◆276



女帝の背後で流水の球牢に囚われていたタンカー達の救出に成功した救出メンバーは降り注ぐ水魔術の対応に追われる。ディレイから解放されたユカ、ナナミ、烈風、るー、カイトもすぐに設置型の魔法陣を破壊する。

プンプンが飛ばし上げたタンカー達は未だ宙───つまり落下中となる。高さも速度も落下して無事とは思えないものの、プンプンは「大丈夫」とだけ言い、すぐに魔法陣破壊を始めた。

衰弱状態のタンカー達が無事着地出来るとは思えないものの、ユカはプンプンの言葉を信じすぐに魔法陣処理へ。

するとすぐにタンカー達を助けるべく近接メンバーのひとりが声を響かせる。


「クゥ!」


義手の冒険者、白黒の円を瞳に持つワタポは愛犬の名を呼びつつ女帝の攻撃を弾き続けた。愛犬───フェンリルのクゥは鋭い爪で地面を掻き叩き、落下するタンカー達へ跳ぶ。白銀の背で8名のタンカーをキャッチするも、フェンリルとはいえ8名の重装備者を抱えるのは不可能だった。もちろんワタポもそれを承知の上でクゥへ任せていた。

落下の速度を和らげるように空中でワンクッション入れたフェンリルはすぐに下を見る。どこの大陸の者かはわからないが、数名の魔術師は白銀の狼を見て頷き魔術を詠唱した。クゥはすぐに自分の背からタンカー達を滑らせ、魔術師達の前へ落とす。

落下先では緑色の魔法陣がいくつも展開され、ふわりとした風が落下するタンカー達を優しく受け止め着地させた。この風魔術はクゥが空中でタンカー達の速度を殺していなければ成功しなかっただろう。受け止める事に成功した魔術師達はすぐにヒーラーへ声をかけるも、近接で女帝のターゲットを取り合う形で食い止めている者達の回復で手が回らない。タンカーを回復させてターゲットを頼めば近接者達も楽になりレイドを立て直す事が出来るものの、今回復の手を休めれば必ず穴が生まれ女帝はそこを攻めてくるだろう。そうなれば最悪ヒーラー達にまで女帝の攻撃が届いてしまう。

元人間である雨の女帝はどこを先に潰せば効率良く戦えるかを知っているからこそ、始めにヒーラーを潰す事にし、それを邪魔するタンカーを掃除したのだった。


衰弱しているタンカーが目覚めた所で治癒術を与えなければ問題ない。その間に壁ビルドではない近接者を弾き、ヒーラーを潰す。

そう考え、手数を増やすべく女帝アイレインは───腕を増やした。


「うっわ、キモ! てか魔力量やべーぞアイツ!」


「質もやべーな......感知音痴なわたしでもわかるくらいだ」


天使みよ、魔女エミリオが女帝の変化に反応する。

六本だった腕は八本になり、同時に胸焼けしそうになるほど濃い魔力が溢れ出す。肌の色も焦赤色から徐々に黒ずみ、今は黒灰といえる色に。


キイィィィ、と耳鳴りのような叫びを吐き出した女帝は八本の腕に無色光を宿す。


「エミリオ! 堅くなるバフ頼む!」


「もうやってる!」


アスランの声にエミリオは声と補助魔術で返事し、前衛を勤める者達へ防御力上昇やダメージカットなどの効果を持つバフ魔術を発動させた。魔女の高速詠唱、魔女力、そして魔女魔術で普通の補助よりも高質な補助をかける事には成功したものの、相手はSS-S2の特異個体。そして前衛はタンクではない。女帝の無色光───剣術か拳術───が連撃系であった場合、エミリオが使った防御補助魔術は耐えきれず砕ける。ただ砕けるだけならばいい、砕けた後も連撃が続いていた場合前衛達はそれを受け、致命的なダメージを負う事になる。

ヒーラー達もそれを理解しているため、治癒術を止める事が出来ず未だにタンカーを回復させる余裕がない。

少しでも女帝の攻撃を弱めるため、だっぷーは魔銃を乱射するも女帝の無色光が緩まる事はなかった。


「無色光の溜めがにゃがいニャ! こりゃエグいにょが来るニャ!」


猫人族の酔っぱらい大剣使いのリナも酔いが覚める程の溜めだったらしく、すぐに防御体勢に入る。溜めが入る剣術は大剣や大斧などの重量級武器が使う、重量級な攻撃。それが重型連撃だと絶望的とも言える。


「───ヒーラーは全力で前衛を回復! 前衛は攻撃に合わせてプレスガード! タンカーは私が引き受ける!」


響き渡った声が誰の声かもハッキリしない中、女帝は鉄をノコギリで削り切るような不協和音を吐き出し、無色光纏う八本の腕を荒ぶらせた。


予想通りと言えば予想通りの連撃、威力、範囲、速度を持つ女帝の攻撃。前衛は必死にプレスガード───タイミングを合わせて相手の攻撃を圧し弾く防御───をするものの、重すぎる攻撃に全身が軋む。

中間域では魔術や補助でどうにかカバーするも、とても捌ききれる速度ではなかった。


ヒーラー達は各々が使える最大の治癒術を発動させるも、前衛達はゴリゴリと削られ、案の定耐えきる事が出来ず前衛だけではなく中衛も傘に弾かれた雨粒のように飛ばされる。防御姿勢から弾かれたので致命傷は無いものの、重い連撃を受け続けた事により体力的に削られた前衛。予想外の範囲を浴びた中衛は精神的に削られた面が多い。

攻撃後に女帝は硬直に入るも、硬直中でも可能な攻撃───魔術を背後で今も設置型水魔術の対応に追われる者達へと放った。大型の青色魔法陣が展開され、渦巻く水流がタンカー救出を成功させたメンバーを吸い込み、大爆発を起こした。

最上級クラスの水魔術を簡単に扱う女帝の実力。ダメージといえるダメージを与えられない硬さ。そして圧倒的準備不足と言えるレイド。


イレギュラーな女帝の情報など即座に集めるのは不可能。討伐するつもりで集まったワケでもなく、女帝の存在自体が規格外。そのため情報不足や準備不足は仕方の無い事だが、仕方ないで終わらせられるほど簡単な問題ではない。

ここでレイドが女帝に負ける事はさらに大きな問題を生む可能性がある。負けたがレイド全員生きていた。だとしても、女帝が他の街へ行ってしまう可能性は大きい。結界マテリアの影響を受けない女帝は他の街で暴れる事も可能。

三大陸のメンバーが集まっているのにアイレインは崩壊、クラウンだけではなく女帝も野放し、などという結果になれば騎士や冒険者は信頼を失い人々は不安に呑まれる。

そしてそんな状況になれば必ず、レッドキャップは叩きにくる。


セツカはこの流れを誰よりも早く予想し、今ここで女帝を止める事の重要性に力が入る。しかしセツカは冒険者としては弱く、治癒術ばかり学んでいたせいかセツカが持っている魔術も剣術も、女帝レベルには全く通用しない。


「悪くないセンスだ。もう少し力を抜いて楽にしなさい」


先程響き渡った声がセツカの横で優しく響いた。

後衛───癒隊へ合流するように現れた女性は再び良く通る声を響かせる。


「タンカーはもう回復しただろう! すぐに女帝のタゲを! 前衛中衛で回復した者はすぐ参加してタンカーを楽にしてやれ! ダメージを受けてもすぐに治癒してやる───全力で押せ!」


力強く響き渡る声は雨音を一瞬遠ざけるように、全員の耳へハッキリ届いた。


タンカーを治癒し、攻撃を受けた前衛中衛へ素早く範囲設置型の治癒術を使ってみせた声の主は、雨の街アイレインで雨具屋を営むリピナの姉、ラピナだった。





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