◆278



「ワタポ! ワタポー!」


自分の名を呼ばれ、前衛でパリィを続けていた白黒剣士のワタポは「一旦下がる」と周囲のメンバーへ伝え、声の主の元へと。


「エミちゃ、どうしたの?」


「女帝の事は聞いたろ? ワタポ女帝について詳しいし何か気付いた事とかないか?」


「.......、女帝にはそれぞれ特徴がある。例えば森の女帝フェリアは触手を持っていたり。元の種族、産まれた環境がこの特徴に大きく関係してる......」


ワタポはドメイライト騎士に所属していた頃から個人的に女帝種の事を調べ続けていた。過去に氷結の女帝と対面したあの日から、女帝種を討伐するため知識を貪り続け、今もなお女帝種について情報を集め続けている存在。様々な例がある特異個体の中で女帝種は中々に広く根深い。

女帝となる前の存在がどのような環境で生きていたのか、どのような事を思いで女帝───共喰いへ手を伸ばしたのか。能力面や特性面も色濃く残る女帝種だが、環境や思考が大きく濃く現れるのも特徴的。


「.....ワタシちょっとキューレさんの所へ行ってくる、エミちゃはレイドに戻ってて!」


「え、あ....あぁ、うん」


ワタポは何か閃いたのか情報屋キューレがいる中衛へ。エミリオはレイドに戻るのが嫌だと言わんばかりの表情を浮かべるも、後衛へ戻り魔術で参戦するもやはり攻撃は通らない。水の針を何十本も飛ばす魔術を放ち、どんな変化が.....破壊されるのか無効化されるのか、あるいは弾かれるのかを確認したエミリオは、水針が溶ける───吸収されるような不思議なエフェクトを見た。



「もしかして.....よし、やってみるか」





「ん~全く掴めんのぉ......そもそもウチは女帝偵察が初じゃし、何から手を出せばええんじゃか.....」


フードローブを揺らしスルスルと前衛の間を抜け、短剣で女帝を攻撃してはスルスルと中衛へ戻る本職は情報屋という独特な職のキューレ。攻撃時は確かに何かが邪魔をして女帝本体に攻撃は届いていないが、その何かが全く掴めず曇り顔をしていた。そこへ、


「キューレさん!」


「おぉ? 半妖精と魅狐は頑張っとるのにお前さんはサボりかのぉ?」


前衛でタンカーが捌ききれなかった女帝の攻撃を捌きつつ、攻撃を仕掛ける半妖精と魅狐をチラリと見たワタポは、早口でキューレへ言う。


「ルービッドの情報を持ってるだけ全部教えて!」


そう伝えるとワタポは魔術を詠唱し、中衛として女帝へ攻撃を仕掛ける。魔術型ではないにせよ全く魔術が出来ないワケでもないワタポは、キューレから話を聞きつつも攻撃魔術と微量ながら治癒術を使う。


キューレが持っていたルービッドの情報は、出身、性格、ギルド、冒険者ランク、大きな実績や戦闘スタイル、好みの食べ物など様々だった。最後に「これ以上の情報はリピナにでも聞くとええじゃろ」と添え、キューレは再びスルスルと前衛へ。

ワタポが欲しかった情報の半分以上はキューレから提供してもらったが、重要な情報.....になるかもしれない部分はキューレも持っていなかった。

女帝アイレインが纏っている謎の防御。あの正体をワタポは予想し、2つの仮説へ辿り着いた。


ひとつはルービッドの能力ディア

そしてもうひとつはルービッドが得意としている魔術が変化したもの。


女帝種には様々な変化───特異個体になる前に好んで使っていた魔術や剣術さえ変種派生する、といった変化さえ現れる事をワタポは知っている。氷結の女帝は人間時、広範囲で時限式の綺麗な氷系魔術を好んで使っていた事をワタポが知り、昔出会った氷結の女帝が見せた攻撃とリンクした。

つまり、ルービッドも何かしらの魔術を好んで使っていたのならば、それが大幅に強化され、今の女帝の力となっている確率は非常に高い。


「リピナ!」


「ッ.........?」


考えつつ、後衛の更に後ろで雨に打たれていたリピナの元へワタポは辿り着いた。

リピナの表情は絶望色に染まっていたが、今はリピナの気持ちを包んであげるよりも女帝を優先に考え、ワタポはクチを開く。


「ごめんなさい。辛いだろうけど.....お願い、ルービッドの話を聞かせて」


「ルビーの.....話?」


かすれた声で反応したリピナへ、ワタポは頷きすぐに本題へ。


「ルービッドは魔術を使ったりしてた? してたならどんな魔術を好んで使っていたか教えてほしいんだ」


「.........、......どうして?」


「え?」


かすれ弱った声は雨に打ち落とされ、ワタポの耳には届かなかった。ワタポはリピナに近付き聞き返すと、何かに怯えているかのような声で言う。


「.......どうして、なんでそんな事聞くの?」


リピナにとってルービッドは知り合いや友達のレベルではなく、家族にも等しい存在。それをワタポはキューレから聞いたうえでも、リピナを頼るしかなかった。


「それは.......女帝を倒すため」


「女帝を倒す.....ルビーを殺すために力を貸せって事よね?」


リピナも今の状況、ここで女帝を逃がしてしまった場合の最悪の予想も出来ていたが、それでも、姿形は変わり果ててしまっていても、ルービッドを手にかける事はしたくないと。


「.......お願いリピナ。今は」


「───嫌よ。何でみんな簡単に割りきれるの? なんで人間だった人を簡単に殺そうって思えるの? 関係ないから? 別に仲良くなかったから? どうでもいいって思ってるんでしょ? 共喰いなんてルビーがするハズないのに、あんな姿にされる理由もないのに、そうなってしまったなら理由も何も関係なく殺す事ばかり考えて.....」


───わかってる。女帝化した人は助からないし、討伐しなければ次々と被害が出る。わかってるのに。


リピナは唇を噛み、どうする事も出来ない不安定な感情を堪えていた。そんな姿を見て、ワタポはかける言葉も見当たらず胸の奥を痛めた。しかし時間はこの瞬間も進み続け、現実は残酷に叫ぶ。


「「 ───!? 」」


雨の女帝-アイレイン- が突風のような叫びをあげる。レイドから離れた位置にいるワタポ、リピナもその叫びに身体を起こすと、女帝は奇妙な眼球───複数持つ視線をひとりへ向け、八本の腕を背へ回した。掠れ痛む声を途切れ途切れ吐き出し背中から何かを引き抜いた。ブチブチと皮膚を引き千切るような痛音と散る奇色の血液。今までどんな攻撃にも反応を見せなかった女帝が過剰とも言える反応を見せ、異常ともいえる行為───背中から骨を抜き取るような奇行にレイドメンバーは眼を見開き、強張る身体で構えた。


「.....ルビーに何をしたの!?」


「わからない、でも誰かが何かを.....」


ワタポとリピナも眼を見開きつつ、女帝の視線を浴びる者を探す。

ワタポは予想出来ていた。この状況でもあまり深く考えず、すぐ行動しては、最悪状況を悪化させるじゃじゃ馬を越えた存在を。


「おい怒りすぎだぜお前.....それと、その手に持ってる骨武器どっから出したんだ? あぶねーからわたしに向けるなよ?」


女帝へ何かをし、女帝のヘイトを全身で受け止めていた者はワタポの予想通り───似合わないロングヘアーを揺らす魔女エミリオだった。

女帝は怒り声をエミリオへ向け放ち、異形な剣を構える。


「なかなか強そうな剣だなそれ......ま、デザインがキモすぎるからいらねーけどな」


エミリオは短剣を左手で構え、女帝を挑発するように右の人差し指で格好良く誘ったものの、あの表情は「この後の事は何も考えていない、誰か任せたぜ」という他力本願全開の丸投げ時に見せる表情だった。




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