◇348 -現喰-3



アヤカシ 雪女、アヤカシ 妖華ようか、そして妖怪 眠喰バクは、鬼が暴れているであろう座標を目指し足を動かす。

本来ならば問答無用で眠喰───すいみんは城である蜃気楼へ戻されるのだが、雪女と妖華───スノウとモモはすいみんの瞳と覚悟さえ感じる声音にやられた。


眠喰のすいみんは華組の姫。先代の眠喰達が気の合う他の妖怪達と築いた関係がそこままひとつの組織となった。それが華組。

眠喰族を失った今もその関係は続いており、唯一の眠喰すいみんは自動的に華組のトップとなるが本人にその気はなく、何百年も呼ばれ続けた姫という呼び名のまま今に至っていた。姫だから蜃気楼から出てはいけない、というワケでもない。勿論無闇に外へ出歩かれては困るのだが、今は別の理由が強い。


「「 ........ 」」


スノウとモモはその理由のひとつ───龍組を警戒するように進む。


龍組は長年、すいみんを狙っている。今もそれは変わらず、龍組が華組を叩く最重要であり最優先される目的がすいみんの確保にある。姫を確保し華組を揺らしゆするのではなく、すいみんが持つ能力のひとつを利用し、夜楼華を開花させるために姫である眠喰を狙っている。


「.......鬼が あるるん じゃなかったら戻るから」


「え?」


か弱い声を拾ったのは妖華のモモだった。


「知らない鬼や、花街の鬼だったら任せるから......だから自分の眼で確認させてほしい。私が外に出るとみんな大変で迷惑するのはわかってるけど、凄く嫌な予感がして黙って待つなんて出来なかったんだ」


「ミソ......迷惑なんてしてないよ。そりゃ突然こんな場所にミソが居たのは驚いたけど、私達はミソを守る為にいるんだよ? それは蜃気楼でも外でも変わらない」


「そういうこと、みんみんを守るのは私達の役目。それはどこにいても変わらないよ」


モモとスノウは姫を守る為に自分達がいるのだと言った。


「そっ.....かぁ。ありがとう」


───守るって、私を能力を、かな? なんて言えないや。


モモとスノウ、あるふぁも、この場に居ない螺梳ラスも、眠喰の能力を龍組へ渡さぬ様すいみんを守っているワケではない。

しかし今の和國シルキの状況と自分の立場を照らし考えれば、能力を龍組へ渡さぬ様守っている、と思ってしまう。


この小さな勘違いが長年溜まり、今ではすいみんの胸に根を張る。





夢幻竹林で事が起こり、華組の3名が合流した頃、療狸寺の境内では稽古用武器を手に妖怪と魔女が何やら騒がしくしていた。


「いやいや、もっとこう.....とにかく動きっぱなんだよ。しかも速ぇー感じで」


「それ.....本当? 大体、魅狐ミコはもう存在しない種だよ?」


魔女エミリオとすっかり仲良くなったひとつ眼妖怪のひっつーは、大きな瞳をジットリと細めエミリオを疑う。


「まぢだっての! わたしの仲間に魅狐のプンプンってのがいて、雷ビリビリさせてるぜ? 今じゃ尻尾も九本出っぱなしだし」


「九尾ですか! わちきが昔見た魅狐は六尾でしたよ六尾!」


竹刀を地面に置き、干して乾燥状態になっている果実を食べながら言う妖怪 枕返し は過去に見た魅狐の存在を語る。


「わちきが見た魅狐は風でした風! 風を纏い風を操り風を走る、そんな魅狐でしたよ」


「それの電気ウナギがプンプンだぜ、色が変わったりするぜ」


竹刀を観察しつつ仲間の冒険者 魅狐プンプンについて言うエミリオ。ひとつ眼妖怪はどうにもエミリオの言葉を信用出来ずにいたが、魅狐についての情報がシルキの外へ漏れ出ていたとしても、エミリオは魅狐について詳しすぎる。信用出来ないが嘘というワケでもない。何とも微妙なラインに立つエミリオを前に、ひとつ眼妖怪はまぶたをわなわなと動かす。


「信じる信じないはどーでもいいぜ。魅狐が生きてよーが死んでよーが、わたしにとってはどうでもいい事だしな。それより妖剣術見せてくれよ」


境内で竹刀を持っていた理由がこれだった。

魔女はどうしても妖剣術を見たいらしく、何度断り何度話題を変えても「妖剣術見せてくれよ」へ戻る。自分で妖力を使い、妖剣術を練習すれば早いのだが、残念ながらエミリオに妖力は1ミリもない。


「私達妖怪も妖力が沢山あるワケじゃないんだよ、そりゃエミリオよりはあるけど.....無闇に妖力を使う事は療狸様にも禁じられているし、だから諦めて───」


ひとつ眼がそこまで言うとエミリオはすぐにターゲットを枕返しへと変える。


「わちきなら余裕だろ? 早く見してくれよ」


「あわわわ、わちきはひっつーさんより妖力が少ないんですよ! それこそ無闇に使うとすぐ妖力が無くなってしまうです!」


「あー? 何だよお前ら.....妖怪なのに妖術渋ってたら話になんねーだろ。他の妖怪もこんなノリなのか?」


なぜか偉そうに石段へ腰掛けるエミリオはブーツを雑に脱ぎ、ダラダラとし始める。


「ちょっとエミリオ! 寺の外で靴を脱ぎ捨てるなんてバチ当たりだよ」


「じゃあ妖剣術見してくれよ」


「クジは当たると嬉しい、バチは当たると悲しい、同じ当たりでも全然違うんですよね!」


「うるせーよわちき。カス妖力は黙ってそれ食ってろ」


「ひえぇ、酷いですよエミリオさん! わちきも頑張って修行してるのに、そんな言い方されるとわちき悲しいです!」


「自分の妖力が皆無なのによく人の事をそこまで言えるね.....外の人間ってみんなこうなの?」


「あーあーうるせーうるせー、わたしは人間じゃねーし、妖力なくても魔力はお前らよりあんだよ。妖剣術見せてくんねーと魔術ブッパすんぞ」


ついに手段をお願いではなく脅しへとシフトさせたエミリオ。妖怪達へ竹刀を向け「妖怪退治でひと儲けもアリ......眼球はリリスに売るとして、わちきは素っ裸にしてスクショ売ればゴミ共が金を吐き出しそうだな」と腐敗仏も顔負けの外道思考をクチにし始めたタイミングで、療狸寺からひとりの女性が現れた。


「賑やかですね。お客様とは珍しいですね」


「あ!」


「あうぅ.....」


「あん?」


ひとつ眼、枕返し、魔女の順で現れた女性を見て声を出した。


「......えっと、どういう状況ですか?」


女性は戸惑い、苦笑いを浮かべ質問した。

魔女は枕返しの下衣を引っ張り、それを止めるひとつ眼へ魔女は竹刀を向け眼を突こうとしていたのだ。客人が妖怪を襲っている、または、妖怪が客人を襲っている、として見える状況だが、どちらも意味が大分違ってくる。女性は3名が自分へ注目してくれたので無理に止めに入る事をせず質問する事にしたのだが、


「誰だお前、今忙しいから後にしてくれ」


と、魔女は言い枕返しの服を剥ぎ取る作業を再開させる。今の魔女の発言からして状況は前者───客人が妖怪を襲っている、だと判断出来た。事情はどうあれこれで止める事が出来ると判断した女性は命令するように言い放つ。


「あの女の子を止めて、テルテル」


「あ? 今テルテルって───ッ!?」


女性の声に素早く反応し、テルテルは寺の屋根から跳び、魔女へ攻撃する。魔女も中々の反応を見せ、テルテルの蹴りを受け止める、ではなく弾こうと、竹刀を振るった。大きくしなる竹刀は嫌な音をあげ破壊される。それでも魔女は竹刀を振りきり、テルテルを押し返した。


「出てきたな......値札マン」


「止まった......かな?」


昨夜とは違った位置に札を張り付けたテルテルは、女性の前まで跳び退き、柔らかい着地と同時に魔女が止まったかを確認した。



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