◇358 -現喰-13



変化系能力に引っ張られていた鬼を鎮静する事に成功し、わたしは火魔術と風魔術を詠唱、発動させ熱風で吹雪をかき消した。

この時点でわたしは完全に油断していた。わたしだけではないだろう、他のメンバーも終わった、と思い気を抜いていた。寝不足が鋭い声を響かせるまでは。


「───来ちゃダメだ!」


神タイミングでブン投げた短剣を回収すべく、わたしは倒れている鬼へ歩み寄っていたが、寝不足の声が強制的にわたしの足を止めさせた。それほどまでに鋭く、危機を含んだ声音の原因は───消える気配も無く漂う瘴気。

眠っている鬼から瘴気は出ていない。鬼の武器も今は何も.....つまりこの漂う瘴気は、出てしまっていた瘴気。


「チッ、散らかしたなら片付けろよな......」


眼に見える程の瘴気は残り続ける煙のように、漂う。範囲こそ広くはないが、それは今の話。放置していれば細かく拡散される事は見てわかる。そしてそうなれば、収集不可能。


「雪女! 瘴気を散らさないように凍結───」

「───無理だ! 瘴鬼の位置が悪すぎる!」


わたしの閃きに秒も取らず反応した雪女は、凍結不可能と.....瘴気の位置を確認してもピンと来なかったわたしへ上空から千秋ちゃんが言う。


「瘴鬼は今すいみんさん、あるふぁさんを囲うようにあります。凍結させると恐らくふたりも.....」


寝不足と鬼も凍結してしまう、という事か。ドーナツ型に漂う瘴気とふたりの距離.....確かに瘴気との距離は数十センチほどしかない。熟練の氷使いならば可能だろうけど、それでも相当な集中力と演算が必須。わたしは勿論無理。雪女がどれ程のレベルか知らないが、消耗している状態では不可能だ。


「斬るのも風で飛ばすのも無理だねぇ」


「妖華でも瘴鬼は......蕾や花弁で包んでも焼かれると思う」


烈風とお花妖怪はお手上げ状態。サクラの瘴気に似た特性というのが厄介.....空間魔法で瘴気だけ飛ばしても、飛ばされた先は大事件になる。短剣で打ち消す事も出来ないっぽいし、そもそも凍結させる事も無理くさい。


「瘴気が残ったって事は能力的なモンじゃなくて、鬼ってヤツの特性か? めんどくせー種族だなクッソ」


能力ディアでの瘴気ならば、本人が黙れば消える。寝てる夜叉アイツを見る限り、変化系能力を使ったら鬼化する、プンプンの狐化と同じ感じだろう。となると、“変化系能力を使えば瘴気が出る” って事にならないか? 能力の効果ではなく、鬼の効果として出ちゃうパターンじゃね? ならこれ一生使わない方いいやつだろ!? そもそもこのステージまでどうやって上げたんだ!? 能力は使わなければ育たない。ここまで育ってるって事は今まで確実に使ってきた能力って事になる.....今まで瘴気はどうしてたんだ!?


「みんな先に戻っててよ」


今考えても意味のない事をアレやコレや考えていたわたしとは違って、寝不足妖怪は変な笑顔で短く言った。戻ってていいよって───


「戻ってていいよって.....ミソ何するつもり?」


それだ。お花妖怪の言う通り、何するつもりだミソ妖怪。


「ひとりでどうにかなる事じゃないって! みんみんはそこから動かないで!」


雪女の言う通りだ。動いたら瘴気の餌食になるだけ.....なんだけども、わたし達もどうにも出来ない。寝不足セミは何か策があるのか?


「私.....だけ、怪我もしてないし体力もまだまだあるから、先に戻ってて大丈夫だよ」


わたしも怪我してないし体力ムキムキだけど.....何も出来ないしここはお言葉に甘えて───


「......鬼の瘴鬼しょうきなんて喰べたら、ミソも無事じゃいられないんだよ!?」


「え、みんみんまさか」


なんだ? 食べる? アイツまぢで何するつもりだ? 瘴気なんて食ったら腹壊すどころの話じゃねーぞ?


「......エミリオ、俺達は行こう」


「あん? どこ行くの? 烈風城でも行くの?」


「私も烈風さんに賛成です。とりあえず寺まで行きましょう、瘴鬼の治療も出来ますし。テル君、エミリオを連れて鳥に乗って」


「了解」


お? おお? なになに、え?


「ちょ、テルテル! 今いいトコじゃん! アイツ何かすんだろ!? おい放せお前!」


「命令だから無理だよ」


千秋ちゃんの命令には絶対的に従うテルテルは、わたしを軽々と、雑に持ち上げ、巨大鳥の背へ跳んだ。千秋ちゃんとれぷさんも鳥の背に乗り、妖怪と鬼を残し、鳥はポコちゃん寺を目指し翼を広げた。



「ふざっけんな! おい妖怪! お前らの家後で行くから何したか教えろよ! 教えてくれなきゃ成仏させっかんな!」





「成仏って、私達はお化けじゃなくて妖怪なのにね。それに家に行くって何言ってんのかな?」


眠喰はエミリオが置いていったセリフに下手な笑顔を向けるも、場の雰囲気は変わらない。浮遊する瘴鬼の中では眠喰、外では雪女と妖華が無言のまま立ち尽くす。夜叉は眠ったまま動かないが呼吸も表情も安定している。夜叉を急ぎ安らげる場所へ、という焦りはなくなったものの、漂う瘴鬼をどうにかしなければ安らぎも何もない。


「あ.....さっきの魔女が投げた短剣。忘れ物だね」


地面に落ちていたエミリオの短剣を見つけた眠喰は、ゆっくり拾い上げる。古いが綺麗に手入れされている刃に映る自分の瞳。真っ赤で、眼下には酷いクマ。


───スノコもゴリもわかってる。今この瘴鬼を消すにはアレしかないって。他にも方法はあるけれど、今からじゃ無理って事も。だから、


「私なら今すぐに瘴鬼を消せる。私の能力が夜楼華にも通じる事をふたりも、龍組も知ってるって事を知ってる」


眠喰は雪女と妖華を見て、泣き出しそうな顔で笑い、重たい声を喉まで押し上げた。


「私の能力が大事なのはわかってるから、もし何かあったら導入能力ブースターにでもして、誰かに使わせてよ」



華組───スノウ、モモ、あるふぁ、螺梳も、自分ではなく、自分の能力。眠喰としての能力が大事だからこそ、自分を蜃気楼に匿う形で龍組と戦っている。そう思っていたすいみんは今このタイミングで、自分に何かあった場合は遠慮なく能力を導入化する事を推すように伝えた。



───私は私に出来る事を私の意思でやりたい。



長年思っていた “自分ではなく自分の能力がみんな大事” という小さな勘違いは、すいみんの中で大きく育ち根をはり、今このタイミングで嫌に吐き出してしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る