◆282



短剣で軽量装備のわたしよりも速く、両義手で長剣持ちのワタポは走った。女帝は荒れ狂うように剣術や魔術を放ち、中衛のデバファー達が異常持ち魔術や剣術で対応するも、数が圧倒的に足りない状態。復活したばかりのレイドを雨の女帝が再び苦しめる。

そんな戦場をワタポを走り抜け中衛と前衛の間で、


「スタンをとる!」


誰に対してでもなく大きく叫び、足を止めず長剣を構えた。するとすぐに音楽魔法が奏でられ、追うように雷が荒れ、様々な無色光、魔術光がワタポの直進をサポートするように女帝へ向かう。

女帝は水の鎧を纏っていてダメージは無いものの、目眩ましには充分だった。わたしは最後のフレーズを詠唱しつつ、竜短剣【ローユ】をチラリと見て胸中で「頼むぜ」と呟き、女帝を狙いローユを投擲。

今詠唱を終えた魔術はわたし自身初使用の魔術。省略詠唱───魔女族のみ可能な高速詠唱で唱えあげてもよかったが、慣れない魔術を省略詠唱すると威力が極端に低下する。わたしが持つ能力、多重魔術も初使用の魔術では避けるべきなので一文字一句省略せず魔力───ではなく、魔女力を確りと与え詠唱した。

つまり、今投擲した短剣は風魔術などで投擲速度をブーストしていない状態。女帝が平均的な人型種よりも大きいとは言え、当てやすいかは別の話になる。そんなわたしの不安を読み取ったのか、半妖精はエアリアルを扇ぎ短剣の進路を修正、猫耳大剣使いと狼耳大剣使いが剣術で短剣を押し叩き速度をブーストしてくれた。進路、速度共に最高の状態で飛び抜ける短剣ローユ。

タンカー達は全力でヘイトを稼ぎ、ヒーラー達は全力でタンカーを治癒。アタッカーはブレイカーのように女帝の行動を潰す攻撃を繰り出し、デバファーは女帝を一手を遅れさせるべく異常系を放つ。

激戦状態のレイドをすり抜けワタポが攻撃可能範囲に一歩踏み込んだ頃、短剣は女帝の数センチ前で眼では見えない水の衣を破り消し、肩へ突き刺さった。短剣が女帝に刺さったとはいえ期待できるダメージなど無い。しかし竜の短剣【ローユ】は 特種効果エクストラスキル の 魔法破壊マジックブラストを持つ。その魔法破壊短剣が女帝に触れている状態。魔法破壊が常時発動されるのか、クールタイムがあるのかは謎だが、今この瞬間は間違いなく女帝に攻撃が届く。


「───クゥ!」


ワタポは大きく踏み込み跳ぶ、と同時に愛犬の名を呼び長剣を手放した。あるじの狙いを呼ばれる前から理解していたのか、フェンリルのクゥはすでに行動していた。四肢で地面を叩き、宙を舞う剣をクチでキャッチしそのまま主へ突進するように跳ぶ。ワタポは膝を曲げクゥの背中に着地───と同時にくわえている長剣の刃を両手の平で挟み切っ先まで擦る。手が切っ先を抜けた直後クゥは身体を勢いよく回し、長剣を放す。高くうち上がったワタポは宙で真っ赤な熱を宿した刀身の長剣を掴み、無色光を纏わせた。

捨て身にもほどがある攻撃方法だが、レイドだからこそ、周りが全力で女帝の眼を奪っているからこそ可能な捨て身攻撃。


「───!」


無音の気合いをあげ、ワタポは火花を散らす長剣で単発重剣術を女帝の頭へ打ち込んだ。落下の速度を全て乗せた重剣術に、特種効果の爆破が炸裂。轟音と共に発生する爆風がワタポを押し飛ばし、わたしが使う魔術の安全圏───範囲外まで爆風を利用して飛んだ。


重剣術に特殊爆破は女帝へ大きなダメージを与えたと同時に、気絶まではいかないものの一瞬の怯みを与えた。女帝はわたしの詠唱済み魔術の射程内であり、痛みと衝撃で数秒の怯み状態。


「──────ッ!」


普段ある魔力よりも深い部分に存在するような魔力、魔女魔力を一気に押し出すように魔女の魔術───地属性 最上級 創成 魔術【タイタンズ ハンド】をわたしは全力で発動させる。

瞳が妙に熱く、視界には普段見えない魔力の動きが見える。一体何が? と思う暇もなく、わたしは空中展開されたふたつの巨大魔法陣から現れた巨岩の剛腕を操り女帝を真上から殴り潰す。


一撃目で女帝を圧し、二撃目で潰し、三、四、五と殴り続け、最後は両腕を合わせ強大な六撃目を打ち込んで魔術は消滅。重力魔術よりも広範囲で地面を殴り潰した。


「───.......はぁ、はぁ、」


魔術が消滅すると同時にわたしは呼吸を整える。発動直後の謎の視界は既に無く、瞳にも何の違和感も残っていない。

それよりも驚いたのは、地属性の最上級 創成 魔術を初使用したにも関わらず、魔術の反動がなかった事だ。

三連魔術の時は確実に反動があった。そして今使った【タイタンズ ハンド】は三連魔術とは比べるまでもなく上位の魔術。威力も三連の合計より大きい。それでも魔術反動がない。が、


「.......今はどうでもいい」


反動だの視界だの、そんな事を考えるのはあとだ。今重要なのは女帝がどうなっているのか。地中深くへと殴り埋めた女帝を確認すべくわたしはゆっくり近付く。レイド全体が───雨の街アイレインが嫌な静けさに包まれる中、わたしが一歩踏み込むと、


「───ババーあぶない!」


天使のみよが声を張った。

何を言ったのか頭で理解するよりも速くわたしの身体は反射的に地面を蹴り大きく後退すると、女帝が埋め潰されている穴から魔力が漂い、無数の水のナイフが打ち上がった。

水のナイフは空で自然の雨を吸収し、その大きさを剣まで成長させ雨のようにレイド全体へ降り落ちる。あのまま覗いていても魔力を感知した瞬間下がる事は可能だったが、その分対応が遅れていただろう。みょんの感知力のおかげで今わたしを含めたレイドメンバーは降り落ちる水剣に焦る事なく対応出来ている。広範囲系にも思えた水魔術だったが、後衛までは届いていない。女帝が顔を出した瞬間、フルアタックで押しきれば終わる。


そう思った直後、前衛、中衛の足下に巨大魔法陣が展開され、水属性魔術が激流の如く発動された。展開から発動までの速度が恐ろしく速いのは上級水魔術から中級水魔術へと繋げて発動させたからだろう。このスキルの存在を忘れていたわたしは反応が遅れ、他のメンバーも同じように反応が遅れる者、そもそもこの追撃系、連係系の魔術スキルを知らない者は未だに仕組みを理解出来ていない様子。展開された魔法陣のサイズは巨大で、魔法陣を破壊するにもひとりふたりでは不可能。そして降り注ぐ水剣は未だ止まず、水剣は水分を奪う特性───刺されば血液を吸われるようだ。そんな魔術が降り注ぐ中で巨大魔法陣内を対象とした激流の水魔術が、わたしを含む前衛と中衛を飲み込み、暴れた。





雨の女帝アイレインの広範囲中級水魔術が激流の水柱を立てる。使用魔術からワンランク下の同属性魔術ならば追加詠唱も一瞬、初撃の魔術へ魔力を多く使う事で、モノにもよるが詠唱なしで発動する事も可能になる。今女帝は広範囲の上級水魔術から広範囲の中級水魔術へと繋いだ。


集中力と魔術センスが要求される連係は熟練の魔術師でも乱用出来ないスキル。ルービッド自身は使った事さえないスキルだが、SS-S2指定のモンスターである女帝種に覚醒した事で使用可能となった。

とは言っても中級魔術。上級魔術を捌いていたレイドメンバー達ならば中級魔術も対応可能。しかしそれは単純に考えての予想話。高難度クエストや高ランクが相手の場合は、予想外が当たり前のように起こる。


今レイドを襲っている魔術は中級魔術で間違いない。しかし魔術は、天候、術者の性質や感情状態、環境、などの影響を大きく受ける。

天候は雨、術者は水の性質、環境は雨が止まない街であり、直前に上級水魔術を辺りに降り散らかしている状態で、女帝が水魔術前に受けた魔術はエミリオが使用したタイタンズ ハンド。これにより女帝の感情が大きく刺激されていた。


鉄を鉄で擦るような金属質の咆哮を響かせ、女帝アイレインは水魔術を消し飛ばすように飲み込まれていたレイドメンバーを吹き飛ばした。死者こそ出なかったものの、ほぼ全員を致命傷へと追い込んだ中級魔術。あらゆる条件が重なり、威力が大幅にブーストされた上級クラスの威力を持つ中級水魔術は終わり、女帝は殴り埋められた穴から這い上がるように姿を現した。


折れた腕、潰れた臓器、酷い流血さえも気にする様子を見せず肩から短剣を抜き捨てた。女帝アイレインは血走る異形な瞳でエミリオを睨み、再び咆哮をあげる。

ルービッドのギルドを崩壊させたのは琥珀の魔女シェイネ。エミリオが使った創成魔術はシェイネが使っていた魔術。ルービッド───女帝アイレインはシェイネとエミリオが重なり、怒りの感情を爆発させるように馬鹿げた威力の中級魔術を荒ぶらせ、今は生きている腕で異形の剣をギチギチと音を立て掴み、一歩一歩エミリオへと接近していた。


後衛───ヒーラー達はすぐに治癒術を使い、攻撃を受けた者達を回復させているが、やはり圧倒的に治癒術師が足りない。タンカーの数名は今やっと立ち上がる事ができ、痛みも癒えない状態で女帝の相手を始めた。少し遅れ、自力で立ち上がった者達もすぐに女帝を相手にするも、アタッカー達は本来防御型ではないうえ、今の状態では強攻撃の反動に耐えきれない。それでも女帝アイレインへ挑む。

後天性の悪魔や吸血鬼、半妖精なども攻撃に参加するも、このタイミングで女帝の水属性防御魔術が復活。女帝の足は止まりターゲットもタンカー達に向いたものの、ダメージは与えられず、エミリオの短剣も行方不明と言える状態。他に手はないものかと考えるも魔術に詳しい魔女は起き上がるどころか、意識さえ失っている状態。水に雷は? と半妖精は考えるも、雷の達人といえる魅狐も魔女と同じく意識を失い倒れたまま。最悪な状況の中で半妖精は立ち上がっている者達を対象に治癒術を使用し、ヒーラー達の負担を少しでも軽くしようとする。攻撃してもダメージがないならば治癒を使い次の手を考えるまでの時間を稼ぐ。その考えは悪くなかったが、相手は女帝種。予想外が当たり前のように起こる高難度モンスター。

女帝は喘ぐように空気を漏らし、ベキベキと嫌な音を響かせて───九本目、十本目となる新たな腕を二本生やし、新たな二本の腕で背骨を抜き千切るように、異形の大剣を抜いた。回復したとは言えない状態のタンカー達は奥歯を強く噛み、女帝の前へ。ここでヒーラーを潰されれば全てが終わる。しかしタンカー達も女帝の大剣を受けきれるだけの体力は既に無い。それでも、タンカー達は大盾や大武器を構え、女帝を迎え撃つ姿勢を見せた。


両手持ちで構えられた大剣が濃い無色光を放ち、女帝はザラついた咆哮を上げる。タンカー達の横へボロボロ状態のアタッカー達が。


「防げそうにないし、私はカウンターに賭けるわ」


芸術的な刀身に無色光を纏わせ、半妖精は剣を構える。


「俺もそれニャ。脳筋にゃからそれくらいしか思い付かにゃいニャ」


「脳筋仲間として俺も付き合うよ。獣耳仲間か?」


「もうひとりの獣耳狐は寝てるデスけどねぇ」


猫人族のるー、侵食狼のカイト、後天性吸血鬼のマユキは諦めているのか、余裕があるのか、最悪とも言える状況でも気楽な会話を披露した。


無色光がより一層濃く纏われた大剣を女帝は容赦なく振るべく大きく構えた瞬間、タンカー、アタッカーは雰囲気を鋭く尖らせた。ガードは体力的、状態的に不可能。カウンターのチャンスは一瞬。それを逃さぬよう一瞬で集中するも───女帝は折れ潰れた腕で折れ砕けた剣を強く掴み、大剣のタイミングを隠蔽するように残りの腕で剣を構えた。



───これは無理だな。

半妖精だけではなく、ほぼ全員がそう思った瞬間、鋭い風音がレイドを抜け、女帝の大剣───を持つ二本の腕は根元から弾け豪快に飛んだ。


「──────!?」


水の衣を貫通した疾風のような風。女帝は歯を剥き出しにし痛みに耐え、異形な眼球をギョロギョロと走らせる。

攻撃手段はわからないが、攻撃された事は理解した女帝は眼球を忙しく動かし攻撃者を探す。

走る異形の視線のひとつがピタリと止まり、他の視線もギュッと奇妙な音をたて一点へ───後衛の更に後ろで杖を強く握る女性、ルービッドの親友リピナへと向けられた。



「私は───親友としてお前を止める......ルビー」





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