◇345 -絵魔-3



隠蔽───ハイディング。

自身の気配を薄め周囲へ溶け込ませ姿を消す技術や魔術。音な行動で隠蔽が弱まり消える事もあり、自身の存在を周囲へ溶け込ませるという簡単に思える説明からは想像出来ない難易度と高度な技術が要求される。


SSS-S3指定の犯罪集団【レッドキャップ】へ新加入したテラは成人していない年齢にも関わらず、熟達した暗殺者と肩を並べるほどの隠蔽技術を持ち合わせていた。

敵と向かい合い、敵意をぶつけ合う中での隠蔽は不可能とされているが熟練の暗殺者はそれを可能にする。しかし特別な訓練を長年繰り返し、ようやく身に付く技術。10年20年で身に付くほど甘く優しい技術ではない───が、テラはあっさりと身に付け自在に操る。

瞬間隠蔽、行動隠蔽、等々の名で呼ばれる高位隠蔽技術。能力や魔術、妖術ではなく技術。


「止血しないんスかー?」


数分前とは声音も雰囲気も表情さえも一変したテラ。返り血を拭う事もせず、どこかで何かを諦めているような光ない瞳をモモへ向ける。


「そのままだと死ぬッスよ? 妖怪も怪物も吸血鬼でさえも、血が抜けちゃえば流石に死ぬッスよ?」

 

指先で斧を回し遊ばせるテラは勝った気でいるが、決して油断しているワケではなかった。油断があれば負傷状態でもモモは攻めていただろう、しかし今のテラには攻める隙が全くない。斬りかかっても、離れて魔術を飛ばしても、危なげなく対処されて終わる結果しか見えない。


「......っ」


下手に声を出せば出血を早めてしまうかもしれない。モモはそう考え唇を固く結んだ。傷口を強く押さえつけるもマグマのように溢れる血液は止まらない。


「お姉さんもッスか? 最後まで諦めない~諦めた時点で終わり~みたいなハッピーブレインッスか? 言っちゃなんなんスけど、始まってもないッスからね?」


テラが煙るような速度で右手を振るった瞬間、モモの腹部に片手斧が斬り刺さる。


───全く反応出来なかった。


モモは胸中で呟きながらも、衝撃的な痛みに身体を倒す。片手斧といっても斧、肉厚で幅広の刃が恐ろしい速度で投擲され腹部へ噛み付けば、傷も深く痛々しいものとなる。


「ね? 今の見えなかったッスよね? 始まってもないんスよ......必死に傷口押さえて、必死に生きようとしても、始まってもない状況じゃ必死も何もないんスよ。理解したッスか? 私がその気になればお姉さん程度の実力者なら瞬殺なんスよ」


うずくまる様に倒れたままのモモへテラは続ける。


「もうひとつある斧で首をブッチして殺す事も出来るんスよ? 投げた斧抜いて内臓なかみ引っ張り出すのも出来ますし、そもそもハイディングすれば私が近付いてる事にさえ気付けないッスよね? 雑魚なんスよ、みんな糞雑魚の癖に調子にのって......人を馬鹿にして自分がいかに優れているかを実感したがったり、自分の好みや知識を押し付けるのうに人を評価したり、病んでる雰囲気だして自分の価値観を確認したがるゴミもいるッスね......何様だよって感じッスよねぇ。そういうヤツはみんな死ねばいいんスよ。なんなら私が殺してやるって話ッスよねぇ」


話の内容が全く理解出来ない、そもそもなぜそんな話をしているのかもわからないモモだったが、テラは溜まりに溜まった何かを吐き出すのうに喋り続けた。


他人ひとの事を構うほど余裕あんのかって感じッスよね。自分じゃ出来もしない、やってもいないのに、頑張ってやってる人を突いたり。自分勝手な印象を固定して相手の性格やら何やらを決めつけたり。その癖そういうヤツは誰かの前だと猫被り。匿名希望や偽名の毒吐きさんは自分がその毒の対象になる事を考えられない腐れ脳、毒の対象になったら祭り騒ぎのハッピー野郎。頭の中に脳みそじゃなくて馬の糞でも詰まってんじゃないッスか? って感じッスよねぇー。ねぇ?」


幼くして凶悪な犯罪者となったテラ。何人、何十人と殺し、爪を剥ぎ奪う奇行を続けている彼女だが、年齢相応の精神を持つ人間。多感な年齢という事もあり、今この場では全く関係ない話をうずくまるモモへ愚痴るように吐き出し続けていた。そんなテラを前にモモは苦しんでいる様子のまま───地面をノート代わりにし、指をペン、血をインクにし、絵魔を型どっていた事にテラは全く気付く様子もない。


「スジマジロみたいに丸くなってちゃ話できないッスよお姉さん。妖怪ッスよね? 肩や首斬られたくらいどーって事ないじゃないッスか! 妖怪が頑丈かは知らないッスけど、私達人間から見れば魔女も悪魔も妖怪も......人間以外の種族は基本的に化物なんスよ。化物が簡単に壊れるようじゃダメッスよー?」


一通りの愚痴を終えたテラは再び標的をモモへと切り替えるも、絵魔は既に完成していた。あとは魔力を与えるだけだが、タイミングが重要になる。魔力を手に宿し、それを絵魔に与える。流れとしては簡単で本来の魔術詠唱が絵を描く事なので既に詠唱が終わっているような状態だが、魔力を与える時は魔力感知の対象になる。

下手なタイミングで魔力を与えようとし、阻止されれば絵魔は失敗。最悪は絵を崩されてしまう。


───今度の絵魔は生物じゃない。どうなるのか.....私にもわからないけど “華妖術” の要領で操れるハズだ。


「さっきからシカトばっかりッスよねー。無視されるの一番キライなんスよ私。キライだとイヤになってきて、イヤだとイライラしてきて、イライラすると面倒臭くなって、殺してしまえば全部解決って思っちゃうタイプなんスけど......それでも私をシカトするんスか?」


薄霧を蹴るようにゆっくり、一歩一歩、モモへ接近するテラ。うずくまるアヤカシに対しテラは既に勝った気で───警戒もせず油断し───接近する。

右手で片手斧をクルクル遊ばせ、左手は片手斧を背腰のホルスターへ引っかけ、横腰に吊るされたネイルプライヤーをとる。


「私は爪を集めて眺めるのが好きなんスけど、ジプシー様は相当な変態なんスよねぇ。だって頭集めてるんスよ? し、か、も! その集めた頭を使って自分のを慰めるんスよ!? ヤバくないッスか~? ネジがトんでる犯罪者って異常性癖持ちが多いッスよねぇ! そんなジプシー様のために、お姉さんの頭も頂くッス」


カチカチとネイルプライヤーを噛ませ斧を握り直した瞬間、テラは感じた事のない力を感知し眼を見開く。突然周囲に散らばった深紅色の花弁は赤く発光し、渦巻くように集まりテラへ迫る。

妖怪 妖華ようかのアヤカシであるモモは妖術である程度の華を産み出す事も出来、華や植物を操る事が出来る。


「花ッスか......これじゃ話にならないッスよ」


花弁を散らす事なく集め、テラを攻撃したためあっさりと回避され華渦は地面を抉り拡散するように散って消える。威力は高いと思われるが速度も遅く、範囲は広いが回避されやすいタイプの妖術をあえて使った。濃い妖力、散った妖力に魔力を隠し、地面に描いた絵魔へ魔力を与える。


華渦をあっさりと回避したテラは前屈み状態でモモへ向かっている。接近し迷わず首を斬り、モモを殺す。そう決めての接近が退路を潰した。


「散れ───血刑華けっけいか


「はい? 何か言ったッ───!?」


飛沫のように血液が宙を舞い、すぐに花弁の形に変わる。視界を塗りつぶすような血色の華嵐にテラの脚は止まり「これはマズイッス」と無意識に声を溢したテラへ、血の花弁が荒れ狂った。


インクを自分の血液───自分のマナを濃く宿したモノにする事で、自分の魔力を注ぎやすい絵魔を描き上げる事が出来る。紙に血で絵魔を描くと滲み歪み絵魔の成功率は極端に低くなる。しかし指先で地面に型をとり血液を注ぐように描いたため、ハッキリとした形で完璧なまでの絵魔が炸裂した。

血刑華───変化系能力で妖華 “黒楼” となった時に使う華妖術のひとつ。

本来は妖術だが魔術───絵魔に再構築する形で能力を使わず発動させた。血の花弁は鋭い刃のように舞い踊り、テラをズタズタにした。


「───ッ、絵に使った以上の血が持っていかれた......」


ぼんやりと霞む視界の中で転がる血塗れのテラを捉え、モモは「血を使った絵魔は危険」と胸中で呟き脳に刻んだ。

インクとして使った血液の他に、魔力を注いだ瞬間に体内の血液が奪われた。これにより予想以上の花弁が舞い、予想以上の精密さと強度を持つ絵魔 血刑華が完成し、予想以上の負担にモモは途切れそうな意識の中で絵魔を操り、今力なく倒れた。


「酷いじゃないッスか、お姉さん。どーしてくれるんスか.....痛いッスよ」


無数の深い斬り傷から血を流し、半分無くなった耳、左クチも裂けダラダラと血液を散らす中、テラはクスクスと声を出し斧を両手に持ち、立ち上がろうと脚を立てる。


「え───?」


左足はグッと地面を踏み、右足は足首が切断されていて膝は骨が露になるほど肉を削り斬られていた。


「クチも半分裂けて耳も半分千切れて、片眼も潰れてるし、足もコレ......ナメてたッスわ和國。まぁでも、私の勝ちッスね、お姉さん」


邪魔と言わんばかりにテラはぶら下がった右足を斧で切断し、足を放り投げる。 片足立ちのまま両手の斧に無色光を纏わせ眠るように倒れたアヤカシをターゲットに突進系の剣術を発動させようと構えた瞬間、背中を冷たく撫でる冷気と渇いた破裂音が響いた。


「ッ、」


「仲間なんだ、それ以上は手を出さないで」


「お前、、ジプシー様、食べ残し、ッスよ」


腕を失ったスノウは一旦休憩していたものの、すぐに竹林を進み、散らばるように拡散したモモの妖力を拾い、ここまで走ってきた。

氷結弾を食らい、倒れたテラへ数発追加で撃ち、スノウはモモの傷を凍結させる。


「抱き運ぶのは無理だから引きずるけど、大丈夫だよね?」


失った腕部分から氷を伸ばしモモをホールド。そのまま引きずる形でスノウはこの場から離れた。





「あ、姫様だ!」


「おはようございます、眠姫様」


そんな声が耳に届く、賑わい始める午前の【京】を眠姫───すいみん は眉を不安に下げ走っていた。姫や眠姫という言葉が自分を差すものだと知っているすいみんは不安に下がる眉を無理に押し上げ、声をかける者達へ手を振り答えつつ、足を急がせていた。



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