◇344 -絵魔-2
絵の魔法、
絵画の魔女と呼ばれる宝石魔女に一歩届かない特級魔女は自身の絵魔を狂気絵魔───マッドグラフィティと名付け扱う。自分で描いたものを具現化させる魔術、具現化時の性格や特性はランダムで様々な色や背景、使う紙やペンなども絵魔には大きく影響してくると言われている。
モモは今、量産型のボールペンと同じく量産型の白紙ノートへ絵魔を描き、具現化させた。
猫人族というより獣人型モンスターの絵魔は小さな槌を持ち、和國では入手困難な服装───パイロットのような服装とゴーグルを装備していた。
『おはようございます』
「ええぇ!? 喋るんスかそいつ!?」
黒線で型どられた白一色の獣人型のパイロットはモモへ元気よく挨拶し、テラを見てお辞儀。礼儀正しい絵魔の登場により場の雰囲気は一瞬緩む。
術使用者のモモでさえ、この魔術【絵魔】について詳しく理解していない。理解どころかこの魔術の存在を知ったのは数ヵ月前。商人と取引中にたまたまペンとノートを発見し即取引、最初は庭園の風景画などを描いていたが小鳥を模写した時にお茶を持ってきてくれたスノウが盛大に躓き、お茶がモモめがけ飛翔した。そのお茶を魔術で迎撃した時、小鳥の絵に手のひらが重なる形で触れていた。詠唱、発動、この流れの間に魔力が絵に届いたらしく、お茶撃退後にノートから小鳥が召喚し、この魔術───と言っても詠唱を必要としない術───の存在を知った。
召喚された猫人族───とは程遠い絵魔の礼儀正しさに時間は緩んだが、テラが地面を蹴り絵魔へ接近した事で時間は再び息苦しく張り詰める。
「何だか知らないッスけど、その子むちゃ弱そうッスね!」
「
『やってみます───が、いいのですか?』
絵魔 猫人族はモモの命令に従いつつ、気になる事をクチにする。テラの片手斧を槌で受け止め、絵魔 猫人族は、
『ここへ向かっている気配が複数あります、僕は感知極らしいのでハッキリわかるんですが』
どうやら猫人族の絵魔は感知に特化した性質を持つ絵魔らしく、確かに非力だった。テラの斧を受け止めたまではいいが、二撃目は受けきれず押し退けられる絵魔。パイロット風の帽子がズルリとずれ、テラの三撃目は帽子によって隠される。
絵魔は召喚する瞬間に魔力を支払う。魔術と同じで発動さえしてしまえばその後は基本的に魔力を要求されない。基本的 になのでもちろん例外もあるが、今召喚されている猫人族の絵魔は継続的に魔力が要求されるタイプの魔術ではない。絵魔がテラの斧を食らい散ってもモモにとってマイナスと言えるマイナスにはならない───のだが、モモは腰に吊るされたカタナを抜き、左肩から伸びる外套を泳がせるように素早く踏み込みを入れ、絵魔を守るようにテラの斧を弾いた。どう見ても絵魔 猫人族が戦力なるとは思えない。しかし感知に特化した
「非力な見た目のわりに剣速あるんスねぇー! 妖怪ってみんなそんな感じなんスか?」
「私は妖怪じゃなくてアヤカシ。それに、そんな感じなんて聞かれてもどんな感じかわからない」
「弱そうなのに力持ちみたいな感じッスか? どう見てもお姉さんはSTR型じゃないッスよね? それなのに今の剣速は......AGI型だけじゃそんなに速くカタナ振れないッスもん」
STRやAGIという冒険者用語を使ってもモモには伝わらず、モモの表情からテラもそれに気付き「さーせんッス」と言い片手斧を一度くるりと回し、戦闘を再開させる。ご機嫌な足取りで地面を跳び進み、ふわりと消えるテラ。正確にはモモと絵魔の視界から一瞬で消えた。
「───!?」
『一瞬だけ消えたように思わせるだけです! 後ろです!』
絵魔は研ぎ澄まされた感知力でテラの位置をモモへ教え、モモは振り向くと同時にカタナを振る。テラのハイドアタックを受け止める事に成功し、カタナと斧はギチギチと刃を噛み合わせる。
「できる子ッスねぇー! 私のLv1スニークアタックをリビっちゃうなんて舐めてたッス!」
「消え───」
『いえ、隠れています! が、僕の感知を持ってしても、隠れている という事しか.....』
形のいい耳───と言ってもモモが描いた耳だが、それをピクピクと動かしては視線を走らせる絵魔。感知特化の絵魔でさえテラが今回使った瞬間的隠蔽を看破出来なかった.....つまりは恐らく、Lv1ではなくLv2.....3といった所。もしこの性能でLv2だった場合、3や4を使われてしまえば絵魔もモモも太刀打ち出来ない。いくつまでレベルがあるのか、そもそも隠蔽にレベルなどあるのかさえ不明だが、確実に今テラは絵魔の看破網を掻い潜り身を潜めている。
20も数えていない年齢の人間でここまでの隠蔽術は異常。装備類に隠蔽率上昇がついていたとしても瞬間的に姿を眩ませ、あたかも初めから幻想だったかのように煙る技術は隠蔽の域を越えている。
「卓越した技術、成熟した技術は魔術と見分けがつかない......熟練の手品師の手品が魔術に見えるのと同じッス。私の
「声を出しているのに......」
『解けないですね......』
話し声をあげるテラだったが、姿が現れる事はなく、笑い声まで響かせる。本来の隠蔽は近場の相手にさえ小声で話しかけなければ効果が消え解け、姿が露になってしまう。それ以前に存在を認識されている状態で隠蔽を発動させても隠蔽は発動しないのがお約束。なのだが、テラは攻撃を受ける直前───姿をハッキリ捉え敵意を向けられた状態でも簡単に隠蔽を成功させていた。
『非常に不利な状態ですね、絵師様は───』
「───!?」
会話の最中、絵魔の身体は頭から真っ二つに斬られた。立体的だったが元は紙。血液や臓腑などが露になる事はなく、斬られた瞬間───活動を停止した瞬間に紙とインクへと戻る絵魔。飛び散るインク、縦真っ二つに斬られた紙の間からテラがにんまりと笑い、再び姿を眩ませる。
「っっ!」
「無理ッスよ、お姉さん。私誰よりも影薄くて、誰よりも人の眼───視線が気になる子なんス。話した事ないのに嫌われたくない、友達でもないのに嫌われたくない、好かれてもないのに嫌われたくない、って思うタイプの子供だったんス」
「.......?」
「仲良しグループに入れてもらってるワケでもないのに、そのグループが楽しそうにしてるのを見たかった。友達と一緒に帰ってる知り合いと一緒に帰りたかった。みんなと仲良くしたかったけど、どうすれば仲良くなれるのかわからなかった。突然一緒に居るなんて事になればみんな嫌な眼で見るじゃないッスか? それなら見られないように一緒にいればいいって思ったんス」
「........何の話をしてるの?」
「そうやって学校では目立たず、でもみんなと一緒に、ってやってるうちにハイディングがグングン育って、知らなくてもいい事、聞きたくもない悪口も真横で聞けるまでになったんスよね───」
未だ姿を見せず、声だけを飛ばすテラのハイドは見事なモノだった。ここまでの音量で声を出しても解けないハイディング。声が聞こえた方向へリビールを働かせても全くヒットしないハイドレート。幼い頃から毎日何時間、何十時間も溶け隠れるように生活していた事で身に付いたハイディングは犯罪者となったテラにとってはこの上ない強力なスキルであり、アドバンテージとなっていた。
「───真横で」
「!? ~~~~ッッ!!?」
姿を現すと同時にモモの真横で呟き、ひとつの斧でモモの左手首を切断。ふたつ目の斧はモモの左肩へと深く食い込み、首を斬るように強引に引き抜かれる。
「おしい! 今お姉さんが身体を上手に動かしてなかったら肩からズブズブ進んで首をブッチできたんスけどねー!」
左手からビチャビチャと押し出される血液、肩首から弱った霧吹きのように出る血液を浴び、テラは今まで隠していた殺戮者の表情を露にした。
「死ねばいいんスよ───
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