◇343 -絵魔-1



黒革で眼を隠す龍組の男性から逃げる、華組の女性と犯罪者の少女。


「ちょっちょっちょっちょぉおおぉ! あんなの聞いてねッスよ! ねぇ!」


「私だって聞いてないよ!」


犯罪ギルド、レッドキャップの新メンバーであるテラは華組のモモへ声を荒立てているが、表情はどこか楽しそうだった。


「なんスか!? アレなんスか!? 自分の影がビョイーンと伸びたと思ったら竹が影に飲み込まれて、ボッキボキになった竹が影から吐き出されたッスよ!? アイツ何者んスか!? あの影を踏んだら私達もボッキボキのメッキメキにされて吐き出されるんスか!?」


両手に持ったネイルプライヤーをカチカチと鳴らし瞳を輝かせ言うテラを構う様子もないモモは背後へ気を回す。


───本人は追ってくる様子はない.....けど、あの影は危険すぎる。あんなの龍組に居たなんて知らなかった。


伸びる影から逃げるテラとモモ。その影の主は丁度いい岩に腰掛け動こうとしない。


人間であり、人間から外れた存在。

妖怪ともアヤカシとも言えない存在。

イフリー大陸出身で一時期はデザリア騎士───軍兵を目指していた男【トウヤ】は小さな溜め息を吐き出し、影を引き戻す。


「20メートルが限界か......伸ばせばやっぱり “浅い” し微操作が出来なくなる」


黒革で眼を隠すトウヤは見えているのか怪しい視線を自分の影へ落とし、もう一度溜め息を吐き出した。


「......あのふたりが戻って来なかったら帰ろう」





───影が追ってこない。


モモは徐々に速度を下げ、停止。影の気配もない事を確認し、一息つく。


「影、帰ったんスか?」


「そうみたい.....ですね」


敵だった少女と一緒になって影から逃げるという奇妙な時間は終わる。お互い一息つき、モモは周囲を確認するも夢幻竹林は恐ろしく広く、景色の変化も無いに等しい。道を外れてしまったモモとテラは今自分達がどの辺りに居るのかもわからない。


「......ここ、どこッスか?」


「......さぁ?」


キョロキョロと辺りを見渡しても背の高い竹しか見当たらず、看板はおろか道さえ発見出来ない。

完全に迷った、とモモは胸中で肩をガックリ落とし、手に持っていたペンはベルトに装着されているホルダーへ、ノートは腰に装着されているブックホルダーへ収納しようとした時、背後から殺気を感じ大きく頭を下げた。


「あー、避けられちゃったッス!」


「なに.....を、」


「今イケると思ったんスけどねー。妖怪かアヤカシかわかんないッスけど、その辺りの種族って後ろに眼でもあるんスか?」


嫌なザラつきと色を持つ片手斧を両手に持ち、テラはニッコリと笑う。先程までネイルプライヤーを両手に持っていたのでモモは油断していたが、レッドキャップ───外の者達はフォンを持っているので手持ちの装備ならばいつでも変更可能だが、モモはそれを知らない。

間一髪の所で斧を回避したモモはペンとノートを持ち直し、左肩を覆い隠す外套を払うように揺らした。


「そう言えばあなた敵でしたね」


「それ制服ッスか? 他のふたりも似た装備だったし和風ッスけどブーツなんスね! 格好いいッスねぇー。私はいらないッスけど」


年下と思われる女性───テラはどこでどんな生活をしてきたのか、鋭い視線を飛ばすモモを前にしても楽しげな声音でモモの装備を観察する。影に追われていた時もまるで鬼ごっこをする子供のように無邪気だったテラは、モモが装備しているシルクグローブへ反応する。


「その手袋とってみてくれないッスか? 勿論装備し直す時間もあげるッス、ただ爪を見せてもらいたいだけなんスよ。アレだったら私もっと下がるッスけど、ダメッスか?」


「......あなたに爪を見せて何の意味があるの?」


「ん? あー、私の名前はテラっていうんス! お姉さん名前はないんスか?」


「名前なんてどうでもいい、爪なんて見せる気はないし、あなたがこれ以上私に関わってくるなら容赦しない」


「おー、お姉さん怖いッスね! でもお姉さんが容赦なしなら私も容赦しないッスよ? いいんスか? 私こう見えて結構強いッスよぉ~?」


アヤカシの威圧的な声音、視線、雰囲気を前にしてもテラは態度も雰囲気も表情ひとつ変えない。

人間とは思えない精神力と底知れない危険度を持つテラを、モモは討つ事に決めた。どちらかと言えば戦闘を好まないモモだが、今ここでテラを逃せば必ず華組にとって厄介な存在になりうると直感的に思い、討ち取る姿勢を見せる。

ペンはボタンを押せば先端が飛び出るボールペン。ギリギリ鉛筆が存在するシルキ大陸でボールペンは貴重なアイテムだが、武器に向いているとは到底思えないそれをモモは構える。


「本当にペンとノートで殺るんスか!? あ! あれッスか!? 名前を書けば殺せる~みたいな!?」


ノートもシルキ大陸では貴重なアイテム。恐らく猫人族などから入り込んで来た品だろう、ウンディーやノムーイフリーでは探すまでもなく販売している量産型のボールペンとノート。特別な効果や能力が備わっているモノではない。モモはノートを開きペン先を白紙のノートへ向けた瞬間、テラは一気に距離を詰め片手斧を振る。


「何するか知らないッスけど、書かせなきゃいいだけッス! 楽勝ッス」


「書く、じゃなく、描く、ね」


斧を回避しつつペンを走らせるモモの器用さにテラは楽しそうに驚くも、ふたつの斧だけではなく脚も使うテラの攻めを回避し続けるには相当な体術センスが要求される。


───絵なんて描いてないで、交代してよ。


斧を回避し、蹴りは蹴りで相殺しつつペンを走らせていたモモの脳内に響く男の声。テラには勿論聴こえていない声がモモを揺らす。


───容赦なく殺せばいいだけだよね? 得意分野だよ、任せて。


「......ッ、うるさい!!」


「えー! 戦闘中って気分上がるじゃないッスか!? それで笑ったり声出したりしちゃうんスけど、気が散るならもっとやるッスよ?」


はしゃぎ声をあげるテラは自分がうるさいと言われたのだと思い反応したが、モモの言葉はテラではなく男の声への返事。


───クチに出さなくても思うだけで伝わるのに。その女の子を殺すんでしょ? すぐ終わるよ?


「──────ッッッ!」


テラの蹴りへモモも蹴りを入れ、その反動を利用しモモは下がり、ノートに描いていた絵が完成する。


「来い───猫人族ケットシー!」


「んな!? え、え!? 絵!?」


ペンを持つ右手に魔力を纏わせ、モモはノートを軽く叩く。すると、ボワン、とキューレの能力発動時のような可愛らしい爆発音が響き、ノートに描かれていた猫人族───というより獣人型モンスターに近いそれは実態を持つ生き物のように爆煙の中に立っていた。


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