◇311 -濃霧の秘棘-2



土の匂いと、嗅ぎ慣れない緑の匂い。

見慣れない竹が伸びるエリアでわたしは無様に転がり倒れていた。

新防具【ナイトメア】は物理耐性が低い。しかしそれはわたしがいるランク───冒険者ランクS帯での話で、以前愛用していた【シャドー】と比べれば圧倒的に【ナイトメア】の物理防御力が勝る。【シャドー】防具でわたしはSSレートのモンスター女帝種や危険な犯罪者とも戦闘し、ダメージも数えきれないほど受けてきた。

今わたしの眼の前には、よくわからないヤツがいるが、絶対にSSレートではない。そいつの攻撃を【シャドー】よりも物理耐性が高い【ナイトメア】で一撃受け、今までではあり得ないダメージを受けてしまっていた。


ヤツの攻撃は物凄い張り手。わたしは剣術を使って超突進状態だったので、ヤツの剣術光は見えなかったが.....張り手が剣術だったとしても耐えられたハズ。【シャドー】防具よりも全てが上の【ナイトメア】で、SSモンスターやSSS犯罪者の攻撃を受けてきた防具よりも上位の防具で、雑魚野郎の攻撃を受け.....シャレにならないダメージがわたしの全身を叩いた。


「かしこみかしこみ、かしこみかしこみ」


うるせー声とウザった合掌で何度も同じ事を口走るアイツは......噂の腐敗仏はいぶつで間違いない。しかし、絶対に女帝種より弱い。のに、わたしはこのザマだ。アイツがお祈り儀式みたいなアレを止め、攻めてきたらアウト。

わたしの身体は本当に動かない。武器を握ったままの両手も、指先さえ動かない。致命傷と言える傷どころか、叩かれ転がった時の擦り傷くらいしか見当たらないのに.....腕を切断された時よりも腹に剣がブッ刺さった時よりも、身体の感覚がない。

おまけに、ここが何処かもわからないので、助けなど期待出来ない。


「.....、......」


魔術の詠唱をするにも声が出ない。無理に声を出そうとすれば血が喉を登ってくる。外部ではなく内部にダメージを与える何かを、あの変態腐敗仏が使ったのか? そんな力があるなら、是非欲しいもんだ。この先わたしは必ず魔女を相手にする時がくる......その時に今の自分のように詠唱しようとしても出来ない状態を数分でも作れるなら最高だ。まぁ、ここを生き抜けたらの話だが。


「さァさァ、寄っといでちこう寄れ、仕置きダ仕置きダ」


何の儀式か、手のひらを合わせてブツブツ言うアレが終わり、腐敗仏はわたしの方を見る。男の顔はギョロギョロと眼球を回し、わたしを捉え止まる。微笑む表情のままクチからヨダレを垂らし、腐敗仏は股の間から虫尻を前へ出し、先端のそれを気持ち悪く反らせる。


......なるほどな。アイツはアレか、やっぱ変態か。


と、諦めモードの脳がこれからわたしが食らうであろう攻撃.....最低な未来を察し、笑う。

魔女と.....虫鳥男? の配合で産まれるのはどんな生き物なんだ? いや何も産まれないか.....魔女は普通の人型種と違って子を産むではなく、召喚するという言葉がピッタリ。つまり子供を宿せない。と、いう事はわたしはあのキモいヤツの玩具になるのか。でも虫や鳥なら卵も.....うっわ、腹ん中に卵飼うのはちょっとイヤだな。どうせ飼うなら格好いいドラゴンの卵とかがよかったぜ。


「.......───」


───ドラゴン。


「足腰足腰、仕置きは好キかい? イケナイ子可愛ラシイ可愛ラシイ」


ドラゴンならここにいる。吹き飛ばされのに手放さなかった【ブリュイヤール ロザ】と【ローユ】はドラゴン素材がメイン素材だ。それにこの剣は───ピョンジャピョツジャの魔結晶も使ってる。

混合種武具キメラウェポンの生産で使えそうな技術を使って生産された武器。確か.....記憶武具メモリアウェポンだったか? 何だか知らねーけど今の状況をどうにか出来るかもなら、やるしかない。


───タイミングは任せる、頼むぜチビドラ。


「ギヒィィィ」


腐敗仏は背中の触手を増やし、それでわたしの手足を拘束し、掴み上げる。醜く反った虫尻をフルフルと震えさせ、ゆっくりわたしに近付いてくる。すると虫尻から鋭利な小刃が数本伸びる。ヌルヌルイボイボしたいかにもな触手。鋭利な小刃は多少自由が効くらしくウネウネと動く。それで防具をダメにしようって考えるんだろうが、そんな粗刃じゃわたしの【ナイトメア】を引き裂けないぜ。それと───汚ぇ触手でわたしの新装備に触ってんじゃねーよ。


「~~~ッ!」


わたしの頭の中を見ていたかのように【ブリュイヤール ロザ】は素晴らしいタイミングで濃霧を拡散させた。一瞬でわたしと腐敗仏を包んだ濃霧は更に濃く深みを増したかと思えば、突然蔓のようなモノが複数伸び、腐敗仏へキツく複雑に絡み付いた。


「!? イケナイ、イケナイ、イケナイイケナイイイイイイィィィ!」


蔓は細く、無数の棘を持つ───荊棘。霧の荊棘は何本も伸び、何本も複雑に絡まり対象である腐敗仏をキツく絞める。そして───全ての棘がまるで細剣のように伸び、腐敗仏を残酷なまでに貫通。後頭部から貫いた霧棘の先端には.....押し出された眼球がわたしを見る。

恐ろしい特種効果エクストラだ.....と思った直後、棘荊は更に腐敗仏から何かを吸収しているのか管部分がゴクゴクと鳴り、捻れるようの蔓と蔓を寄せ合う。対象の全身に絡まる棘荊はよく見ると細かい針もあり、その針から何かを吸収しつつ、捻り合う時に細剣のような棘で対象を強引に斬り裂き、肉片を辺りに散らした。

寄り合った荊棘はそれが一本の太茎のようになり、先端には大きな蕾がひとつ。

蕾はゆっくりと開き、薔薇ロザ.......とは言えない形の花を堂々と咲き誇らせた。


「.........」


この剣のキー素材【濃霧の秘棘】のような───エストックの刃のような棘が腐敗仏を細切れにした事でわたしは触手から解放され、再び地面に落ちる。未だに動かない身体。一方的に登ってくる血液を吐き出しつつ、横眼でバラバラになったモンスターの肉片死体を見る。再生する様子はない。内臓なかみなども散らばっていて死んでからも汚いヤツだ.......それにしても、恐ろしく攻撃的な【ブリュイヤール ロザ】の特種効果エクストラには驚かされたが、どうやらこの特種は所有者───使用者の魔力を糧に発動するらしい。それも特種が発動された瞬間から魔力を吸い続け、終わるまで止められない。わたしこそ魔力ならばいくらでもくれてやれるが、他の人、例えばプンプンなどでは魔力量的に使えない特種効果だ。もし途中で魔力が空っぽになった場合はどうなるんだ? その時点で特種効果は終了するのか、別の何かを糧に続くのか.....今度プンプンを騙してやってもらおう。

などと本当に今はどうでもいい事を考えてしまっている。その間も内部的な違和感は消えず、何度も強制的に血が吐き出され、そろそろマズイ。


「.........」


やはり声は出ない。指先ならば動かせるようになったが、ポーションへ手を伸ばす事は不可能。身体が妙な浮遊感を覚えはじめ、視界は───濃霧の中なので変化はわからない。微かに動く指先で剣を握り、突然眠くなる瞳を閉じる。すると近くでマナが溢れる感覚がした。近くなんてものじゃない、これは......眼の前だ。


「───!?」


瞼を押し上げ眼の前を確認するも、そこには【ブリュイヤール ロザ】の特種効果で発生した濃霧と荊棘の花だけ。このマナは......霧花から感じるのか? 特種効果で産み出した花にもマナ......有り得ない。こういった特種効果で産み出されたモノは生物にはならない。つまりマナを持たない。が、そうなるとこのマナは一体......


「.......!?」


霞む視界で必死に霧花を観察していた時、霧花がハッキリと見える濃度でマナを吐き出した。治癒光にも似たあたたかい無色光のマナの球体を花は次から次へと吐き出し、フワフワと濃霧の中を泳ぎわたしへ。


「.......───、ッ、オエェ、ッ.......うっ.....あァ? 喋れる」


それだけではない。遠かった感覚も戻り、内部の痛みも激しくなる。遅れて来たように痛覚が働き、咳き込み吐血する始末だが、この痛みは.....再生術の痛みと同じだ。内部的に再生術が働いているのか? ならば外傷の擦り傷は───治ってる。

わたしは治癒系の術は全く、1ミリも使えないうえに自己再生や自然治癒なんてチートを持っていない。でも今わたしの体内で起こっているのは再生術。そして擦り傷を治したのは治癒術で間違いない。


「治癒、再生効果を持つマナを......お前が出したのか?」


霧花、そして左手に握ったままの白銀の剣【ブリュイヤール ロザ】を見て呟くも、返事など当然ない。霧花は全てのマナを吐き出し終え、四散するように濃霧へ溶け込み、濃霧はゆっくりと晴れて消えた。


拘束、攻撃、吸収、治癒再生......これが【ブリュイヤール ロザ】の【霧薔薇竜 ピョンジャピョツジャ】のブレス効果.........色々考えたりしたいが、脳が思うように働かず、重力魔術のように突然のし掛かる疲労感に逆らえずわたしは竹林の中で瞼を閉じた。




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