◇319 -シルキ大陸-2



シケットの街で好きに暴れていた腐敗仏-歓喜天を一瞬で斬り消した細眼の白髪はシルキ大陸から来たと言った。そんな白髪の男、螺梳ラスを前にキューレは完全に情報屋モード。他の者は何から聞くべきかを考えていると、悪魔のナナミが切り出す。


「螺梳、だったか?」


「おう」


壁に背を任せ両眼を閉じるナナミは螺梳の名前を再確認し、数秒黙り、最初の質問にしてはトゲのある質問をする。


「シルキから来たのは信じる。信じたうえで聞くが───シルキはウンディーに喧嘩を売ってるのか?」


切り出した声はナナミが愛用する闇色のカタナのように冷たく鋭かった。螺梳はこの質問に数秒間キッチリ悩み考え、答える。


「他大陸に喧嘩を売る気は全くない。それどころか今のシルキは他大陸に構ってる余裕がないんだ。さっきの異形生物は腐敗仏はいぶつって言って、和國の特異個体だ」


「なぜシルキの化物がウンディーいる? お前にその気がなくてもシルキにはその気───外の大陸を潰す気があるんじゃないのか?」


ナナミは鋭利な質問は今の答えでは納得いかないらしく、螺梳ではなくシルキが、という規模まで膨らむ。途中クチを開いたセツカだったが、ナナミは右手でセツカを制し、螺梳へ黒赤の視線を向ける。


「......まず俺の話をする。俺は外国、つまりシルキ以外の三大陸へある物を探しにきた。どこの大陸にあるかわからないがシルキから一番近いとの理由でまずはウンディー。探し物は黄金の楼華サクラ、こっちだと.....魔結晶か? 黄金色の魔結晶を探しにきた」


黄金魔結晶というワードはそのアイテムを高価で価値のあるモノに見立てているだけで、中身は人体を餌に作られた人工魔結晶。もっと言えば地界だけではなく、世界に対して毒でしかない兵器とも兵器の鍵とも言える異物。そんな物を求めている時点で黄金魔結晶を多少なり知ってい者からすれば、螺梳は危険な存在。


「黄金魔結晶の事をどこまで知ってる?」


「物凄く力がある魔結晶、って所までは知ってる。使い方はハッキリ知らないが、力があるなら使う使わないは後にして入手すべきだと踏んだ。あんた達はどこまで知ってるんだ?」


螺梳の質問に対して、ハッキリ答えられる者はいなかった。ここにいる者も皆、凄い力を持つ、危険な魔結晶、何か不吉な魔結晶、程度の知識しかないうえ、その魔結晶は今SSSの犯罪集団であり迷いなくPKを行う【レッドキャップ】の手に渡っている。


「黄金魔結晶については忘れろ。あれは求めちゃいけない物だ」


上手く誤魔化したナナミだったが、話はまだ終わっていない。魔結晶の話題を切り捨てるようにし、ナナミはすぐに話題を戻す。


「私達は今シルキ大陸について不信感.....いや、もっと言えば敵意しかない。そんな連中に何かを教えると思うか?」


「思わないな。俺でもそうする」


「こちら側はシルキの化物に仲間をやられている。猫人族も街にあんなのが湧いたんだ。不安になるのは当たり前だろ? そんな事をされて、そこまでされて、黙ってるワケにもいかないし、黙ってるつもりもないと言う事だ」


赤黒の眼に怒りを滲ませるナナミを螺梳は真っ直ぐ見つめ、頷く。


「話せる事は全て話す。俺を疑った状態でもいい、とにかく話を聞いてくれ」


螺梳がここまでする理由は自分の疑いを晴らすためではなく、シルキのため。

今後内戦が激戦化するであろうシルキへ他大陸の者が入り込めば内戦という規模を越えてしまう恐れがある。そして今この場にいるウンディーの者達はほぼ全員がシルキ大陸へ少なからずの敵意を持っている。そんな状態でシルキへ訪れる....シルキへ攻め込まれると被害も拡大し最悪は戦争状態になる。それを避けるべく、螺梳は話せる範囲の内容を全て話す事を決めた。


「まずはさっきの化物についてからだ───」





綺麗に畳まれ棚の上に置かれたテールコートとウエストコート。その上にキャスケット帽子と武器やベルトポーチ。その存在をわたしは今さっき知った。あれはどう見てもわたしの【ナイトメア】や【ブリュイヤール ロザ】だ。

狸女は倒れていたわたしを拾ってくれただけではなく、治療までしてくれたらしく、ブラウスの中は謎の薬や包帯で、なんだかちょっぴり格好いい感じ。

今のわたしは強者との戦闘を終えた感がある。腕や片方の眼なども包帯装備ならもっと格好いい感じだっただろうけど、この辺りに怪我はしてないので残念ながら包帯はない。


「───おい! 聞いとんのか小娘!」


「あァ? 聞いてなかったぜ?」


「.......お主を見ていると大昔ここへ来た小娘を思い出すわい」


はぁ~、と大きく深いため息を吐き出し、肩をガックリさせた狸女。緑系の和國装備が妙に似合うのはなぜだろうか。キューレと同じような口調だし、アイツも和國装備似合うのかな?


「とにかく怪我を治す事じゃの。その身体じゃ何も出来んじゃろ」


「じゃの。薬は多分あるからそれ飲んで少し休めば余裕だけどな」


そう答えわたしは狸女にフォンポーチを取ってくれと頼むが、どれがフォンポーチかもわかっていない様子だったので、ベルトポーチの横にあるフォン専用の小さなポーチへ上手に案内し、わたしは受け取りフォンを出した。


「......?」


「えっと、あったあった」


フォンポーチから痛撃ポーションや回復薬などを取り出し、飲もうとした時、狸女は「おぉ!?」と声をあげる。


「ん? そんな顔で見てもあげないぜ?」


「なんじゃ今のは!?」


「あ? なにが?」


「その薄い鉄板から出したんか!? それのどこに入っとったんじゃ!?」


「はぁ? 意味わかんねーよ」


フォンポーチは言わば冒険者のアイテム。知らない者も普通にいるが、まさか、フォンそのものを知らないのか? いやいやいつの時代の狸だよコイツ........いやまて。魔女もフォンを知らない。必要ないからだが......コイツも似たような感じか?


「......お前外界の種族か?」


「元々はそうじゃぞ。というかワラワだけではない。昔は外界だの地界だの存在しとらんかったからのぉ」


「え、お前まぢでいつの時代の狸だよ.....」


「む? まぢ、と?」


「あ?」


突然「む?」と言いわたしをガン見する狸女。最初はただ見る感じだったが、徐々に視線が.....なんだろう、雰囲気のある視線に変わった。


「ほぉ~凄いもんじゃのぉ。全く気付かんかったわい」


関心するように呟いた狸女はお湯を沸かし始める。なんだか知らないけど、わたしはとにかくポーションがぶ飲み祭りを開催する事に。


「おい、それは飲まんでええぞ。いや、飲んでもほとんど意味ないぞ」


栓を景気よく抜こうとするわたしへ言う狸女は、視線だけではなく、全体的な雰囲気が数十秒前とは別物で、独特な雰囲気を纏う。


「意味ないって.....それより、お前どうしたんだ? 何かこう、さっきとは別人みたいだぜ?」


「ほう。雰囲気で心境変化がわかるのかえ。ただの阿呆ではないみたいじゃの」


「.......お前なんだ? ただの狸人間じゃねーだろ?」


「おや? さっきも言ったじゃろに。ワラワは狸の妖怪で療狸やくぜん大神族だいしんぞくじゃて」


......【やくぜん】とやらは全然わからないし予想も出来ないが【だいしんぞく】とやらは、どことなく凄まじさを感じる呼び名。タイプは違うが雰囲気は───本気モードのプンプンにどこか似ている。わたしは好奇心から狸女の魔力やマナを感知してみた。そして驚いた。

この狸女は特級に匹敵するほどの魔力を持ち、魔力と似ているが別の力.....命彼岸や竹林にいたキモイヤツが持っていた力も持っている。そしてマナは今まで見た事もない質。

謎の力と良質なマナは一旦おいといて、魔力量が並みじゃあり得ない。魔女族ならばわかるが魔女の魔力ではないし.....特級クラスの魔女に匹敵する魔力量、つまりは、魔女以外の種ではずば抜けているという事。SSS-S3のモンスターでも魔術型でなければここまではいかない。


「ほれ、薬草茶じゃ。苦いが今のお主には一番の薬じゃぞ」


感知していたわたしを見て口角を少しあげる狸女はマグカップ.....と呼ぶには味のあるカップをわたしの前にある小さな丸テーブルへ置いた。

中には緑色の液体が湯気をあげている。


「......ぐ、コーヒーとはまた違ったニオイすっぞこれ」


一度ニオイを嗅ぎ、コーヒーというより紅茶に近いようなそうでもないような香りと湯気に鼻をやられ、少し距離を取る。


「限界まで匂いは消しとるんじゃがのぉ。まぁお茶じゃのぉーて、薬じゃから少量じゃよ。飲み終えたら普通の茶を出してやるのじゃ」


「んじゃ、その茶を飲みながら色々話してくれよ。お前に聞きたい事山ほどあるぜ」


「うむ、それならまず、その “お前” というのはやめにせい」


「じゃあ狸女」


「それもやめい。そうじゃのぉ.....どうせなら可愛らしい名前がよいのぉ......、ポコちゃん、と呼んでほしいのじゃ」

「あ? 何言ってんのバカじゃねーのお前」



狸女は恐ろしい反応速度と攻撃速度を見せた。

頭をグーで叩かれたのは───久しぶりな気がした。




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