◆281
この世界の全てのものにマナは存在する。生命にも物質にも、全てのものに必ずマナは存在する。
そのマナを失う事が完全なる死という事になり、マナを失ったものは朽ち消える。それが植物や鉱物でも、様々な素材のイスやテーブルでも、生命でも。
朽ちる速度は様々で、ポーションの空瓶ならば数秒、モンスターは特種で個体によりけり、人や動物ならば完全に消滅するまで何十年、何百年。
マナを失った人は対抗力を失い、空気中のマナに細胞が分解され始める。それを腐敗とも言う。腐敗も何ヵ月とかかり、肉体を分解したマナは次に骨を風化させる。ここで何百年との歳月を費やし、人や動物の骨は完全に分解───消滅する。
言い方を変えると、魂はリソースマナとなり肉体からすぐに溢れ、空っぽになった肉体は何百年とかけ分解消滅する。これは子供でも知っている自然な流れ。
今、わたし達の前でラピナの身体からマナが溢れ出ている。離れた位置からでも見える濃いリソースマナを。
「おいラピナ! 起きろって!」
わたしはラピナの身体を揺さぶり、名を呼んだ。傷もない身体からは止まる事なくマナが溢れ続ける。わたしも、ワタポも、リピナも、もう気付いていた。原因はわからないものの、もうラピナは死んでしまう事を。
リソースとして、次の命としてマナを排出する身体。
怪我や病気で命を落とす場合に排出されるマナは眼で見る事の出来ないサイズ。しかしラピナが今排出しているマナは降り注ぐ雨粒程のサイズで、温かい光を宿していた。
「.......リピ、みんな無事?」
か細く弱々しい声でラピナは言葉を溢した。その言葉を消し飛ばすように───女帝アイレインは咆哮をあげ動き始める。前衛、中衛、レイドメンバーは全員全回復し、バフなどの準備を終えた所だった。
ラピナが何をしたのかわからない。でもブレスを防ぎ、わたしが女帝へ攻撃するチャンスを、レイドを立て直す時間を作ってくれたのは間違いなくラピナだ。文字通り命をかけて。
それを無駄にするワケにはいかないし、無駄にする気なんてない。
ルービッド───雨の女帝アイレインへ視線を飛ばしたわたしの横に流れるようにワタポが。
「ワタシも行く」
悲しそうでいて、強く燃える何かを持つ瞳を見たわたしは頷き、同時に水溜まりを踏んだ。
「いくぞ、ルービッドをぶん殴る」
「わかった。ワタシはそのチャンスを作る」
ワタポの声が聞こえる前に、わたしは魔術の詠唱を省略なしでスタートしていたので無言で頷き、竜の短剣【ローユ】を握り直しつつ女帝へ直進した。
◆
「.....リピ.....」
温度を無くし始めた声で、ラピナは妹の名を力無く押し出した。女帝の声、剣術や魔術の音、レイドの怒号にも似た声、雨音、その全てが遥か遠くに感じる程、リピナはラピナの声をハッキリと拾う。
「ラピ姉、死なないで、死なないでよ」
擦り切れた声を出し、リピナはラピナの手を掴んだ。手は驚くほど冷たく、今もなお体温を低下させる。
死なないで。そう強い願いを込めてギュッと掴むもラピナの手は、願いを溢すように冷たく力を無くしてゆく。
「ルビーを、アンタが......」
今にも途切れそうな声で、ラピナは必死に喉を開く。
「ルビーを、アンタが.....止めて、あげなさい」
「ラピ姉、なんで治らないの、なんで、治癒術師なのに、なんでッ!」
治癒術を継続発動させラピナを回復させようとしているリピナだが、マナを回復させる術は存在しない。そんな事はリピナも充分理解しているが、それでも治癒術を使い続けた。
「リピ.....アンタが、ルビーを、止めてあげ、な.....、」
途切れるリピナの言葉が止まった直後、ふわりと風が舞い上がった気がした。
「........嘘、ちょっと、ねぇ!? ラピ姉ってば!」
いくら名を呼んでも、いくら揺さぶろうと、手を強く、強く握りしめても、ラピナは瞼を震えさせる事さえ無かった。身体から昇り出る微粒子もいつの間にか止まり、ラピナは眠るように命を終わらせた。
「嫌.....ラピ姉.....ラピ.....、お姉ちゃん、お姉ちゃん───」
リピナは張り裂けそうな声で叫び、ラピナの身体を強く抱いた。
冷えきった姉の身体、力のない姉の身体、命の無い姉を強く抱き締め、リピナは声にならない声で泣いた。
◆
ラピ姉が、お姉ちゃんが。
私がウジウジとしていたからお姉ちゃんは怒って、冒険者でもないのにヒーラーとしてレイドに参加した。
私がお姉ちゃんを殺したようなものだ。私が.......。
─── ヒーラーなのになんで戦場にいなかったの? 何のための治癒術? なんのためのヒーラー?
泣き崩れていた私の頭の中で、ルビーに言われた言葉が浮き上がり響いた。
私は.....ルビーの仲間も、ルビーも、お姉ちゃんも、助けられなかった。治癒術師なのに、ヒーラーなのに、医者なのに。
私はもう、もう私には何の価値も、
───ルビーをアンタが止めてあげなさい。
泣き崩れる私に、次はお姉ちゃんの言葉が響いた。ルビーを止める.....それはルビーを殺す事。そんなの私には.....、
奥歯を強く噛み、お姉ちゃんをギュッと掴んでいた私の耳に───女帝化したルビーの叫びがぶつかった。
反射的に顔をあげルビーを見ると、ルビーの全身は人間ならば死んでいてもおかしくない程のダメージを負っていた。それでもレイドを相手に暴れるルビー。
そしてレイドメンバーも傷付き治癒術が間に合っていない状況。
「──────ッ!」
ルビーが殺されてしまう.....みんなが殺されてしまう.....、私は.........、
ヒーラーなのになんで戦場にいなかったの?
何のための治癒術?
お前はヒーラーだろ?
ここで何やってる?
ルビーに言われた言葉が、お姉ちゃんに言われた言葉が、強く響いた。そして───
───ルビーをアンタが止めてあげなさい。
お姉ちゃんの最後の言葉がまた響いて、私の胸を叩いた。
「......私は.....私は治癒術師だ。ルビーは私の親友なんだ.....私の親友だからこそ.....誰かに任せていられない.....お姉ちゃんが命を賭けて守ったみんなを失ってはいけない。なりたくもない姿になって、したくない事をさせられてるルビーに奪わせてはいけない」
───私はヒーラーで、ルビーの親友だ。
「........私がみんなを助けて、ルビーを止めるんだ」
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