◇309 -猫の抜け道-4
激流に飲まれたわたし、手品師風装備の魔女エミリオさんは今───海岸にいる。
海特有の変な香りと波音、そして手には小さなカニ。
「......どこの海岸だ?」
猫の抜け道という海底洞窟を見事に崩壊させてしまったわたしは流れ込む海水に飲まれ流され、謎の海岸に到着していた。このカニがわたしの可愛らしい鼻を挟み、その痛みで眼が覚めたのだが、すっかり夜になってしまっていた。ワナワナと慌てるカニを放し、わたしは立ち上がる。
激流に飲まれる直前、水の中でも数分間なら呼吸可能になるバフをかけたので死にはしなかったが、出来る事なら酸素球に包まれる系のバフを使っていれば壁に衝突した際でもいい感じに防御出来ただろう......まぁそんなバフわたしは使えないんだけど。
わたしはここが何処なのかを調べる前に、辺りを確認する。
「誰もいないな......気配もない」
最近コツを掴んだ策敵術も使用し、周囲に人やモンスターがいない事を確認し、フォンを取り出して装備を一旦全てフォンポーチの中へ戻す。これによりわたしは今下着状態となる。こんな所を誰かに見られると「謎のストリッパーが海岸にいやがった!」「凄く可愛かった」「結婚したい」と噂が広まり盛り上がるだろう。しかしその盛り上がりはわたしの求める盛り上がりとは違うので勘弁だ。
わたしは風魔術を使い濡れた髪を一瞬で乾かし、一度アイテムポーチへ収納した装備をすぐに装備状態へ戻す。すると海水に濡れ砂に汚れた装備は綺麗な状態になり、わたしを包む。
防具───装備だからこそ出来る方法で、これが服などだった場合は洗濯やクリーニングをしなければ何も変わらない。下着は防具ではないので別の物に変えた。数ヵ月前あたりのわたしならば気にしていなかった事だが、余裕がある状態ならばこうして装備はケアすべきだと学んだ。そうする事で持ちが違うらしく、メンテする鍛冶屋も楽になり、メンテ料金も安く済むとか。
「おし.......で、ここはどこだ?」
風魔術で髪を束ね結びつつ、今度は周囲に建物などはないかを自分の眼で確認する。
キョロキョロしても建物は見当たらない。木は生えているがそんな物見ても.......木?
わたしの記憶が正しければ、猫人族の里付近の海岸に木は生えていなかった。それに、今はわたしが見ている木はウンディー大陸などでも見た事のない形の木だ。これは......わたし死んだのか? 実は死んでて、なんかそういう感じの世界で目覚めてしまったパターンか? あの木もウネウネした形だし、海岸の雰囲気もわたしが知る海岸とは全然違うし......まぢでわたし死んだ? いやでもフォンは動いたし装備もちゃんとあるし、足もあるけど......もしかしてお化けって足とか普通にあったりする? え、どっかにわたしの死体とか転がってるのか? そこに入れば復活みたいな流れ? ならば簡単だ。自分の魔力を感知してみれば速攻死体は発見出来る。
「.......、.............、やべぇ死体がねーぞ.....」
死体だから感知出来ないんじゃね? いやでもマナ分解とかあるし、魔力じゃなくてマナの感知をすればきっと見つかる。それに魔女なんだから死んだ時は【魔女の瞳】や【魔女の魂】がその場に残る。それには魔力があるし.....とりあえず感知対象を魔力だけではなく全体的に───
「───ん!?......この感じ、命彼岸に似てるけど違う」
ユニオンで笠の男が咲かせた真っ赤な花【命彼岸】は独特な魔力のような魔力ではないものを微かに纏っていた。それを更に濃くしたような雰囲気を今わたしは感知した。そしてそれはここへ向かってきている。敵───モンスターならシカトすればいい。人.....会話出来る生き物ならば色々聞きたいし、とりあえず待ってみよう。
フォンから箒を取り出し、わたしはここにいますよ! と言わんばかりにバフ魔術をかける。もしここへ向かって来ている相手がヤバそうなヤツだったら全速力で飛べるように速度上昇のバフだ。さぁ来い! 誰か知らんけども!
「───お!? 人! アタリじゃんラッキー! いよーう! 元気だったか!?」
「え?......ん?」
反応した、戸惑った、困った、喋った! つまり、会話出来る!
「ごめ、気にしないでくれ。兄さんちょっといいか? いいだろ?」
黒髪......前髪辺りは白いけども、そんな髪色の和國装備の男が、わたしの前に現れた。話しかけつつ感知した所、この人がさっきわたしが感知した命彼岸風の雰囲気を持つ人物で間違いない。
「わたしは迷子の迷子の───」
───何て言うべきだ? 魔女と言った途端、あのでっけーカタナで襲い掛かられる危険もなくはない。ここは冒険者か? いや.....冒険者なのに迷子ってダサすぎる。ならば......これしかない。
「......わたしは迷子の帽子! とりあえずここがどこなのか知りたいんだけども、教えてくれないか?」
「帽子? 迷子の帽子......そうか、迷子か。オイラはあるふぁ。ここは海岸だよ」
あるふぁ と名乗る男はここが海岸であると言った。そう、ここは海岸なのだ。どこをどう見ても、海岸。
「......海岸なのは見てわかるぜ。えっと.....近くに街とか何か建物とかない?」
「.......キミはどこから来たの?」
む? 何だアイツ、雰囲気が変わったぞ。
これは地雷を踏まないように上手く誤魔化しつつ情報を......
「.....波に流されて、ここに到着したんだ。だからとりあえず人がいる所で休みたいなって」
「そっか、えっと、キミは帽子の妖怪?」
妖怪!? 妖怪って......わたしそんな顔してたか!? それに帽子の妖怪って......どんなだよ。でもまぁ、
「そう、帽子妖怪だぜ! こう湿った場所にいると気分が悪くなんだよな......方向だけ教えてもらえれば後は自分で行くからさ。どっかに街ないか?」
長い人生だ。妖怪になってみるのも悪くない。
「うーん、そうだな.....そこの獣道を通れば道に出る。そこには立て札もあるから、自分で確認するといい。知ってる村や街の名前があるといいね」
お、結構いいヤツじゃん。
「ありがとう、助かったぜ。んじゃわたしはこれで」
「うん、気を付けてね」
「へい、サンキューな!」
箒で飛んで行きたいが、帽子妖怪なのでここは歩く事に。早歩きで獣道をかき分け、あるふぁが見えなくなった所で箒に乗り飛んだ。するとすぐに噂の立て札があった。
【←京】【龍楼街→】【↓香集村】と雑な字で雑に書かれている。わたしが来た海岸はこの立て札風に言うと【↑海岸】になるのか? と、どうでもいい事を考えつつ、街や村があるであろう方向を見る。
「何て読むのか知らないけど、名前的にいい香りしそうな村にしよ」
わたしは【香集村】を選び、箒で飛んだ。
香りが集まる村.....美味しそうな食べ物とかありそうだし、そこで情報を集めつつシルキ大陸を目指す事にしよう。理想は「俺がシルキまで連れていってやるよ!」とか言う漁師系に会って船を出してもらえれば最高だ。
「~~~ッ.....ねむてーな」
少し疲れたので箒に寝転がり、フワフワ飛ぶ事にした。自分で言うのもアレだが、わたしは箒の上だと最強のバランスを披露出来るのだ。魔女の中でも最強のバランス力を持つ魔女なのだ。つまり天才───
「──────あァ!?」
アクビをしながらフワフワと箒で飛行していたが、決して気を抜いていたワケではない.....と思っていたが、今わたしの身体へ───箒ごと腹部を蔓とも言えない謎の何かが縛りつき───
「───んが!?」
一気に引っ張られ、竹林の中で絡まっていた何かがほどけた。一気に引き寄せられ、その速度のまま放り捨てられたが、箒も一緒だったので地面に衝突する前に箒で空へ上がり、なんとか体勢を整える事に成功した。それにしても、
「何だってんだ!? くっそ」
今の蔓のようなモノはなんだ?
あの時は気配も魔力も感じなかったが......今、気配をハッキリ感じる。隠蔽でもしていたのか知らないが、攻撃的な行動で気配は一気に溢れ出たのだろう。ハイディング中に一撃確実に入れれるならそれで殺さなきゃ即バレするって知らねーのか?
「そこにいんだろ? 出てこいバカヤローぶん殴ってやっから! 来ないならこっちから行くぞ陰険クソヤロー.......あ?.....な、んだ、コイツ」
◆
仲間を迎えに猫の抜け道まで足を運んだアヤカシのあるふぁは、帽子妖怪と名乗る人物と遭遇し、その帽子妖怪は質問するなり、すぐに消え去った。
「......帽子の妖怪ってどんな妖怪なんだろう」
呟きながら、猫の抜け道である海底洞窟へ進み、到着した洞窟の入り口には海水が揺れていた。
「え!? なにが......中も海水が......洞窟が崩壊したのか!?」
あるふぁの予想は見事に的中。洞窟内は既に海水で一杯になり、通れる隙間もない。
「
海底洞窟の崩壊は予想外な事だったが、アヤカシや妖怪にとっては深刻な問題でもないらしく、あるふぁはあっさりと帰っていった。
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