◆284



ギルド【白金の橋】のマスターであり、雨の女帝アイレイン───ルービッドの親友でもあるリピナは決意の風槍を女帝へ放ち、ウンディーの女王セツカを鼓舞するように言葉を放ち、リピナはレイドへ参戦した。


水の衣を弾き飛ばされ、新たに生やした二本の腕と異形の大剣を風槍に弾き斬られた女帝アイレインは人間臭い───元々人間だが───表情を浮かべ一瞬停止した。しかしすぐに青色の小型魔法陣を数え切れないほど上空展開し、針のように鋭い雨をレイドへ降らせる。タンカー達は女帝のターゲットを自分に縛り続けるため、上空から降り注ぐ攻撃魔術は完全に無視し、タウント系の剣術などでヘイトの無理矢理稼ぐ。

後衛の癒隊───ヒーラーはリピナの指示で治癒を行い、デバファーには別の指示を飛ばすリピナ。自分自身も治癒術や補助魔術を使いつつ、今唯一女帝の水防御を破れる攻撃魔術のタイミングを狙う。

中衛と前衛は降り注ぐ針雨の魔術と女帝を気にしつつ、一瞬のような時間で必死に思考を走らせる。


───ボクの雷で針雨を消し飛ばす? でも地面は濡れているし.....


───血の量が心配デスが.....針血で撃ち落とすデスか?


───エアリアルを砕いて針雨を.....いや、魔術対応は他に任せて女帝の水が消えた瞬間叩くべきか?


───二刀でも捌けない雨.....不安だが悪魔の力をフルバーストするか?


各々が思考を走らせるも、行動までの決定を下せずにいた。勿論、女帝も針雨へ対応する動きを見せた者にはすぐに攻撃を仕掛けるつもりで、意識の半分を浮遊させつつタンカーへとヘイトを向けている。並みのモンスターならばヘイトに対し抗えないが、Sクラスまでいくと全体的ではないものの限定的な部分に対しては意識をすぐに向ける事が可能。女帝も “針雨に対して行動した者” と限定しているからこそ、タンカーへ意識を奪われている状態でも対応できるスタイル。

アタッカーは前衛、つまり相手もこちらも攻撃範囲内にいる距離で行動する位置にいる。魔術に対応した者へのカウンターが働くならばアタッカーが動くのは危険。しかし今ブレイカーと呼ばれる前中衛を行き来するポジションの者がいない。本来のレイドならばここでブレイカーが剣術なり魔術なりで相手の攻撃を捌くが、今このレイドは即席レイド。国も違い、連繋するには言葉を添えても不安が残るレイド。咄嗟に動き、その動きを読み取り繋げるように自身も動ける者は同国同士でも難しい。それほどまでに不安定な土台に突然と立たされたレイド。


───ウチの能力じゃ話にならんのじゃ。


───眼の奥が重い.....白円と黒円の同時はリスクが高すぎる.....視界も重なってブレてるし、対応できない。


───針雨!? どうすんのアレ! 誰か指示を、具体的な指示をこの私、大天使みよちゃんが理解できる具体的な指示を!


女帝の広範囲魔術がすぐそこまで降り落ちる中───凛とした声が響いた。


「エミリオ! 雨を!」


声が響いて1秒とかからず、黝簾の魔女───青髪帽子の魔女はその種族特性と自身の能力を存分に利用し、詠唱したのかさえ疑う速度で魔術を詠み唱え発動させた。


中級広範囲風魔術を三発同時に、それもバラバラの角度で発動させ、荒れ狂い逆巻く風が針雨を空中で豪快に消し散らす。


「アタッカーはブレイク! ノクバの隙で冒険者のタンカーと騎士のタンカーをチェンジ! ヒーラーは下がった冒険者タンカーを一斉回復させてください!」


凛とした力強い声で指示を飛ばすのはウンディーの女王セツカ。クリスタルロッドを指揮棒のように振り、レイド全体へ指示を飛ばす彼女の表情には迷いや戸惑いという種の色はなく、リピナ同様に覚悟を───自分に出来る事を今やりとげる覚悟が見てとれた。


ウンディー大陸の冒険者はもちろん、ノムー大陸の騎士もすぐにセツカの指示へ従い動き、イフリー大陸も戸惑いながらだがセツカの指示の下行動を始める。


「アタッカーは一旦距離を! バッファーはアタッカーへ速度上昇のエンチャント! デバファーは女帝へ速度低下のデバフ! 後衛魔術隊は詠唱、デバフ後に魔術を一斉に放って!」


大声といえる大声ではないものの、妙に通る───耳に届き聞き取りやすい声質と音量で指示を飛ばすセツカ。

ノムー王と女王の子として、王族として産まれたセツカは両親から確りとそのカリスマ性とも言うべき素質を受け継いでいた。勿論、まだぎこちなさや不安定な部分も強いが、堂々と指揮する姿にノムー王は安堵───と同時に世代交代の足音にどこか寂しさを感じていた。ノムーの、ドメイライト騎士を鼓舞するようにウンディーの女王へ従うよう指示を出そうとしたクチも今は閉じたまま。騎士達は王が言わずとも、ウンディーの女王セツカを既に信用、信頼しているようで、もう自分は何も言うまい。とノムー王はレイドを見守る事に決めた。


ノムーの王もウンディーの女王も、戦闘力的には高くない。レイドへ的確な指示を、全体を指揮する者がひとり存在するならば、もうひとりは必要ない。

もっと大規模で不特定多数を各地で相手にする防衛、または侵略や攻略が起これば指揮者はひとりでは足りないものの、今はそんな状況ではなく、今後そのような状況にならない事こそが平和と言える。

ノムー王はこの場を娘に、娘達の世代に、今をがむしゃらにでも必死に進み生きる者達へと託し、ただ見守る事を選んだ。





レイドが連繋的な動きで女帝を翻弄し始めた頃、指揮者であるセツカは、


「リピナ! もう一度、先程の魔術を頼めますか?」


後衛で治癒を発動したリピナへ歩み寄り、風魔術の話を。

するとリピナは戸惑いにも似た色を一瞬瞳に宿すも、すぐに戸惑い色を消した。


リピナにとって女帝は───ルービッドは親友。どんな姿形になろうとその想いは今も変わらない。だからこそ、誰かの手ではなく自分の手で止めたい。例えそれが───殺す事になっても。


「タイミングの指示をして。もう苦しい思いをさせたくない.....だから───次で終わらせる」


強い声質の中に、深い部分で微かに震えたリピナの声。

姉が文字通り命を賭けて守ったレイドを私も守る。

なりたくない姿にさせられて意味も分からず暴れさせられてる親友を、私が止める。


ここにいる全員に、大切な人がいる。大切に思い思われる存在。


これ以上大切な人を奪わせない。これ以上私は何も失いたくない。これ以上辛い思いを───させたくない。


リピナは広範囲治癒術を発動させ、タンカーやアタッカーを回復。すぐにセツカへ視線を送り、自分も前へ進んだ。


バフ、デバフ、魔術がセツカの声を合図に放たれる。女帝は自身の身体にラグが産まれたかのように鈍る動きに違和感を覚える。しかし水の防御は発動している状態なので動きが鈍ろうとも飛んで来る魔術に対してこれと言う対応を見せない。何発もの何連撃もの魔術を水の衣で受ける女帝。数重視の初級魔術や連撃数重視の中級魔術では水の衣は波紋さえ産み出さずダメージは全く無い。その事を理解したうえでセツカは魔術を放たせていた。


「タンカーは全員でバッシュ! 女帝を仰け反らせて!」


魔術の弾幕が女帝の視界を覆い隠した瞬間、セツカはタンカーへ指示を飛ばした。

盾や大盾、武器などで女帝を押し叩くタンカー。ここでセツカは次の指示を飛ばす。


「リピナ! 4ヵ所!」


名を呼ばれたリピナは頷く暇もなく、風属性上級魔術を発動させる。緑色の魔法陣から四本の風槍が召喚され、弾幕とノックバックに襲われている雨の女帝アイレインへ。

四本の風槍は水の衣を消し去るだけを目的とし、左右、そして正面の───顔付近と腹部付近へと唸り進む。


「アタッカーは風槍が空けた風穴から女帝へ攻撃! 魔攻班も攻撃参加でフルアタック!」


───これで.....終わらせる。


セツカ、リピナは同じ想いを胸に、雨の女帝アイレインを凝視するように。

魔術の弾幕、ノックバック、デバフで女帝は思うように動けず、風槍が水の衣を射ち消す。その風穴へ流れ込むようにアタッカーが様々な剣術、魔術を放ち、ヒット───ダメージがある事を告げるように女帝はざらついた悲鳴を空へ響かせた。





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