◆286



地界───ウンディー大陸にある年中雨が降る街アイレイン、通称レインタウン。晴れ空でも降る雨は虹を創り、色とりどりの傘が街をカラフルに染めるどこかオシャレな街。

立派な教会があり、そこでは6月に結婚式をあげる者でさらに色付く美しい街も───今は重たい雲が空を覆い、崩壊状態に。


奇跡的に綺麗に残っていた教会へ冒険者や騎士が集まり、怪我の治療や今夜起こった事の整理などを各々していた。


【大玉から転び落ちそうなピエロのシルエットマーク】を残す謎の犯罪者【クラウン】が再び地界へ現れた。

何十年、あるいは何百年とそのマークを残しては姿を見せず消えていた道化がついにその姿を見せた。

大きなグルグル眼鏡を装備したボサボサの青髪を持つ魔女【フロー】がクラウンのジョーカーでありリーダー。

限りなく黒に近い緑の髪と紅玉色の瞳を持つ魔女【ダプネ】と、元【レッドキャップ】として罪を重ねてきた死体操師ネクロマンサー や 死体人形師ネクロフィリアなど数々の異名を持つ【リリス】をメンバーにしたクラウン。

このアイレインで数々の命を奪い、さらには冒険者1名を何らかの手段で女帝化させ、暴れさせるという予想も出来ぬ事件を起こし、姿を消した。

しかしリーダーのフローは「遊ぶために準備をする」と言い残していた事から、今後大きな動き───今まで以上に表での動きがあると予想できる。

現在地界には【レッドキャップ】という最悪の犯罪ギルドが存在しており、以前は放置───手を出す事さえ危険とされていたが、今は全力でレッドキャップを拘束───または討伐する事をノムー、ウンディー、イフリーの三カ国が決定した。このタイミングで現れたクラウンの存在。三カ国にとってはまさにジョーカー、最悪なタイミングで最悪なカードを引かされた気分だった。


レッドキャップとクラウン、他にも厄介な犯罪者が蠢く地界。イフリーの代表はクラウンの手によって命を奪われており今後の方針などを決める事は出来ないが、ウンディーとノムーは十中八九同盟するだろう。

SSS-S3-トリプルの犯罪者(犯罪ギルドまたは組織)がふたつ存在している地界で、大陸同士が手を組まない選択肢はありえない。最早この問題───レッドキャップの存在とクラウンの存在は世界的な問題と言っても過言ではなかった。

両犯罪者集の狙いが───クラウンは他にも狙いはあるが───人工的に生成された【黄金魔結晶】だと判明した今、地界だけの問題ではない。もちろん地界でケリをつける事が出来ればそれに越したことはないが、万が一どちらかが魔結晶を手にした場合、地界だけではなく外界、天界をも攻撃する恐れが充分にある。


この【黄金魔結晶】の件なども今後行われるであろう四大陸会議で議題となり、隠れていた詳細も明るみになる事と思われる。


今回起こったクラウンの事件、雨の女帝事件───エンプレスアイレインは地界の歴史に刻まれるほど大きな事件となり、外界などにも広まる事になるだろう。


クラウンの存在はどんな小さな事でも無視出来ない、危険度が最大ランクの存在として地界の者達の記憶に深く刻まれた。



癒える事のない大きな傷を残して。





忙しそうに治癒術師が走り回るアイレインの教会から、わたしは外へ。

鬱陶しく伸びた髪を適当に束ね結び、幼い頃はガホガホだったキャスケット帽子を被り、崩壊したアイレインの街へ。

治癒術師とまでは言えないもののワタポも治癒術が使える。軽傷の人を治癒するため忙しそうにしていたので声をかけず、ハロルドは治癒術師と言えるレベルの治癒術、さらには再生術まで持っているため、あっちで呼ばれこっちで呼ばれ、本人は面倒そうに溜め息を吐き出していたが、満更でもなさそうだった。

しし屋は治癒術、だっぷーはポーション類の生産でこれまた忙しそうだった。

意外だったのが ゆきち と みょん ───後天性吸血鬼のマユキと天使族の少女みよ。ゆきちは血を舐め、相手のどこが悪いのか、どこが傷付いているのか内部的な部分の損傷まで拾える有能吸血鬼だった。みょんはあの性格で物理武器を持っていたくせに、治癒術が出来る天使だった。

ほかにも手伝いをしている人や怪我で安静状態を強いられるピンクの猫などがいて、全体的に忙しそうだったので誰にも声をかけずひとり教会を出てきた。


雨の女帝───ルービッドとの戦闘からまだ2時間弱。

つきさっき居たであろうアイレインの街も、こうして見てみると復興出来そうな崩壊具合だ。勿論時間はかかるだろうけども。


「......ん?」


崩壊した建物を見ていたわたしは、魔力───と言っても魔術などは使っていないので雰囲気に近い魔力───を感知した。魔女力ソルシエールが閉じ込められていた扉を抉じ開け破壊した事で、魔女として本格的に魔術や魔力、マナなどに敏感になったのは喜ぶべきか悲しむべきか.....今は正直ひとりでいたい気分だったが、知っている魔力を感知してしまったうえ、今この魔力の主は一番辛い想いをしている人物。その人物もひとりでいたい気分かも知れないが、妙な気を起こされても困るので一応姿だけでも確認しておきたい。


瓦礫の隙間を縫うように進み、わたしは魔力の主───リピナを発見した。


「......エミリオ」


少々近付きすぎたか? と思ったがバレてしまったならば隠れる事もない。そもそも隠れるような事をしたワケでもないので必要なかったが.....声をかけ辛いという雰囲気はあった。


「よぉ.....雨に当たってると風邪ひくぜ?」


「うん.....でももう少しだけ」


「そうか、風邪ひくまえに教会戻れよ? みんな心配してるぜ。んじゃ」


「アンタも雨を見に来たんでしょ? 隣いいわよ」


「あー.....、んじゃそうするわ」


別に雨を見に来たワケではないが、今リピナがわたしを誘うのは不思議だったので隣へ。濃い青色のペンキが所々剥がれたベンチに腰掛け、全然興味のない雨の夜空を見上げた。星もなく月も雲に隠されている雨空を見ても秒で飽きるが、今は黙って空を見上げる事にした。するとリピナはわたしをチラリと見て、


「アンタそれ診てもらわなかったの?」


頬から顎のラインにかけての擦り傷の事を話題に出した。


「なんか忙しそうだったし、別に痛くないし、後でいいかなって」


「バイ菌でも入ったらどうするの? 治癒してあげるからこっち寄って」


「お、おう」


ふんわりとした光が頬を心地好く温め、擦り傷はあっという間に完治。傷が深くなかったとはいえ数秒で完治させてしまうから治癒術は凄い。


「サンキュー」


「ううん。治癒術師の仕事をしただけよ」


曇るように沈む声質。視線も下へさがり地面を打つ雨を数えるように沈黙が。

治癒術師.....剣術や魔術にはそれに対しての知識と技術、そして思い切りが必要になる。新たな剣術や魔術を覚えるには技術が要求さ れ、対応するには知識が。そして新たに生み出すには知識と技術と思い切りのある発想が要求される。剣術には剣術の、魔術には魔術の。治癒術も同じく、治癒術専用とも言える技術と知識が要求されるうえで、治癒する場合の傷や怪我の具合などの知識も要求される。

最も神経を使う術が治癒回復系だと言う人もいて、わたしもそれには同感だ。それを簡単に───と言っても想像出来ないほどの努力を過去にしてきたであろう───リピナは使う。

治癒術師として、再生術師として、医者として、リピナはウンディー大陸一の治癒術師、地界の凄腕ヒーラーと言っても過言ではない。ハロルドの治癒、再生も中々にハイレベルだがやはり治癒特化のリピナはそれを上回る。

さらに能力ディアだ。触れた相手のどこが悪いのか、どのレベルの怪我なのか、病気などはないのかを触れるだけで即座に拾える能力はリピナにぴったりな能力。

知識、実力、能力、その全てが凄い存在で、パーティメンバーに居るだけでも心強い。


「.......私、ヒーラーなのにさ、医者なのにさ」


「ん?」


「助けられなかった。救えなかったよ。お姉ちゃんの事もルビーの事も、他のみんなも、全然助けられなかった、救えなかった」


普段、どちらかと言えば気が強いリピナ。結構なメンバーが居る中でもフォンを触って、話が中々進まない場合は「いやそれより○○はどうなのって話でしょ」などとクチを出す中々の精神力を持つ人物だったハズ。しかし今は両眼に雨粒のような雫を溜め、声を震えさせていた。


「.....ルビーのギルドも、イフリーの偉い人も、ノムーの騎士やイフリーの軍士も、ウンディーの冒険者も、助けられなかった」


「........」


わたしは無言でリピナの話を聞き続ける事を選んだ。簡単に「リピナは凄い」だの「仕方ないよ」だの言う気はないし、言った所で無責任すぎる言葉に何の意味もない。それに、そういう言葉が欲しいだけならわたし以外の誰かに話すだろう。


「ヒーラーなのになんで戦場にいなかったの? 何のための治癒術? お前はヒーラーだろ? ここで何やってる? ってルビーとお姉ちゃんに言われたんだ。私がもっと早く決断して行動出来ていれば救えた命があったかも知れないのに」


「.....お前ひとりがその気になれば世界全員を救えると思ってるのか? 誰も死なないと思ってるのか?」


「そんな事は───」


「そんな事は不可能だぜ。ひとりの限界なんてこんなもんだ。でも、お前がいたからわたし達は今生きてられてる。わたしは死んだ事ねーから死んだ人の気持ちはわかんねーけども、生きてる人からすりゃヒーラーも医者も凄く助かる存在、助けられた存在だぜ」


「......」


「お前が今何を思って、今後どんな行動をするのかわたしは知らんけど、ヒーラーとして医者として今より更に上を目指すなら───わたしの怪我とか治してくれよ」


「......うん」


「お? うんっつったな? 約束だぜ? わたしは今以上に無茶すると思うし、他の人も今以上に無茶したり怪我したりすると思うぜ? 凄腕ヒーラーレベルじゃ治せないような怪我もすっかもな」


「はぁ? それじゃ私には治せないわよ」


「おう。だからもっとすげーヒーラーになって、しし屋とかも治癒系だろ? その辺りとがっちし連繋とってわたしの怪我とか治してくれよ」


「アンタ.....今以上に無茶苦茶するって、今後何するつもりよ」


「そりゃお前、あれだぜ? 無茶苦茶無茶するつもりだぜ? ショボい怪我してるヤツは放置して、わたしを優先に治してくれよリピナ」


「それは無理。アンタの言うショボい怪我でも私にとっては怪我人。放置なんて出来ない」


「ほー、そうか。んじゃ教会にいるショボい怪我人を早く診てやれよ。ウジウジ悩むのはその後にしてくれると助かるし、助けられた人達は感謝するぜきっと」


「───......エミリオってたまに男前な雰囲気出すよね」


「イケメンだろ? その言葉アスランやマフィア、アクロス辺りに言ってみろよ。祭りになるぜ」


「マフィアって誰よ.....」


「とにかく今は教会へ行けよ。ギルメンが必死に治癒してんのにギルマスがサボってたらダセーだろ」


「うん、そうするわ。なんかありがとね。少しだけ楽になったわ」


「おう」



本当に少しだけ楽になった様子でリピナは教会へ向かっていった。お前の存在はこの先絶対必要になる。ここで潰れられちゃわたしが困るんだ。


わたしはきっと....いや、絶対、今以上に無茶をする。



「───ダプネ......クラウン」




頭の芯が一瞬で熱くなるわたしを、アイレインの雨は優しく落ち着かせるように降り続けた。






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