテラ自身と相性が非常に良く、ハマれば無敵と言われる領域の特性を最大限に発揮出来る。領域の効果を知った所で対応策も無く、領域を消した所でテラは脅威的な隠蔽技術を披露するだろう。腐敗仏を喰い女帝となったテラは恐らく隠蔽技術も大幅に強化、覚醒しているだろう。


確定的な能力情報を得たとしても対策がない今、このまま戦闘を続けるのは不利。なのだが、螺梳は澄んだ水のように落ち着いた雰囲気を纏い続け、穏やかな声で言う。


「花弁と雪である程度の位置を出せるか?」


花弁は八重モモ、雪はスノウに対しての言葉。領域外から領域内を見ている2人にはテラの姿がハッキリ見えている。ヒットするしないは別として、狙い撃つ事は可能。螺梳はテラの領域効果の対象となっているので姿はおろか気配さえ掴めない。


「出来るけど、本当に必要なのかい? 螺梳さんなら必要ないと思うけれど」


八重モモはどこか悪戯な笑みを浮かべ返事をすると、螺梳は少し困った表情で微笑んだ。


「ハハ、意地悪だったかな? ───私が最初に花弁を散らす。アレは花弁を回避すると思うから、回避で発生する風の動き、花弁の泳ぎで先読みして雪を」


「わかった、ラスカルに近づけるように、だね?」


「そうだね。そのあとは螺梳さんが終わらせてくれる」


妖華と雪女は軽い打ち合わせを終え、すぐに行動した。一瞬で妖力を吹き荒れさせ花弁が領域内を舞う。一枚一枚が刃のように鋭い花弁はテラを的に空気を斬り進む。予想通りテラは回避行動をとり、花弁が上手い事回避方向を制限していた。すぐさま雪がテラの視界を潰すように発生し、冷たい感覚にテラは表情を苦くし、雪が発生していない場所へ滑り込むように回避。


「ここか?」


と言う螺梳の声が聞こえた時には、テラの視界は逆さまになり、そのままクルクルと回り迫る地面へ落下した。


「───何を......何が、起こったんスか?」


テラは自分に何が起こったのかさえ理解出来ず、地面に頬をつける形で呟くと、領域がシャボン玉のように上から音も無く割れ消える。


「んニィ!? 首が転がってるニャ!」


「わっ! 本当だっ!」


「身体はあそこでクタビレダケみたいになってる! こえい!」


ゆりぽよ、だっぷー、しし、の3名がテラの状態を言葉にした。身体は力なくその場に座り込み、離れた位置には首。冒険者全員がその状態を確認すると、斬り口からドプッと重い血液が溢れ出る。


「終わったぞ、ジュジュ」


「あ、あぁ、何をしたんだ?」


キンッ、と音を鳴らし剣を鞘へ流した螺梳はジュジュの言葉へ短く「斬った」と言いテラへ近付く。


「死ぬ前に教えてくれ。君は腐敗仏を喰ったのか?」


「死ぬ? 私が死ぬんスか?」


「あぁ。君はもう死ぬ」


「ハハハ......せっかく強い力をゲットしたって言うのに、残念ッス」


死ぬとわかって尚笑うテラに、螺梳もスノウも千秋も、冒険者達も不気味さを感じた。


「腐敗仏ってのが何なのか知らないッスけど、キモいヤツに襲われて、噛み付く事しか出来なかったんで噛み千切ってやったんスよ。それからは夢中で噛み殺して───意識がハッキリした時はこの身体になってたッスね」


「そうか」


「そうッス。あー.......そこの冒険者さん達。私はレッドキャップなんスよ。私の他にもレッドキャップがあと2人いるんで、もし出会ったら私が死んだ事を伝えておいてくれると嬉しいッス。短い間でしたが、私を見つけて私を求めてくれた人達なんで、死んだ事くらい確り伝えたいなーって感じッス」


笑っていたテラの瞳が潤んだ。

犯罪者だろうと、死ぬのが怖い者もいて、それは生きている者なら当たり前の事。例えレッドキャップとはいえ、やはり死を前にすれば後悔のひとつくらい湧くのだろう。


「わかった。伝える」


「よろしくッス。マルチェのリーダーさん」


ジュジュの事を知っていたテラは笑い、リソースマナを放出し、灰のように煙り消滅。何とも言えない感情を残し、犯罪者───レッドキャップのテラは死亡した。



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