◇370 -腐敗した女帝-8



キノコ帽子の獅人族リオン【しし】は冒険者登録こそしているが、これといった活動はしていない。冒険者ランクもいくつなのか知らず、先日ユニオンでの定期更新を流してしまったので今は冒険者ランクが無い状態。店などがあり忙しくて更新出来なかったとユニオンへ伝えれば、もしかすると更新してもらえるかも知れないが、忙しい中でもキッチリと更新しにくる冒険者達が存在している以上は可能性は薄い。


「.......水面がゆらゆら」


木の影に生えるキノコのように、メンバーの影でしゃがんだ状態のままキューレがぶち撒けた痛撃ポーションに映る自分とにらめっこしているキノコ帽子。ししにとって自分が冒険者でなければならない理由は今となっては無い。和國ここへ来る前にユニオンへ行く時間は充分あったが「再度冒険者登録をしよう!」など考えもしなかった。今ししが考えている事はひとつ、テラの隠蔽の正体だ。


未だ姿を見せないテラ、警戒状態のまま停止している冒険者達。沈黙のまま時間が流れていた時、ししの耳元で声が飛び交う。


「また揺れてる!」


「でも足音聞こえないよ?」


「風もそんなに無いし.....まさか、いやでも、え、え、え、オバケ? え? 嘘、オバケ?」


「考えもわからないや。さっきの人の手当て手伝ってくる!」


ししのキノコ帽子に隠れていたのは小人族ピコ───ではなく人間。ししが冒険者登録をした理由のひとつがギルドの設立。自分がギルドマスターとなる事がどうしても必要だったため、冒険者登録を済ませギルドを設立した。そのメンバーが今ししの帽子内に隠れている小人族のように小さな人間。冒険者登録の更新と同様にギルドも更新も必要だが、自分の更新はそっちのけだったししもギルド【ミックス マッシュルームズ】の更新はキッチリ済ませていた。ししにとってはギルドが、小人達の拠り所が、自分の冒険者情報よりも大切なモノ。


───姿も見えないし足音も聞こえない。でも絶対に近くに居る.....どういう事だろ?


ししはキノコ帽子をぱふぱふと指で叩き考える。冒険者というよりは生産側に近いししは戦闘での戦略や戦術を考えるのが苦手だった。言ってしまえば戦闘そのものも好きではない。求めている素材があり、それを入手するにはモンスターを討伐しなければならない、という状況にならなければ戦闘はしたくないし必要ないのに戦う意味がわからないと日頃から思うタイプ。

そんなししが今、戦闘から逃げずにこの場で苦手な思考を回転させている理由は、1秒でも早くこの戦闘を終わらせるため。


───絶対に近くにさっきの危ねいやつは居る。居るのに見えない.....本当にオバケかな?


フワフワした思考の中でししが耳を澄ませると、ここへ向かってくる足音が。


「ん!? あっちとこっちからノコノコ誰か来るよ!」


ししはあっち、と言い自分達が進んでいた方向を指さし、こっち、と言い上空を指さした。





───神経を逆撫でするようなこの気配は腐敗仏のもので間違いない。だが、この胸焼けするような気配は何だ?



夢幻竹林を戻るように走る大妖怪、滑瓢ぬらりひょんの【螺梳ラス】は細い眼を一層鋭くし、腰に吊るしてある剣の鞘を掴む。

ウンディー大陸で失ったカタナの替わりに購入した量産品の剣。頼り無さはあるものの、武器無しよりは幾分マシ。


「この剣がどこまで耐えられるか......だな」


和國産の武器、カタナは緩く反った片刃の刀身を持ち、無駄な着飾りを持たない武器。全く使えない者がカタナを持った所で欠け折ってしまうが、カタナを扱える者が使えば最上級の切れ味と強度をもつ武器に昇華する。その切れ味や強度、繊細でありながらも強力な性能に合わせた剣術をシルキの者達は使用する。螺梳が不安に思っているのは剣の強度だけではなく、そういった強力な剣術───妖剣術───を使わざるを得ない相手に遭遇した時、どう対応すべきかの不安が大きい。

逃げるのは容易い。しかし、そういった存在から逃げる事は、別の誰かを危険な目に会わせる確率を上げてしまうという事になる。


「ま、考えていてもしゃーないか」


螺梳は速度を上げ木に駆け登り、忍者のように木を飛び渡り進んだ。





巨大な怪鳥の背から地上───夢幻竹林を見渡す妖怪と人間。

その位置がハッキリ掴めなくなるほど、嫌な気配は竹林道に濃く充満する。スノウ、モモ、千秋は手分けするように竹林道へ視線を走らせ、ついに気配の主を捉えた。


「へぇ..... “アレ” がこの気配の正体みたいだね」


黒楼華───ヤエ状態のモモは妖艶な視線に妙に光らせ、異形な存在を指さす。


「ヒェ.....腐敗仏!?」


「に、しては......原型がありすぎせんか?」


スノウ、千秋が異形───腐敗仏を喰い殺し女帝化したテラを見て感想をクチにする。スノウが言ったように、一見テラは腐敗仏と言える雰囲気を纏っているが、千秋が言うように腐敗仏にしては原型───人間が残りすぎている姿をしていた。


「表面は腐敗仏の雰囲気それとソックリだけど、中身は全然違うよ。アレは.......空亡そらなきに凄く似てるね」


空亡そらなきという名が黒楼華モモのクチから溢れた瞬間、スノウと千秋は女帝化したテラへ見開いた視線を向けた。


「空亡って、空想上の大妖怪じゃ?」


「私もそう聞いてますが......」


「うんうん。そう教えられるから、そう覚えているという事はしっかり勉強していたという証拠だね。アレは空亡に凄く似てるけれど、空亡とは全くの別物だから安心して。あそこで戦ってる人達なら正体くらいなら知っているかもしれないけど......妙だね」


周囲を警戒する冒険者達へ眼を向ける3名は、冒険者達の視点に違和感を。明らかに戦闘しているが、どうも視点......視野にばらつきがある。一目で危険だと理解出来る相手を前に、まるで見えていないような視線の動き。その原因をスノウ、千秋、黒モモはすぐに見破る。


「───領域!? ヒェ.....範囲が全然わかんないなんて、凄い使い手だ」


「外から眼を凝らして見ても、ハッキリ見えない領域ですね......」


「領域効果がわからない以上は無闇に侵入するのは自殺行為。あの人達には悪いけど見守るしかないね」


腐敗仏を喰い殺し女帝化したテラが得た能力は領域系。腐敗仏は高確率で領域能力を得るため、それらを共喰いしたテラも領域を得た。

冒険者達は未だ能力なのか魔術なのか技術なのかさえ見抜けていない中で、ひとりの妖怪が到着する。


「うお!? 何だアイツ......」


螺梳はテラが展開する領域が見えているのか見えていないのか、木から豪快に飛び降りたかと思えばギリギリの距離で停止し、螺梳の瞳は異形なテラの姿をハッキリ捉えていた。



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