◇369 -腐敗した女帝-7



隠蔽───ハイディングは本来戦闘向きではなく、逆。非戦闘時にこそ効力を発揮する技術や魔術。しかし今その隠蔽が脅威的な武器となり、冒険者達を容赦なく襲っていた。


「くっそ! わき腹とられたニャ!」


右腕で無骨な大剣を担ぎ、左手で右腹部を強く押さえる猫人族ケットシーの るー はハッキリとした声で、わき腹をとられた、という少々不思議な表現をクチにした。しかしその表現は間違いではなかった。るーの左腹部は肉が千切りとられたようにごっそりと抉れ、夥しい血液が流れ落ちていた。

るーだけではない。他の者も痛々しい傷を負い、表情に余裕が無くなっていた。


斬り傷や打撃傷ではなく、千切りとられたような酷い傷痕はテラの下半身───昆虫のような脚の尖端にあるプライヤーめいた指で千切られた傷。


「猫人族の弓使いさん。リビール得意そうッスけど、調子悪いんスか?」


声の後でぼんやりと姿を現す異形なテラはプライヤー指をカチカチと鳴らし、ゆりぽよ を挑発する。


「調子悪いニャ.....本調子にゃらそのレベル、まばたき中でもリビールできるニャ」


精一杯の返事も、痛みに堪えた表情では強がりにもならない。二の腕部分を抉りとられたピンク毛の猫人族 ゆりぽよは弓を引く事も出来ない。


「どうッスか? Lv2スニークアタック」


カチカチとプライヤー指を鳴らして楽しげに言う女帝テラへ、今度はゆりぽよではなくキューレが声を飛ばす。


「Lv2って、ただハイドして攻撃しとるだけじゃろが」


「違うッスよぉー、情報屋なのに知らないんスかぁ? Lv1は一瞬だけハイレート、Lv2はハイレートだけど走れないんスよ? ちなみにLv3は今まで全然できなかったんスよねぇー。でも───」


女帝種の瞳がギラリと嫌な色で光った瞬間、キューレは背中から突き抜ける痛みに息が止まる。


「この身体になってゲットした能力ディアってヤツがLv3を実現させてくれたんスよ。どうッスか? Lv3スニークアタックは」


耳元で囁く声だが、キューレの眼には未だ数メートル先に立つテラが見える。キューレだけではない、他の者も立ち止まっているテラに視線を向け、キューレが背中から肺までを貫かれた事にさえ気付いていない。


「次は誰がいいッスかね? それとも、心臓の方に穴ほしいッスか?」


声を出す以前に呼吸さえまともに出来ない状態のキューレは必死に手を動かし、自分の身体に触れる。この動きを反撃だと予想したテラは無造作に腕を引き抜き、再びハイディングした。ボタボタと重く溢れ出る血液の音が全員に伝わり、キューレが攻撃を受けて致命傷を負った事を今になって知った。焦りキューレを呼ぶ者達の声も遠く聞こえる中で、キューレは痛撃ポーションの栓を抜き地面へ落とす。コポコポと溢れる液体を着地点に選び、変化系の枠にギリギリ分類されている、触れた対象のサイズを変える能力【ラビットハンド】を自身へと使った。


雨の女帝戦で能力のランクが上がったキューレは以前よりも素早くサイズ変更が可能となり、1秒と経たないうちに全長1cmという小ささになり、痛撃ポーションのプールへ身を潜らせたる。


キューレの能力は収縮した場合、力や速度、アイテム効果などにも相応の変化が起こる。痛撃ポーションは収縮されていないため、本来の効果となっていて、そこへ本来のサイズとは比べ物にならない小ささのキューレがダイブ。賭けだったが、どうやらキューレの狙い通り、ポーションの効果は通常だが受ける側が小さいのでポーションの廻りや効果発生までのタイムラグが極端に減少していた。


「キューレはここでリタイアだ。そのままどこかに隠れてろ」


ジュジュはそう発言しつつ自身が持つ最大の看破技術に神経を張り巡らせるも、やはりテラは掴めない。元々の看破率が高く、音を誰よりも細かく拾う事の出来るゆりぽよさえ、テラの足音さえ拾えずにいた。


周囲を警戒しつつ全力で看破を張っている中、ししは痛撃ポーションのプールへ手を伸ばした。その時、痛撃ポーションの水面が揺れる。

足音が少しでも響いているなら、ゆりぽよが拾う。行動で空気が揺れているなら、それもゆりぽよの能力なら拾える。しかし地獄耳の猫人族は反応していない。


「.......」


メンバーも看破率が低いワケではない。しし自身も看破が得意というワケではないが、雨の女帝等と対峙した冒険者は並みの冒険者よりは高い看破率を持っている。水面が揺れるほどの風または振動に気付かないワケがない。


「全然出て来ないな.....」


「だニャ。カイト怪我は大丈夫ニャ?」


集中力が低下し始めた大剣使いのカイトとるーはお互いのダメージを確認するように会話する。警戒中にこのような気の抜けた会話をするなど、相手にとって攻めるチャンスでしかないが、テラは今この状況を楽しみつつ、自分のスペックを把握すべく戦闘をしている。

油断と余裕が戦闘時間を長引かせている事に、テラは気付いていない。そしてこの長引いた時間がテラにとって悪い方向へと進んでいた。


───ちょっとダケ、モンスターはみんなに任せよう。


ししはキノコ帽子へ手を置くようにし、水面の波紋が何だったのかを考え始めた。





シルキ大陸───和國で様々な事が起こっている中、ウンディー大陸の港街【ウンディー ポート】でメッセージを受信した二隻の小型潜水艦。その一隻で潜水艦を解体バラしては修理もどし、構造の確認をしていた鍛冶屋ビビは受信したメッセージに気付く。


「お? メッセきたよ」


耳に小型の通話アイテムを装備していたビビは、通話しつつ技能族テクニカから貰った潜水艦のデータを取っていたらしい。手を使わず通話状態を保てる便利機能、便利アイテムは大型レイドなど大規模なパーティ用に作られたモノだが、最近は全体の連繋が重要になる戦闘ばかり、モンスターの攻撃などで簡単に壊れてしまう、という点で冒険者用アイテムではなく、日常品となったイヤフォンマイク。便利ではあるが必要度は低いアイテムとなってしまったが、ビビなどの職人クラスは今でも使うアイテム。


『よかった、ジュジュ達は無事シルキへ到着したのですね』


通話相手はウンディー大陸の女王であり、ノムーの姫でもある【セツカ】だった。


「フォンは使えるけどシルキ外には送受信できないっぽいね。一応ルートマップも届いてるから小型でも迷わず行けるよ。大型チームは潜水艦を隠して腐敗仏探しに行くってさ」


『わかりました。やはりこちらもシルキへ向かうべきですね.....いくら潜水艦での連絡が可能とはいえ、常時潜水艦に乗っているワケにもいきませんし』


「相手が腐敗仏だけとは限らないし、和國のデータは何もない。行動は早い方がいいとビビは思うけど、FPの3人を送るなら最後の潜水艦でよろ」


『FP......とは?』


「フェアリーパンプキン。あそこの3人には鍛冶屋しごとの件で話があるんだ。デザイン考案出来る人がいればなー」


『鍛冶屋のお仕事ですか。わかりました。デザインならララが出来るではないですか?』


「エミリオの武具でララは引き出し使いきったとか言って、今は溶けてるんだ。ビビもララも生産側だから、ここにデザイン力が高い人でもいればまだまだ広がるんだけどね」


『そうですか......確かにビビは武具性能が優先でララは配色や着色という感じしますね』


「でしょ? 性能はビビが、色はララが、デザインを誰かが~ってなれば個人としてではなく、それこそギルドみたいに団体組んで仕事出来るようになるしさ。そうなると客の奪い合いってのも無くなるしさ」



装備品を生産、強化、洗練、加工など全てをこなす鍛冶屋は少ない。生産のみ、強化のみ、洗練のみ、マテリア関係のみ、などもひと括りに【鍛冶屋】となるので、ビビやララのように全てこなす鍛冶屋を探す方が大変。

客の奪い合い というワードは言ってしまえばビビとララの間だけの話。この2人を求めている客は性能と見た目の両方を求めていて、値段や要求素材は二の次三の次という者ばかり。扱いが難しい素材になれば自然とこの2人を頼る事にもなり、そういった素材を入手するにはそれなりの実力を持つ者となる。

つまり、ビビとララ以外の鍛冶屋を利用する冒険者達はそのレベル帯の冒険者であり、品質も値段もそのレベル帯にあったモノなので、冒険者が存在する限り鍛冶屋は廃業する事がない。そして冒険者はここ近年増えているので今まで店を持つ事を躊躇していた鍛冶職人も今では顧客を抱える立派な職人として生活出来る世の中になっている。


ビビが抱える客は言わば上級冒険者で、騎士などもビビを求めて店に訪れるレベル。それに加えて高性能義手や最近は高性能車椅子も考えているので、同じ技術力を持つ者を集めてひとつの団体を組みたいと思うのは自然な事なのかもしれない。



「よし、だいたいデータはとったしビビも一旦アルミナルに戻るよ。冒険者業より本業の方がやぱ大事だし、リピナの依頼もそろそろ最終調整だし」


『わかりました。データの方はナナミに送っておいてください』


「りょ。女王様も武具新調する時は声かけてね~、ロイヤルな値段で作ってあげるから」


『ロイヤル........考えておきます』



ビビは潜水艦から出て、大きく伸びをしてアルミナル行きの馬車時間を確認した。




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