-笠-

◇292



太陽が顔を出し始めた頃、街の復興作業は様々な音を奏でる。

ハンマーの音に始まり、人の声は様々な色を持ち、大きな何かを運ぶ擦れる音や硬い石や鉄を削る音。

そして───雨で奏でられる鈴の音。


アイレインの復興作業が本格的に始まって既に二週間───女帝討伐から二週間以上経過した朝、わたしは復興の音と共に目覚める。


「あ~.....ねっむ」


テントの中で重い瞼を押し上げられず、クチからガラガラ声を出したわたしは鬱陶しく伸びた髪をワシャワシャと掻いた。


「~~~っ......」


上半身を起こしエアベッドに座る形で数分停止、もう一度大アクビが昇り出てようやく脳が活動を始める。


「......職人の連中は朝はえーな」


もちろんわたしの事ではない。アイレイン復興へと力を貸すためアルミナルから来た職人達の事だ。


「───で、今日は.....お、起きたか寝腐れ魔女」


誰かと会話しながら寝腐れ魔女様であるわたしが寄生さているテントを開いたのは、今微かに聞こえる雨鈴の修復に力を貸した───というか多分あれは楽しんでやってた───音楽家ユカ。


「よぉ.....ねむてーよぉー」


「朝の挨拶はおはようだぞ」


大アクビを入れ、わたしは音楽家と共にテントへ現れた者を見る。

濃いピンク色の髪の毛を毛糸玉のようにセットしているのは猫人族の地獄耳、ゆりぽよ。


「にゃはは、エミリオの髪型やっばいニャ」


わたしの事を “フロー” ではなくエミリオと呼ぶようになったゆりぽよ。だっぷーやるーもわたしをフローとは呼ばなくなった。


「よぉ、もう怪我は大丈夫なのか? お嬢ちゃん」


わたしはゆりぽよを手招きしつつ言い、わたしの前に来たゆりぽよの耳をホニホニと触る。


「もう大丈夫ニャ! あと、耳は怪我してにゃいニャ」


「知ってるニャ。この何とも言えないホニホニ感が好きなんだぜ.....~~~っ、眠くなってきた」


ゆりぽよは女帝戦で怪我したワケではなく、プンプン戦で怪我───にしては重すぎるダメージを負ったらしい。その場にわたしはいなかったため話でしか聞いていないが、相当な傷を負ったとか。

プンプンのSF突破も元を辿れば【クラウン】が関係している事になる。リリスが【レッドキャップ】をあっさり裏切ってピエロギルド.....ギルドではないが、フローの仲間になった事については1ミリも驚かなかった。


「傷はリピニャが綺麗にぃ治してくれたニャ。再生術を初めて受けたげど、あれ地獄にゃんだニャ.....」


「あー、あれ泣き声も出ないよな.....わたしも腕モゲラなった時くっつけてもらったけど、腕モゲラなった時より痛かったぜ」


わたしとゆりぽよが再生術の痛い思い出を語っていると音楽家がハサミを取り出し、


「今日髪切るんでしょ? 再生術経験者なら、多少頭切っても問題なさそうだし気が楽になったわ」


シャキシャキとハサミを鳴らし、わたしを見る音楽家の眼はどこか危険色が。


「まてまて、今起きたばっかりだからもう少し待って」


「起きたのね。二度寝したなら寝てる横でファズ繋いで爆音ダブルチョーキングしてあげたのに」


ファズとかダブルなんとかとか、全然わからないが雰囲気的に安全性を見出だせなかったわたしは素直に起き、顔を洗うため外へ。ふたりもわたしを起こすため兼朝食への誘いでテントに来たらしく、一緒に出る。


「おぉ、今日は晴れてんのな」


「雨だけどニャ」


「ここは年中雨だけどね」


晴れ空に降る小雨はやっぱり綺麗だった。





顔を洗い、朝食を寄生しにいくため、アイレインを歩き進んだ。途中で瓦礫の撤去を魔術で手伝ったり、石材へ対象の重さを軽くするバフをかけたりと地味に復興作業を手伝い、復興を頑張ってる人達だけが頂けるありがたい朝食を求め、大鍋がグツグツと煮えている【しし屋 アイレイン露店】へ。ボランティアでやっているしし屋露店は料理の器だけでなく、店主の器の大きさも見事だ。お金を取れる味で好きなだけ食べてくれスタイルは労働嫌いなわたしでもスルー出来ない。


「よぉ、キノコ。今日はなに?」


「お、今日は早起きだねぇー!」


朝からいつものテンションを見せるキノコ帽子は大鍋でスープを作っていた。


「おー、野菜沢山のスープですか。いいですないいですな」


わたしは大鍋を覗き、初見の感想を言っていると───


「いよぉーうババー! その顔は食いもん欲しくて寄生しにきたって所か? たいした働いてねーのに汚ねーババーだな」


と、天使のクソガキみよが既に着席状態で言う。隣にはいつもの黄金色の髪だが頭には耳───のような感器官を持ち背腰からは九本の尻尾が伸びる魅狐プンプン。その隣には隻眼という妙に強者オーラとツンとしたオーラを出す半妖精のひぃたろ。そして義手を晒し出しているワタポがいた。


「おーおーおーおー、揃いも揃ってタダ飯に湧く寄生虫ですかお前様方。考えがキタネェーなぁー? 特に天使族」


「はっ、ババーが何か喋ってるけど誰からも相手にされてねーとか、さては孤独死レールに乗ってんな?」


「あー悪い悪い、アホには難しい言葉使っちまったぜ。天使様は頭が弱いで有名だもんな。わたしのレベルで言葉選んじまったぜ」


最早挨拶となった喧嘩の売り合いを終え、わたしは4人の正面の席へ座る。

この4人も復興の手伝いをしたり、結界マテリアが直るまでは街周辺にモンスターが湧いていないか感知したり、モンスターがいた場合は追い払いor討伐へ向かっていたのをわたしは知っている。

が、最近はみよ───みょんとのこのやり取りが妙に好きでフェアリーパンプキンズを巻き込むように喧嘩売り挨拶をしている。

猫人族のゆりぽよ、音楽家ユカも席につき、なんて事ない会話をしていると復興ガチ勢達も続々としし屋露店へ。

こうなるともう朝から祭りだ。復興の具合を言い合ったり、建物の設計図を広げどうでもいい部分のデザインや素材について語り合ったり、職人達は朝から元気がいい。その中に鍛冶屋ビビ&ララ、そしていつの間にか音楽家まで加わっていたりと、本当に賑やかだ。


「おはよう、隣いい?」


「いいニャ─── おー! リピニャ! リニャの二日酔いどーニャ?」


相手を確認する前に返事する辺りがゆりぽよの適当な所。そして猫人族の酒呑み女リナは今日も二日酔いらしい.....「二日酔いがエグいニャ~マタタビもぉ吐けないニャ~」と謎の歌を毎日のように聞いていた時点で二日酔いも三日酔いもない。


「リナは爆睡してるよ、酔っぱらってても復興を手伝うんだから危なっかしくて見てられないわ」


「んにゃー.....バリアリバルにぃ移住するにゃら、雨街の復興を手伝うべきってみんにゃにぃ言われたからニャ」


女帝後、猫ズは一度里へ戻りバリアリバルへ移住を考えている事を同族へ伝え、快く頷いてくれたとか。今や猫人族とウンディーと同盟する形で手を取り合っているうえ、セツカという人間をえらく気に入っているからこそ問題なく移住の話も通ったのだろう。行きたい猫は行き、残りたい猫は残る。猫らしく自由でいいじゃん。

そして、ゆりぽよの隣に座った女性は細かいデザインのグラスチェーンと赤い眼鏡を装備しているリピナ。

今回の件で姉と親友を失った彼女だが、ヤケになったりする事なく、今まで通り───今まで以上に治癒術師として、医者として頑張っている。その間でも復興の手伝いへ現れたりと忙しそうだが本人がそうしていたいらしいので誰も止めない。


「リピナ、そのチェーンと眼鏡イカスな。どこ産?」


わたしは何気なく話しかけてみると、小さく笑って言う。


「ありがと。これは....チェーンはラピ姉産、眼鏡はルビー産で、レンズは自前よ。イカスでしょ?」


「イカスな、今度無断で借りるぜ」


「OK、無くしたら真っ先にアンタを疑うわエミリオ」



数日前は空元気に思えたリピナも今は元気───までいかないが空元気が抜けている様子で安心した。

雨の女帝事件から数週間経過して、みんな小さくても確実に前に進んでいる。


「できたー! 待ちくたびれダケにしてごめんね、朝ゴハンできましたよー!」


しし屋の元気な声に全員が待ってましたと声をあげる平和な朝が始まった。





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