◇310 -濃霧の秘棘-1
竹林でわたしを引っ張り捨てた正体は───見たこともない生き物だった。
ギリギリ人型と言えなくもない形で、大きさは2メートル弱か? 種族の予想も出来ない風貌をしたソイツは、わたしを見て、
「かしこみかしこみ、あなかしこあなかしこ」
と、意味不明、理解不能な事をずっと言っている。
「.......モンスター、なのか?」
アイツがモンスターなのならば、正直言ってヤバイ。
身体───胴や肩、腕は人型種の、つまりわたしと同じタイプだ。しかし腕が四本ある。
足───下半身はどう見ても虫、バッタ系の足がある。
そして頭が大問題。下半身だけが虫ならば半人半虫などの種と言われれば納得できるが、ヤツの頭は “人の顔から鳥の頭が突き出ている” 感じだ。
優しい笑顔の男の右側を貫いて、大きなクチバシを持つ鳥の頭が出ている。
「かしこみかしこみ」
喋っているのが男の顔だというから気味が悪い。
あの腕も.....左右の手のひらを合わせて合掌している手と、腕を広げ指をワナワナと動かしている手がある。
「あなかしこあなかしこ」
この変な生き物はなんだ? フォンを向けてマナのやり取りは済ませたが、モンスター図鑑に情報がないらしい。こいつに近い種族も表示されない.....まず、キモい。
「......お前はなんだ? モンスターでいいのか?」
「おヤ? おヤおヤ、おヤ? 可愛ラシイ子だ可愛ラシイ。こんな夜に出歩いて、イケナイ子だイケナイ子。こっちへお
「あァ? 何かお前ヤバイ雰囲気あるけど大丈夫か? 頭とか鳥出てるし、色んな意味で頭大丈夫か?」
一応.....言葉は使えてるので会話が出来るヤツなのだろう。
「こっちへお
「 ?.....───んなっ、お前頭イカレすぎだろ!」
コイツは本気でヤバイ、と思った直後に眼の前の───変態は背中から先程の蔓のような触手のようなモノを伸ばし、わたしを再び拘束しようとする。コイツが何なのかは知らねーけど、攻撃してくるヤツでわたしの敵という事はよーくわかった。そうと決まれば、ブッ飛ばすまでだ。
迫り来る触手を容赦なく新装備【ブリュイヤール ロザ】で斬り、近付きたくないので魔術を放つ。
「イケナイ子イケナイ子は仕置きがホシイ」
「うっせー! 黙って燃えてろ変態イカレ野郎!」
火属性 下級魔術のファイヤボールをわたしの能力 多重魔術で三回分───24発放った。
下級───初級魔術とも言われるファイヤボールは攻撃魔術の基礎中の基礎。要求魔力も低く詠唱譜も短い。魔女族には省略詠唱と高速詠唱があり、それにより詠唱はほぼない状態で発動出来るので牽制や誘導などには最高の魔術なうえ、多少だがホーミング性も兼ね備えている。虫のように地面を撫で進み、バッタの足で高く跳び回避したと思っている変態イカレ野郎の虫のような尻を狙い、ファイヤボールが空気を焼き進むヒットする。宙で焼け落下するアイツをわたしは剣術で狙う。黒く焦げたシルエットでも見える虫の尻───の尖端にある、先程仕置きがどーのと喋っていた時に晒したクソきたねぇソレをぶった斬る。
「───ンギィィィアァアアァァァ! アッ、アッ」
「きもちわりー声で叫ぶなチンコ野郎!」
先端部分を切断された瞬間、耳障りを越えた声で叫ぶ変態バッタマンだったが、思ってた以上に反応が───ダメージが薄い。竹林に転がったバッタマンは喘ぐように声を出し、身体をビクビクと大きく揺らす。
「まぢでお前何なんだよ.....」
ファイヤボールは18発程クリティカルヒットした。剣術での攻撃もヒットし、切断出来た。しかし何だこの感じは......まるでダメージがないような。
「かしこみかしこみ、かしこみかしこみ」
手のひらを合わせて立ち上がる変態バッタの顔───人の顔は瞼をあげていた。クチは初見同様に優しく微笑んでいるがヨダレが溢れていて、瞳は見開かれ.....白目だった。鳥顔は何も変わらず。
本当に何者なのか、怖くも思える相手を前にわたしは大袈裟に距離を取り、竹林に紛れ数十秒経過してもアイツは動かず「かしこみかしこみ.....」とこちらを見る事もなく言い続けているので、隠蔽術を使ってアイツを観察する事にした。
敵に会って、戦闘中は基本的にハイディングしても意味はないが、今のようにこちらを見る事なく距離もいい感じに離れている場合は不可能ではない。もちろん相当なハイドスキルが必要になるが.....わたしが使うハイディングはスキル、技術ではなく、魔術だ。魔術は支払う魔力量を上乗せする事でその効果を上昇させる事が出来るので、今は普段の倍の魔力を使い隠蔽術を発動。さらに防具の上衣は夜や暗闇だとハイドレートに補正が働く。これで簡単には
「......観察するには充分な効果と距離だぜ」
小声で呟き、竹林の中で合掌を続ける謎の生物へ眼を光らせる。
「かしこみかしこみ、お出でマシ。あなかしこあなかしこ、お出でマシお出でマシ。可愛ラシイ子、仕置き仕置き、仕置きが救いか罪に罰か」
「......───!?」
わたしは危うく声が出そうになった。アイツは合掌中に治癒術または再生術を使ったのかと思うほどの回復をしていた。焼けた肌は完治し、背中の触手も尻の先端も、元通りに。
距離を取って観察したのがまずったか、と思ったがそうではない。治癒だろうと再生だろうと、魔術ならば感知術を使わなくても拾う事は出来た。しかし魔力の反応は皆無......つまりあれは自己再生能力というべきか、ヤツが持つ特性のようなものだ。こんな超再生を魔術なしでやってのけるのは高難度モンスターでもそうそういない。これじゃあまるで───
───女帝と同じようにゃにょが、シルキにゃ居るニャ。
シケットで聞いたリナの言葉がわたしの頭の中で再生された。確か名前は
「おヤ? おヤおヤおヤ? 暴レン坊は隠レン坊?」
......女帝種より感知力は低いらしい。アイツが女帝種と同じステータスだったなら、わたしレベルのハイディングでは無意味。今こうして隠れていられるという事はリビール力は低い、で間違いない。それにどこか知能も低そうだ。
「......これならソロでも狩れそうだぜ」
そうと決まれば作戦会議だ。
まずはこの距離で魔術の詠唱を済ませ、ゆっくり、隠蔽効果が解けないギリギリの速度で接近しつつ回り込んで、致命傷を与える作戦。あの手のタイプはいくら雑魚臭やアホ臭を纏っていてもワンキルはほぼ不可能。ならば隠蔽効果を最大に使った攻撃で第2ラウンドを開始するのが天才。作戦名は.....エミリオハイドアタック。
よし、名前も決まったし早速作戦開始だ。魔女の魔力を隠す魔女のバフ【マナ サプレーション】を自分ではなく次に使う魔術にかけるべく詠唱しつつ、
予想よりも感知力が優れていたのか何なのか知らないがこちらを見て、わたしを見た時点で隠蔽効果は消える。便利であるようで不便なもんだなハイディングは。
バレてしまったならばタイミングもクソもない。わたしは詠唱終了状態の炎魔術を放つ。炎の渦が周囲の竹を焼き焦がし進み腐敗仏を燃やし、炎は鼻などから体内に入り込み更に温度あげる。
「燃え腐れクソ野郎」
最後に魔力を拡散させるようにグッと、こうグッとすると、炎は対象の中で爆散するように広がり消える。範囲、威力、速度、そしてエグさ、上級魔術と呼ぶに相応しい魔術だ。
爆散の余韻が周囲の温度を上げる中、わたしは【ブリュイヤール ロザ】に緑色光を纏わせ突進系の剣術へ───風属性を盛り、腐敗仏の首を狙って近接攻撃を開始。まだプスプスと煙を吐き出すヤツの身体、黒焦げの眼。再生も回復も追い付いていない。殺れる───と確信した直後だった。
「可愛ラシイ子イケナイ子」
まだ黒焦げで、熱も全然冷めてない状態。腹も内側から破裂しているようで皮膚も焼け溶けている。眼球も完全に焼き消した状態なのに───わたしの動きに合わせるように右腕を二本上げ、叩き押すように手のひらを押し出す。
剣術はもう立ち上げているので今無理に動くとファンブルする。狙いを首から右腕に変更───
「───は?」
ヤツの手のひらは馬鹿げたサイズに肥大化し、予想を遥かに越える攻撃速度を前に、わたしは叩き落とされた。
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