◆285
耳を刺し胸を締め付ける雨の女帝───ルービッドの悲鳴。
本人の声の面影は無くモンスターのようにひび割れ歪んだ不協和音だが、リピナは心を強く痛めていた。響き続ける声、胸の奥が苦しくなるのを必死に堪え、リピナはルービッドを見続けた。
───見届けるんだ。もうそれしか私には、
そう胸中で呟いた瞬間、黝簾の魔女が叫ぶ。
「リピナ! 来い!」
魔術、剣術、悲鳴などを鋭く抜け届いたエミリオの声。そして捉えたエミリオの姿。
真っ直ぐな視線は何かを訴えかけるようで、それを受けたリピナは無意識に一歩踏み込んだ───直後、足下がふわりとなくなり、一瞬にも満たない浮遊感がリピナを包み、すぐに浮遊感は無くなる。ふわりとした足下は地面に付き、中後衛に居たリピナは前衛まで移動していた。
「───!?」
「わたしの空間魔法だ。それより───」
エミリオは空間移動させたリピナへ短剣を渡した。擦り傷がまだ新しい短剣【ローユ】をリピナは無理矢理受け取らされ、
「もう女帝に戦意や敵意がないって事くらい、わたしでもわかる」
呟いたエミリオの声がハッキリ聞こえるほど、前衛は静まり返っていた。魔術も剣術も終わり、力なく倒れた女帝は細い呼吸だけが雨音に混じり微かに響く。
水の防御もなく、立ち上がる様子もない雨の女帝アイレイン。
残酷にも思えるエミリオの行動───空間魔法を使いリピナをわざわざルービッドの前に移動させた魔女。なぜ、どうして、何のためにそのような事をしたのか。一瞬リピナには理解出来なかったが、女帝───ルービッドの異形な瞳を見てリピナは理解した。人間のものとは比べるまでもなく別物の瞳。しかしその瞳からリピナへ向けられた視線は───ルービッドのもの。
どういう原理で、何が起こり、女帝化した者に以前の人格が戻ったのかはわからない。そもそも戻っているのかさえハッキリしていない。
しかし今リピナに向けられた視線はルービッドのもので間違いないと、リピナは確信していた。
ボロボロの身体、細く弱々しい呼吸。このまま放置していても女帝は───ルービッドは死ぬ。残酷なまでにそう思えるルービッドの状態と、最悪なまでの後味を残したクラウンへの怒りや、女帝への哀れみにも似た感情に包まれるレイド。
ウンディーの女王セツカの指示の下、全力で行動したレイドはSS-S2の特異個体、雨の女帝-アイレイン-との戦闘に勝利した。が、全員が苦くツライ想いを噛み砕けずにいた。
「.....その短剣は魔法破壊を持ってる。何が起こるかわからないから、一応お前が持ってろ」
魔女はそう残し、あっさりと女帝へ背を向け離れるように足を動かした。それを合図に他の者達も女帝とリピナから離れるように。もちろん、何が起こるかわからない、まだ女帝は息をしている状態なのですぐに動けるギリギリの位置まで下がり、ふたりを見守る。
「友達.....だったんだよね。リピナとルービッド」
魔女の横に立つ女性、白黒騎士または白黒剣士という異名を持つ両義手の人間ワタポはポツリと呟く。
「あぁ。ここがふたりの故郷で、小さい頃から一緒だったとか」
キューレから無理矢理奪ったルービッドの情報から、エミリオはふたりの関係の深さを知っていた。
「.....あそこでリピナのギルメンが抱いてる人は?」
長く美しい睫毛を揺らし、後衛───ヒーラー達がいる位置へ視線を流した半妖精のひぃたろ。リピナのギルドメンバーが膝をつき、眠っているような女性を抱いていた。
「あれはリピナの姉ちゃん。この街で雨具屋やってた人だ」
と、黝簾の魔女は言いキャスケット帽子を少し深く被った。
「リピナのお姉さんは.....もう」
狐耳のような感知器官をしんなりとさせ、魅狐プンプンはラピナの状態を感知した。魔力の感知も苦手だったプンプンがマナを感知した事に魔女エミリオは驚いたが、そんな事は今どうでもよかった。ラピナが死んだ事実、ルービッドももう死ぬという事実。夢でも何でもない、残酷すぎる現実を前にリピナは戦う事を決めた。なぜそんな選択を出来たのか.....エミリオは気になっていたが聞いていい事と悪い事がある事をこの一年弱で人間世界───地界で学んだので自分からクチに出す事はないだろう。
「......。ワタポ怪我は?」
「ワタシは大丈夫だよ。エミちゃは傷痛む?」
「んや、大丈夫」
色々な事が短時間で起こった今回の出来事をエミリオは整理しようとするも、モヤモヤとした晴れない何かが頭の中を回り、イライラへと変わりそうなので今は止め、怪我の有無などで気をそらした。
◆
寝息のような呼吸音と、子守唄のような雨音がリピナとルービッドを包む。
最後の言葉など常時用意しているワケもなく、リピナは唇を強く噛み、女帝の姿をしたルービッドを見詰め続けていた。そんな姿を見た女帝───ルービッドはボロボロの腕をゆっくり伸ばし、リピナの手に触れる。
赤茶色の肌と異形な腕。とても人間の腕とは思えない腕から感じた温度はルービッドのものだった。
リピナは瞼を強く閉じ、グッと奥歯を噛んだ。最後がこんな形になるとは予想もしていなかったが、泣かないよう、涙を流さないよう、必死に堪えるリピナの手をルービッドは包むように優しく掴み、真っ赤な唇を弱々しく動かした。しかし声は雨音に打ち落とされ聞き取れない。それでもリピナは───
「ッ......、、どういたしまして」
と、返事をし、雨でグシャグシャに濡れた顔をあげ今出来る最大の笑顔をルービッドへ向けた。
ルービッドはゆっくりと瞼を下げ、瞳が閉じきる前に───その命を終わらせた。
「........ヒーラーなのに....治癒術師なのに....医者なのに....助けられなくてごめんね。親友なのに....辛い時に一緒にいてあげられなくて、ごめんね。気付いてあげられなくて、ごめんね.....」
雨の女帝がリソースマナを放出し身体が分解されるまでの数十分間、エミリオ達は雨に打たれ震えるリピナの背中を静かに見守った。
◆
「.......」
「...、...、...」
「........ふぁ~~~っ、ツマンネ」
隠蔽系の空間魔法から観察していた【クラウン】は女帝化したルービッドがリソース分解されるのを見て、ダプネとリリスは無言、フローは大アクビを入れ “ツマンネ” と吐き出した。
「おいフロー。お前がアイツを女帝化させたんだろ? ツマンネってのは最低すぎるだろ」
「えぇ~? ツマンネもんはツマンネって言うでしょーに。わたしが見たかったのは殺しまくって殺される女帝だったんだわさ。それなのに.....本ッッ当に邪魔臭いヤツだな! 黝簾魔女!」
わざとらしく頬を膨れさせ、しゅっしゅっ、と蒸気が出る何の役にもたたない謎の魔術を頭上付近で発動させるフロー。他人を本当にオモチャとしてしか見ないフローに黒曜の宝石名を持つ魔女ダプネは怒りよりも心底呆れていた。
「私、は結、構、楽し、かった、わよ。あの子、リピナ、だった、かしら? あの子、が、今後、フロー、を、怨ん、で、強く、なった、ら、もっと、楽し、そう」
クチのピアスを内側から舌のピアスで叩き、カチカチと鳴らしながら人間リリスはニヤニヤと嗤った。
「う~~~ん.....ヒーラーとしては頑張ってくれそうだけど、アタッカーとしては無理だろに。今から頑張っても弱そうナリ。それよかリリスちゃん! 顔面だけじゃなくベロにもピアスじゃん! 痛そ~~!」
既にリピナとルービッドへの興味を失ったフローはリリスのピアスや縫い目に興味を持ち、指先でコーンピアスをつつきゲラゲラと笑う。
「.....はぁ。お前についてきたわたしが馬鹿だったのか? 今回の目的だったルービッドを失ったのにゲラゲラと.....」
「んや、最初はそうだったけどクッソ弱すぎてあれじゃ特級魔女に秒殺されるわさ。そんな雑魚はクラウンにはノーテンキュー、バツバツ! だから目的を、クラウン参上! に変えたナリ。貢物としての質でもオニガリに劣るとは想像だにしてなかったダニ。しかし次へ生かせるよう努力したい所存でゴザル.....ま、即席で討伐したのは中々だったに。あそこから何人が愉快で素敵なアタイのオモチャになってくれるのかなぁ~楽しみで夜も眠れ.....~~~っ....ネムテ」
「フロー、オニ、ガリ、って、なに、? カニ?」
「えぇぇ!? 知らないの!? シルキ大陸のホメっていう食べ物を丸とか三角とかにして中にはイチゴ、外は真ん中辺りをチョレートでこう.....クイッとした食べ物知らないの!? リリスちゃんまぢがちまじー!? うっわーリリスちゃんうっわー」
「それ、美味し、い、の?」
「シラネー。進められたけど「拙者忍者ゆえ他者から頂いた食べ物は喉を通らぬ」とか言って断ったわさ。でも無理矢理渡してくるから一旦受け取って誰も居ない所でぶん投げた。腹減ってたら食べてもよかったんだけどに~その時腹減ってなかったし、まず好みの食べ物じゃないし! そして邪魔くせーしマズソウだし、イラネーから投げたら結構飛ぶのよ!」
「へぇ....、投、擲、系、の、武器に、なる、のね」
「なるナリ~! 今度オレっちと和國へ行こう。そして一緒にオニギリを食べようリリス。もちろんメインディッシュはお前だぜ?」
最低な会話を続けるフローとリリスを完全に放置し、ダプネは空間からアイレインを見続けていた。リピナへ寄るウンディーの女王セツカ。何かを話し、リピナは立ち上がりセツカと何処かへ。他のレイドメンバー達も国など関係なく近くの怪我人へ肩を貸したりし、何処かへ消えていった。
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