◆283



風属性 補助魔術と風属性 中級魔術の詠唱譜を咄嗟に組み合わせ、治癒術師のリピナは新たな魔術を詠唱、発動に奇跡的とも言える確率で成功した。


風属性補助魔術は数秒間、一定の威力を受け流し、捌き反らしてくれる防御補助の魔術。

風属性中級魔術は鋭い風の針が数個、素早く対象を貫く魔術で、ヒット時に乱回転するように広がるのが特徴。個数が多ければ威力は減り個数が少なければ威力が増す攻撃魔術。

これらふたつの譜を直感的に選択し、詠唱譜を組み合わせ新たな風属性上級魔術をリピナは産み出した。


濃い緑色の魔法陣から風槍が4本。槍は水防御に触れた瞬間、その抵抗を受け流すべく乱回転し水を一部巻き込み消滅。これが2回発生し、水防御が繋がる前に残り2本の風槍がルービッドの腕を捻り斬るように弾き飛ばした。

攻撃が通ったと思い、アタッカーのひとりが追撃するも、水防御が全体的に消滅したワケではなく、風槍が触れた部分だけが一時的に消滅しただけであり、アタッカーの攻撃は再び水に受け消される。



───ヒーラーである私が、親友を傷付けた......。



リピナは瞳を強く閉じ、奥歯を噛んで溢れそうになる涙を堪える。しかし───


───ヒーラーである前に、私はルビーの親友だ。


「私は親友としてお前を止めるぞ......ルビー」


───お前が憎む魔女と同じような事をするな.....同じになるな。



今のルービッドは琥珀の魔女シェイネのように、ただ破壊するだけの存在。姿形は変わっても友人であるルービッドをリピナは止めるべく、杖を強く握り、足を前へ進めた。





不安を煽る雨を吹き飛ばすように、リピナは声を、姉ラピナのように強く張った。


「白金はタンカーを、他のヒーラーはアタッカーを! 広範囲持ちはデバファーを一気に回復! アタッカーはポーションを使いつつタンカーが攻撃を受け止めた瞬間にパリィ、防御優先で立て直す!」


現在冒険者で一番と言ってもいい治癒術師のリピナは悲しそうに、でも確かな何かを瞳に燃やし、後衛達の元へと進む。


「セツカ、アンタは今の状況を冷静に分析して最も勝率が高い戦法を考えなさい。普段ユニオンで頭ばかり動かしてるアンタなら出来るでしょ」


「.....わたくしが?」


「むしろアンタは戦闘するよりも指示をする側の方が輝くタイプよ。多少無茶な事でもアイツ等はやるわ。 “自分にある能力、ステータスを理解してそれに合った動きをしなさい” .....って、これはラピ姉がギルマスしてた時の言葉なんだけどね」


リピナは会話の合間合間に慣れた詠唱をしては、治癒術を飛ばし続ける。


「......自分に合った動き、私に出来る事.....」


セツカは何度かその言葉をクチにし、考え悩む。


「それだよ、すぐ考え悩むその癖。それを今は戦略面に使えって事。上に立つ人間なら人を使う事と、人に頼る事を覚えなさい」


人を使う事と人に頼る事。このワードを耳にしたセツカは無意識に父───ノムーの支配者ドメイライト王を見た。

ドメイライト王は戦況を確認出来る位置で鋭い視線を戦場へと飛ばし、フォンとリンクさせたイヤーカムを通し騎士達へ指示を出していた。

今回の指揮者はセツカなので、この場でセツカが声を出した場合は優先的にその指示に従うよう騎士達には告げ、その上で自国の騎士へ指示を。

一見何もしていないように見えていたドメイライト王だったが、戦場に出るのではなく戦況を見極める立場へ自らなり、戦場に出ている者達へ指示を飛ばしつつ戦場の詳しい状況などを集めるコンダクターとなっていた。イフリーがノムーを長年侵略出来なかった理由は騎士の強さもあるが、指揮者タクターが有能だったという点が大きい。結果、実績を持つドメイライト王だからこそ騎士達は信頼し指示に従う。王自ら守られる側としての王ではなく、守り守られ共に戦う王という今の形を作り上げた。

決して強いワケではないノムー王も、自分に出来、全体の効率をあげる自分にしか出来ない事として指揮者───コンダクターとなっている。補助として、騎士として文字通り有能な騎士を傍らに置いて。しかし今その騎士───王直属の王騎士は別任務でこの場にいない。

つまり、この場を乗り越えるには今ここにいる者達で乗り越えるしかない。


ノムーの支配者、ドメイライト王は娘であり、ウンディーの女王となったセツカをちらりと見る。そんな女王は───


───わたくしに出来る事.....。


リピナの言葉を何度も繰り返し呟いていた。

今他人に構う心の余裕がないリピナだったが、セツカに言葉を投げかけ、友人であり女帝化させられた敵───ルービッドへ立ち向かうリピナ。


───リピナも、皆も、辛い気持ちを押し殺しているのに、私がフラフラしているワケにはいかない。


そう思っていても、セツカは自分に出来る事がわからなかった。剣術、魔術、治癒術、その全てが平均以下と言える実力で、それを自分でも理解しているセツカ。

平均以下でも、何も出来ないよりは出来る。そう思う事にし自分を保ってきたが、強敵を前にして色濃く浮き彫りになる無力感。昔、エミリオと港街で出会う前の自分を思い出す。何も出来ないのに、何も知らないのに、何か出来ると思っていた自分。


───私は....昔も今も、何も出来ない。


「......痛っ、アイツまだ生きてんのかよ」


「───!?.....エミリオ」


誰よりも遅く意識を取り戻した青髪の魔女エミリオは頭を揺らし、長く伸びた髪を振った。女帝の魔術で吹き飛ばされた際、帽子も飛ばされ、今その帽子はセツカの近くに。


「セッカその帽子と、裏にあるダガーとってくれ」


周囲を見渡し、帽子の位置とその近くにいたセツカを見てエミリオは言い、自分も立ち上がり服をはらう。


「エミリオ、貴女その怪我でまだ.....」


擦り傷や切り傷が痛く目立つ状態でも、エミリオは立ち上がり、すぐに女帝を見ていた。


「当たり前だろ。アイツとは.....ルービッドとは言うほど仲良くなかった。でも一緒に狩りやクエをした事はある。それに今一番ツライのはリピナだ」


拾いあげた帽子と短剣をセツカの手から受け受け取ったエミリオは恐れを持たない強い瞳───エメラルドのような深緑色の瞳を戦場へ向け、


「.....今自分に出来る事よりも、今自分がやるべき事を自分で考えろ。セッカ」


エミリオはセツカへ言葉を残し、レイドへ合流すべく地面を強く蹴った。





長引けば長引くだけ怪我人が出る。長引くだけ心を痛める者も出る。今やらなければならない事は───この戦闘を終わらせる事。


リピナもエミリオも、他の者達もかつて人間だったルービッドを、望んでいない力を無理矢理与えられた女帝を討伐するのは辛い事。それでも、そうすると自分で決めて行動しているんだ。


「自分で決めて......」


私に出来る事───私がやるべき事───それは───。




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