◇312 -歓喜天-1
足の早い雲がシルキ大陸から見える月を隠した。
「月が隠れちゃった」
シルキ大陸【龍楼城】の屋根から月を見ていた女性───【しのぶ】は唇を尖らせ夜空を眺めていると、
「烈風が戻って来たよ。ちょっと降りて来て」
と、下───龍楼城の最上階から声が届き、しのぶは身軽な動きで屋根からくるりと回り開かれていた窓から城内へ戻る。着地もスマートで最小限の物音。彼女は影と呼ばれる妖怪───忍者だ。
城内には丸机と椅子が5つ用意されているが、埋まっているのは3席だけ。今からしのぶが1席座るとしても、あと1席残る。
「あれ? 今日も彼は来ないの?」
椅子をひきつつ発言すると、ヌエは無言の笑顔で頷く。
「いいなー。私もサボってお金もらいたい」
しのぶは椅子へ座り、面倒そうに溜め息を吐き出した。龍楼城───龍組の本拠地。その最上階に集まった4名の妖怪。
屋根で月を見ていた妖怪
声をかけた妖怪
他国から帰還した妖怪
椅子に座り、机に足を乗せている妖怪
「話があるんだろ? さっさと始めてくれ」
白蛇は踵で机をコンコン叩き言い、革袋の硬貨を数える。白蛇としのぶは金で龍組に雇われた妖怪、傭兵のようなもの。ヌエは「払うもの払えばしっかりやってくれるヤツの方が信用できる」と言い、次々に傭兵を雇い、華組を追い込む。
「じゃあ、サクッと始めましょうか。烈風、外には黄金楼華結晶って本当にあったかい?」
ヌエはニコニコした表情のまま話を始めた。
「黄金楼華結晶じゃなくて、黄金魔結晶ね。あったけど入手できないね~。諦めた方がいい」
「そりゃ残念だ。でもあったんだ......和國を統一出来たら外へ行こうか。色々面白そうなモノもあるんだし」
烈風が冒険者としてウンディー大陸に入った理由は【黄金魔結晶】を入手するため。長年冒険者として暮らしていた事から、相当昔から黄金魔結晶の情報が和國に流通していたらしい。物凄いパワーを持つ楼華結晶───魔結晶。それを入手し、華組を力任せに黙らせてしまえばいい。ヌエはそう考え、烈風を外へ送った。
「面白そうなモノって何だ?」
硬貨を数え終えた白蛇は話を進めつつ自分の有利になる情報を収集するため、ヌエの言葉に食い付く。基本的に強い相手と戦闘出来れば満足という性格の白蛇。傭兵として稼ぐのではなく、強者やモンスターと戦闘し、戦利品で稼ぐのが白蛇のスタイル。傭兵として契約した理由は金も稼げて強い相手が終わるまでいる状況が楽だったからだ。獲物を探す手間が省けるから、と言った所か。
「外には凄い力を持つ世界樹ってのがあるみたいなんだ。
「ヌエ、それはどういう事?」
烈風はヌエが世界樹について知っている事に驚いたが、無視出来なかったのは “猫の掃除が終わったら” という発言だった。
「え? どういう事って.....そのままの意味だけど」
「掃除が終わったらって、既に掃除要員でも送っているような言い方だったから」
「あー、そういう事ね。うん、送った送った。今頃は猫の巣に到着してるんじゃないかなー? で、それがどうした烈風?」
ヌエは庭先にある蜂の巣を駆除するような感覚で、猫人族の里を潰す発言をさらりとした。自分達の生活のためなら他人を犠牲にしても何も思わない。いや、他人の犠牲などを考える余裕もないほど、シルキ大陸は病んでいるのかもしれない。それでも烈風にとって猫人族も外の大陸の者達も大切な存在。
「世界樹はもう死んでる、猫人族をどうこうしたって今更意味ないんだ! すぐにその掃除要員を止めろ、ヌエ!」
「世界樹って死んでるの? それを早く言ってくれなきゃー。でももう止められないよ。腐敗仏予備軍に命彼岸を植えて送ったからね。世界樹は死んでるのか.....じゃあ猫人族は犬死.....ならぬ猫死にか?」
「腐敗仏───何て事を.....猫人族は今ウンディー大陸と同盟している! 里で腐敗仏が暴れでもすればウンディー大陸は確実に和國へ来るぞ!?」
「来ない来ない、だって腐敗仏.....
「歓喜天が居たなら殺りたかった。まぁ後で行ってもいいか。それよりどうやって
「私も早い所終わらせたいし、華組の本拠地に攻めて終わらせちゃえばよくない?」
しのぶも猫人族とやらに興味なしで話を進める。
烈風が予想していた以上に、シルキ大陸は───ヌエは病んでいた。他人の命をモノとしか見れないまでに深く病んでいた。
◆
龍組の最上階の空席につくべきだった存在は今───
シルキ大陸1治安が悪い街.....いや、最早ルールも何もない無法地帯の大都市が廃楼街。
まともな者は近付こうともしない破棄された街。
「俺の故郷より酷い街だな......」
両眼を隠すように巻かれた黒革と、伸びきった真っ白の髪を持つ男性。
「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん、おひとつどうだい? 安くするよ?」
ボロボロで煤けた服───最早服とは呼べない布を身に纏う中年の男性が手に持った何かを差し出しつつ、革メカクシの男へ歩み寄る。
「それは何だ?」
「こりゃ上物よ、一発で天にも昇る気持ちを味わえるぜぇ。5000v、または.....女1でどうだい? 他じゃこんなに安くぁないぜぇ?」
「それは何だって聞いてるんだ。次答え以外を喋ったら埋めるぞおっさん」
「怖いねぇ! そう怒るなよ兄ちゃん。コイツは麻薬さ。上物と言えば女子供か薬物、この街じゃ当たり前だろ?」
「.......はぁ。俺はいらねぇから二度と話しかけんな。じゃーなおっさん」
手をヒラヒラと揺らし男が断ると、
「おいおいそりゃないぜ兄ちゃんよぉ、この手の上物はそこいらじゃ手に入らねぇんだぜ? 女に使えば最高の玩具になるってのに勿体ねぇこったなぁ。なぁ?」
男性は諦めず男へ言い、一歩一歩近づく。すると男の影が少しずつ伸び、男性の足元まで影が伸びた瞬間───まるで影部分が沼のように男性の足を飲み込む。
「ヒィ.....な、なんだこれ!? た、助けてくれ!」
「二度と話しかけんなって言ったよなぁ? なぁ? それとおっさん......お前今まで “助けてくれ” って言ったヤツを助けた事あるか?」
「おい! 早く引き上げてくれぇ! このままじゃ地面に飲まれちまう! この薬と.....女! 女もつける! 歳はいくつがいい? ガキなら2~3人すぐに用意出来るぜぇ!? なぁ!? 助けてくれよ兄ちゃんよぉ!」
「.......次答え以外喋ったら埋めるっつったよなぁ?」
男の影は徐々に男性を飲み込み、首まで飲まれた所で男は影を引く。すると───果実が潰れるような音を響かせ、男性の首から下が地面の中で潰れ、首が転がる。
「本当、俺の故郷.....デザリアのラビッシュより酷い街だなここは」
男の名は【トウヤ】
妖怪でもアヤカシでもなく、人間とも呼べない存在。
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