◇368 -腐敗した女帝-6



和國産の軽装に身を包み、腰にはウンディー大陸産の剣を吊るす妖怪【螺梳ラス】は生温い嫌な風に足を止めた。和國───シルキ大陸は他大陸と比べ風が吹く。長年、何百年もこの大陸に居た螺梳は今の風、生温い嫌な風に胸騒ぎを感じていた。


「.......竹林道の方向か?」


螺梳を誘うように吹く嫌な風は夢幻竹林から吹いてる。微風だが確かな風に螺梳は数十秒立ち止まり、竹林道へと足を進めた。


「この気配......腐敗仏はいぶつか?」


どちらかと言えば感知が苦手な螺梳だが、腐敗仏に対しては恐ろしい感度を持つ。しかし今拾った気配や生命マナは腐敗仏のそれとは若干異なるモノだった。


───神経を逆撫でするような気配は腐敗仏で間違いないが、胸焼けするようなこの気配は何だ?


腐敗仏であり、腐敗仏ではない存在を感知した螺梳は徐々に足を速め外套を靡かせた。





巨大な怪鳥───の死体に乗り、【京】と呼ばれる街を目指す人間とアヤカシ、そして妖怪。


妖怪と鬼のアヤカシは現在、安定した表情で眠っているので何の心配もないが、花などの植物を自在に操る妖華のアヤカシ【モモ】が未だ【黒楼】状態で居る事に、雪女のアヤカシ【スノウ】は不安感をおぼえていた。


「モモさ......、ヤエは戻らないの?」


ヤエ、という名で呼ばれる黒楼状態のモモ。

髪色も雰囲気も、性別までも変わってしまう変化系能力の前ではやはり素直にモモと呼べない。


「いつでも戻れるんだ、急がなくてもいいじゃない。それより、どうして私は “ヤエ” と呼ばれているんだい?」


妙に落ち着きのある声音で話す変化系能力時のモモは自分の呼び名の由来を訪ねた。


「モモさんは、龍組からは彼岸楼って呼ばれてる」


「彼岸?」


「血色の花弁を出した時の戦闘は最低でも相討ち。血色の花嵐が巻いたら彼岸送りにされるとか、彼岸花より真っ赤な花弁だとか、そういう所から龍組はモモさんを彼岸楼って呼ぶ」


「へぇ......それで?」


「華組の中や街では、染楼オウカって呼ばれる事がある」


「オウカ.....どういう字を書くかわかるかい?」


黒楼華のモモは腰にあるペンを確認にする事なく手に取った。まるで、いつも自分がペンを装備している部分を知っているかのように。流れる自然な動きで取ったペンを、黒楼華はスノウへ差し出し自分の手を広げ、手のひらにどうぞ、と微笑む。スノウは少々戸惑いつつ、黒楼華が手のひらを見た時に読みやすいように書く器用さを披露した。


「染め楼でオウカ......なるほど、ピッタリだね。彼女の染楼オウカも、私の八重ヤエも」


「ヒェ? 字を見ただけでわかったの?」


驚く事に黒楼華、通称ヤエは自分がなぜそのような名で呼ばれているかを、字を見ただけで理解した。


染楼オウカはソメイヨシノの事だろう? 優しく美しい立ち振舞い、髪色も淡い桜色でピッタリだね」


今の発言にスノウは眼を見開き無言のまま驚いた。声を出す事さえ忘れるほど、スノウにとっては衝撃的だった。

普段モモは染楼の状態で生活している。それは不思議な事ではなく当たり前の事。その状態───平常な状態のモモを黒楼華は知っている。能力ディアの人格は本体の中で眠っているのではなく、既に覚醒している状態。つまり、モモは黒楼華と既に充分な会話を済ませている事になる。

スノウが突破した限界的な部分を、ステージとフレームを、モモも実は突破している事になる。


「ソメイヨシノが散る頃にヤエザクラは咲く。以前キミは私の事を派手で好きって言ってくれたよね?」


時間を奪われたかと思うほど見惚れてしまう、柔らかい微笑を向けられたスノウは一瞬フリーズするも、すぐに頭を振り時間を取り戻す。


「たしかあの日だよね、竹林道で龍組とやりあって戻った日」


「そう、私は出してもらえなかった日だね。妖華ようかの妖術は派手なんだ。ヤエザクラも花弁が重なりあっていて派手な印象があるし、彼女に妖術を教えたのも私。ヤエという名はピッタリだね」


ソメイヨシノには 純潔 や 優美 などの花言葉が添えられる。桜で想像する形もソメイヨシノが多い。人の記憶に美しく優しく残るソメイヨシノ。そういった部分からモモをソメイヨシノの別名と言われているオウカと呼ぶ者が増え、定着した。

そして、ソメイヨシノが散る頃にヤエザクラは咲く。

モモが変化系能力を使った時、顔を出す黒楼華。派手な妖術を美しく使う姿やどこか妖艶な雰囲気から黒楼華は八重ヤエと名付けられ、定着した。ヤエザクラには 教育 などの花言葉が添えられ、八重ヤエ染楼モモに妖術などを教えていたのはスノウも知らなかったが、そういった点でも黒楼華にヤエはピッタリだと黒楼華も納得した様子で何度か頷き、ゆっくり優しく手のひらを閉じた。


「色々教えてお礼に、次はこっちの質問に答えてよ」


「なんだい?」


スノウの声に迷いもなく反応した黒楼華の八重ヤエ。何も考えていない、ではなく、何を聞かれるか予想出来ている、といった表情で質問を待つ。


「能力には人格があるって事は知ってるし、私達の場合.....アヤカシになった時、妖怪の魂が能力として身体に宿った事も知ってる」


「うん、それで?」


「モモさんが能力の壁を越えたって話は聞いた事ないし、本人も変化してしまうのが嫌で能力を中々使わない......」


「私はキミの事も知ってる。能力の壁を突破してキミの中には既に雪女の魂はない。そうだね.....キミはアヤカシではなく妖怪になった、と言うのが一番近いだろう」


「ヒェ......そんな事までわかるんだ」


「私はモモではなくヤエ、アヤカシではなく妖怪だからね。どうやってキミが妖怪になったのかも、知っているよ」


見透かされているような違和感にスノウは背筋を冷やすも、隠しているつもりはないし、一緒にいる者には話している事。モモの中から見て聞いていたのならば知っていて当然の事だ。


「それなら話は早い、ヤエはモモさんを呑み込もうとしているの? それとも.....もう───」


「さっきキミは自分で言ったでしょ? 能力には人格がある、アヤカシになった時妖怪の魂が能力として身体に宿った、と」


「言ったけど......それが?」


「本来の能力は自分であり自分ではない存在。でもアヤカシに宿った能力は導入能力ブースターに近い。自分とは全く異なる能力だからね」


「......?」



───記憶の欠落を突くような事は控えた方がいいかな。


ヤエはスノウへ優しく微笑み、言葉を選んで言う。


「私は雪女とは違う妖怪だよ? 人格.....性格も違うし、価値観も違う。キミの所は冷血冷酷な雪女だったみたいだけどね」


「.....って事は、ヤエはモモさんを呑み込もうとしてないって事?」


「うん。今は共存している形だけど、彼女が私に頼らず私の妖力だけを使い続けると───!?」


話の途中でヤエは言葉を切り、下───地上へ鋭い視線を飛ばした。その数十秒後、怪鳥の首付近に座っていた人間であり怪鳥の主人である千秋が声を張る。


「近くに何かいます!」



ヤエ、千秋に続き、スノウもそれの存在を嫌でも感知する。


腐敗仏のようで、腐敗仏とは異なる、異質な存在の気配を。




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