◇349 -現喰-4



折れた竹の模擬剣、竹刀をわたしは投げ捨て、フォンのワンタッチ装備変更機能を使いこなし、愛剣───というにはまだ日が浅い【ブリュイヤール ロザ】を装備し鞘から引き抜く。

独特な反響音を奏で白銀の剣は薄青色の刃を見せる。


「テルテル、勝負しよーぜ。もちろん妖術も魔術も剣術もアリアリの勝負な」


防具【ナイトメアジャケット】の双尾をバサリと泳がせ短剣【ローユ】を抜く。その間にテルテルは女性の方を見て返事を待つ様子を見せた。昨日の夜テルテルにボッコボコのボッキボキにされた時、たしか「命令だから」と言っていた......と、いう事はあの女性がテルテルに命令を与えている言わば飼い主か。


「勝負は.....後にしません? あ、私は千秋ちあき、人間です」


「は? 今すぐ勝負しよーぜ。わたしどーーーしても妖剣術をガン見したいんだ。出来るなら妖術もな」


千秋、と名乗った人間に正直興味は無かった。言ってしまえばテルテルにもひっつーにもわちきにも、妖怪やアヤカシにさえ興味は無い。

妖力、妖術、妖剣術の3つと、夕鴉と夜鴉にしか今は興味無い。


「......見れるかもしれません」


「あん?」


「妖剣術と.....妖術も。運が良ければ妖怪やアヤカシの能力ディアも」


「───能力まで?」


「運が良ければ.....いえ、悪ければ、になるのかな?」



わたしは人間 千秋の声に耳を向けずにはいられなかった。





暴風の如く荒れ狂う斬撃が突然走り抜け、無数の竹を撥ね飛ばした。


「ヒェ!? なに今の!?」


「風.....の妖力!?」


「ふたりとも無事!?」


スノウ、モモ、すいみんの順で言い各自無事を報告し合う。そしてすぐ、攻撃が駆け抜けてきた方向を睨み構えた。しかし次の攻撃は無く、何者かが接近してくる気配もない。あるのは───濃く渦巻く瘴鬼しょうきのみ。


「この先に鬼がいるんだね......」


すいみん は感知せずとも伝わる瘴鬼に眉を寄せ息を飲む。スノウは唇を噛み視線を下げ、モモは瞼を閉じ歯噛みする。この3名で瘴鬼を出す鬼の正体を知らない者はすいみんだけだった。


───みんみんへ伝えるべきか? でも伝えた所で今更何も変わらない.....。あるふぁさんが落ち着くまでの間、片腕でみんみんを守れるかな......。


スノウは左肩から靡く外套をグッと掴み、無い左腕へ視線を流した。


───ミソは鬼の正体があるふぁさんだと知った場合、どうするのか.....想像できない。スノウさんは左腕が無くて私は血を流しすぎた......どうするのが正解なんだろうか。


「......ふたりとも、どうしたの?」


心配色の視線をふたりへ向けるすいみん。その瞳を見て、モモは黙っているなんて事は出来なかった。


「この先の......瘴鬼の正体は夜叉」


「え?.......夜叉って.....」


見開かれた赤眼を前に、次はスノウが言う。


「あるふぁさん なんだ......瘴鬼を出してる鬼の正体」


「......、、じゃあ速く助けないと! 他の鬼達が知ったら......知ったら殺しに来ちゃうよ!」


腰のカタナへ手を添え、すいみんは急ぎ向かおうとするも、それをモモが止めた。


「待って、ミソは遠くにいて」


「何で!?」


「私は血を流しすぎて正直ツライ」


モモは外套外し、隠していた傷を見せる。凍結状態で止血しているものの、肩の傷、首の傷、そして腕で隠していた腹部の傷は深く大きい。


「え.....どうしたのそれ.....誰に.....」


「私だけじゃない......スノウさんも」


「え.....スノコは.....どこをやられたの?」


「私は.....左腕をどっかに落っことして来ちゃった。アハハ、ドジっ子の雪女も可愛いと思わない?」


「腕......無いの?」


「...........、.....うん」



すいみんはカタナに手を添えたまま呆然とした。

この竹林で何が起こり、今何が起こっているのか。すいみんには全くわからず、ただ蜃気楼で帰りを待っていただけの自分に腹が立つ。


───鬼があるるんじゃなかったら蜃気楼へ帰るって? 馬鹿か私は。帰る場合、護衛としてふたりと一緒に行こうと思っているじゃないか。


「ミソ.......」


───鬼があるるんだった場合、いや.....鬼はあるるんなんだ。で、私はどうするつもりだったんだ? 大怪我をしているふたりを連れてあるるんを止めようとしていたじゃないか。


「みんみん.......」


───結局ひとりじゃ何も出来ないじゃないか。今もふたりが大怪我しているとわかった瞬間に、あるるんを諦めそうになっているじゃないか。私は誰かがいなきゃ何も......何も......。


「.......何も出来ないじゃないか」


ポツリと溢れた言葉は濃く拡散する瘴鬼に力なく消し飛ばされた。





「鬼ィ!? なにそれ、え、角あって強そうなヤツっしょ!? アイツって存在すんの!?」


わたしはテルテルの飼い主、千秋へ叫ぶように言い、両手の人差し指を帽子の上で立て鬼の真似をして見せた。わたしが知る鬼は猫人族の脳筋るー。それも能力に半分呑まれたような鬼猫で、本物は見た事がない。それどころか、様々な本には「鬼は架空の生物」や「鬼は妖怪が作った力の象徴であり記号」としか書いていなかった。

イラストや文から鬼のイメージは沸くものの、同時に、存在しない種族、として脳に刻まれていた。鬼風のモンスターなどは存在するが鬼族という種族は存在しない。と今の今まで思い疑わなかったのだが、


「存在しますよ? 私達シルキ民からすれば、魔女や純妖精の方が何とも言えない種族なのですが.....魔女がいるように鬼もいる。モンスターや例えではなく、妖怪やアヤカシの種として鬼は存在しますよ」


「まぢかよ! わたしのイメージでは鬼って激強なんだけど、どーなの!?」


「強いですよ、とても」


「ヒュー! いいねいいね、で、その鬼はどこにいんの?」


「えーっと、そうですね.....今すぐ夢幻竹林へ行くと恐らくいます。妖怪かアヤカシかは不明ですけれど、瘴鬼が発生しているのでまず間違いなく鬼はいます」


「オーケー、竹林な。行ってくるぜ!」


帽子を被り直し、フォンから魔箒【ピョンジャ ピョツジャ】を取り出し、わたしは療狸寺を出るべく一歩踏み込んだ。


「あ、待ってください! 私とテルテルも行きます」


「お? いいぜ───んでも、わたしの箒はギリギリ頑張っても2人乗りだぜ?」


「大丈夫です。皆さんはここで療狸様を待って、私と魔女さんで鬼退治へ行ったとお伝えください」


他の妖怪達より堂々としている千秋。たしか人間だったハズだが、妖怪よりも頼りになりそうな雰囲気がある。ま、鬼退治はわたしがするけどな。


「エミリオ!」


「おん?」


準備を済ませ千秋を待っているわたしへ、ひとつ眼妖怪が歩み寄ってくる。この流れでわたしを止める気なら諦めてもらいたいが、どうやら違うらしい。


「うまく言えないけど、嫌な感じがする.....油断しないで」


「嫌な感じ? わたしはしないぜ。余裕だろ」


そう答え、準備を終えた千秋と共に療狸寺内から外───境内へと移動。石畳の上でわたしは妖怪達へ行ってきますフェイスを送り箒を手放す。すると箒は足元で浮き、わたしを待つ。


「すごい! 魔女の箒って本当に乗れるんですね」


「乗れなきゃただの箒だぜ。で、千秋ちゃんはどやって行くの?」


「私は怪鳥に乗ります。あそこに待ってる大きな鳥です」


千秋が指差した先には、どこかで見た事あるような巨大な鳥がおとなしく立っていた。首にはテルテルと同じ値札と───大きな傷。


「.......あの傷、ずいぶん古くないか?」


「古いですよ。さ、魔女さん! 行きましょう!」


「おう、わたしの事はエミリオって呼んでいいぜ千秋ちゃん」


「では、エミリオさん で」


「オーケーオーケー、行こうぜ! 鬼退治!」



わたしは箒に乗り、千秋ちゃんは巨大鳥の背にテルテルと共に乗り、嫌になる程広い竹林を見下ろせる程高く飛んだ。




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