◆275



止む事なく降り続けるアイレインの雨。分厚い雲が重苦しく夜空を包む空を、異形な特異個体、女帝種の咆哮が昇る。

ウンディーの女王セツカ───セッカの声が響いた直後、わたしエミリオを含めた討伐メンバーは女帝をモンスターだと割り切り、討伐する事を承諾。その瞬間からある種の視線が女帝へ突き刺さった。

討伐する───つまり殺すという意の視線。

その視線に反応するように女帝は咆哮を空へ吐き、戦闘体勢へ入る。ずっしりと重く濃い魔力が【雨の女帝 -アイレイン- 】から蒸発するように、曇るように沸き立つ。


「エミリオ!」


敵意を沸き立たせる女帝を前に、わたしの名を呼び文字通り飛んでくるのは半妖精のひぃたろと、両義手を持つ白黒の騎士ワタポ、そして飛雷するよに地面を蹴り飛ぶ九本の尾を持つ魅狐のプンプン。


「よぉ、プー。耳と尻尾が出っぱなしだけど元気か?」


魅狐プンプンは髪の毛の色こそ普段と変わらない黄金色だが、頭には形のいい耳、背腰では九本の尾を広げた雷狐状態。


「うん、迷惑かけてごめんね。エミちゃん」


口調、声質、そして返事から考えて、能力に呑まれた状態ではなく、突破した状態だろうか。それならば心強い。


「わたしは別に何もしてないぜ。それより───ハロルド、ルービッドの状態は?」


わたし達が会話をしている中、即席で組まれたレイドのタンク隊が先頭に立ち、女帝討伐が開始される。


「完全に女帝化してる。あそこまで堕ちてしまったらもう助からない」


半女帝と言えるハロルド───半妖精のひぃたろは自分が持つ女帝種のマナや魔力から考えて、相手の覚醒状態を予想した。どれほどの数を共喰いしたのか、あるいはフローが何らかの行動で共喰いと同じ現象を起こしたのかは知らないが、


「......完全に女帝化してるってワケかよ」


「あのマナや魔力で助かるなら......森の女帝も助けられたわよ」


完全体に一歩及ばなかったとはいえ、近い状態だった森の女帝よりも更に上の状態が今のルービッド。最早助ける事は出来ない程、女帝種として特異覚醒してしまっていると言う事をひぃたろ───ハロルドは険しい声で溢した。


「───ワタシはここで女帝を必ず討伐する。女帝の正体が知り合いだとしても、ここで止めてあげないと次々に被害を出して、時間が経てば経つほど討伐が難しくなる。それが女帝種なんだ」


義手の拳を握り、雨の女帝を見るワタポは鋭い声───出会った時にも似た尖る声質でそう言った。


「ボクもワタポと同じ気持ちかな。助けられないなら.....ここで終わらせてあげないと」


このメンバー、ワタポ、プー、ハロルド、そしてわたしの4名の中では相手の事を考え悩むタイプの2人、ワタポとプーが女帝───ルービッドの討伐を押している事に少々驚いた。しかし、そこまで深刻な状況なのだと同時に納得した。


「そこの多種多様! 喋っとらんで力かせーや!」


余裕のない声でアスランがわたし達へ言い放ち、各々の気持ちや状態の確認をやめ女帝を見る。


「───!」


たった数分で状況は最悪になっていた。レイドといえるレイドを数回しか体験していないわたしでも、即席レイドの不安感は通常より大きい。そしてその不安感が今現実となっていた。


わたし達はすぐにレイドへ合流し戦闘の感覚、このレイドの戦術や戦闘の運びを掴もうとしていた時、妙な違和感が───.....前衛の者達は女帝のしなやかで強靭な腕に弾き叩かれる状況、その者達の手には盾や大武器、ガード力も高い武器はなく、防具も攻撃を受け止めるダメージカットを持つ鎧系とはとても言えないものだった。


「ちょい待ち、タンクはどした!?」


違和感の正体は壁隊───タンカーの不在だった。本来ならば前衛で攻撃を捌きつつタウント系などの剣術や盾術でターゲットを自分達へ向ける壁役が見当たらない。


「ひぃたろ! プンプン! タンクを助けに行くから付き合って!」


声を荒立てたのは希少な音楽魔法を持つ、音楽家ユカ。音楽家の周辺には後天性 吸血鬼と悪魔、大剣使いの猫人族るーと狼耳のカイト、そして和國装備の烈風。


指名された2人はすぐに音楽家と合流し、わたしとワタポも別々で行動する事に。

ワタポは白黒の能力と対女帝といえる硬度の義手を巧みに使い、前衛で攻撃を捌く。

わたしは魔女の特性である行動詠唱を使い、中距離から近距離を往復するように立ち回る。魔女力を使って最上級ランクの魔術を連発したい所だが、ここは街中であり周りには人もいる。無闇に魔女術を使えば被害を出してしまう。


「捌ききれない攻撃は各自対応! ヒーラーは回復術を途切れさせないで! ユカのチームはタンクの救出、魔術を使える者は救出のサポートを!」


指示を飛ばしつつ、自分も治癒術を使うセッカだが、声に余裕が感じられない。

圧倒的にタンク、ヒーラーが足りない状態で、女帝討伐は加速する。





「女帝の背後にタンカーがいる! 水系の魔術で拘束されていて時間がない」


音楽家ユカは早クチで言い、音楽魔法を奏でた。

足元に中範囲のサークルが展開され中の者達の移動速度を一定時間高める補助魔術。


「背後に回り込んだら、マユキ、ひぃたろの2人は飛んでくる水魔術を消して! プンプン以外は私と一緒にタンクの救出、救出後プンプンはタンク隊を手荒でいいからヒーラーの所まで吹き飛ばして!」


音楽家ユカの狙いはタンカーの救出で、それ以外は各自対応しろという捨て身にも近い作戦。しかしこの作戦が効率的で、自身を捨て駒にしてでも成功させなければならない事だった。


「壁と癒が揃ってればレイドは簡単に崩れない......、行くよ」


普段は人をまとめたりしない音楽家だが、作戦の考案、メンバーの厳選、そして行動までの速度は中々に速く、集まったメンバーも理解力と想像力が高く、細かい説明や会話を省略し作戦を開始する。


まずはひぃたろとマユキが各々のスキルで飛び、女帝の背後へ回り込んだ。すると説明通り水魔術───水の球体に閉じ込められている壁隊を発見。

高度を下げ接近すると仕込まれていたかのように水魔術の魔法陣が展開され2人を襲う。その魔術を合図に残りのメンバーが走る。

未だ女帝は前衛をターゲットにし、六本の長い腕を荒く振り回している状況。


───これなら行ける。


音楽家は更に加速し、水の球体が見える距離で言う。


「多少荒くてもいい! 水玉を弾き飛ばす!」


腰から双剣を抜き、剣と剣を擦り合わせた音楽家。その音で音楽魔法の属性───音属性を持つ剣術を立ち上げる。エミリオが使う魔剣術からヒントを得て産み出した音楽家ユカ専用の近接戦術-奏剣術。


奏剣術の隣で、後天性悪魔のナナミが闇色と夕色のカタナを抜き、刀身を無色発光させる。遅れる事なくカイト、るー、烈風も剣術特有の無色光を武器へ纏わせた。

水に囚われたタンカー達の元へ一気に詰めようとした瞬間、魅狐プンプンが声を出した。


「待って!」


待て、という声。

その声に少なからず気を奪われた物理メンバーは剣術がファンブルしない程度、速度を下げた───直後、足下に大型の魔法陣が展開される。

空中では後天性吸血鬼と半妖精が雨のように降り注ぐ多数の水魔術へ見事対応しており、足下などに気を回していなかった。そして、一度目のタンカー救出では空中の水魔術に行く手を阻まれていたため、地面に展開された魔術は未知数。


だが───


「───構うな!」


音楽家ユカは一言叫び、全力で速度をあげた。それに続くように水弾破壊メンバーは速度をあげ、無色光も強める。


魔法陣のカラーは濃い青。範囲も広く下手に雷で対応する事が出来ないプンプンの頭上を越えるように声が抜ける。


「飛べ!」


その声にタンカー救出メンバーだけではなく、プンプンも反応し、地面を蹴り飛んだ。

その瞬間、青色の大型魔法陣を塗り潰すように茶色の大型魔法陣が展開、地震のような震動音を響かせ水魔術ごと魔法陣を破壊した。

音楽家ユカは振り向く事なく、水弾へと進み、


「ナイス、エミリオ」


一言呟き、全力で剣術を放った。水弾の数は8つ。全員が単発ではなく連撃、それも重連撃系の剣術を容赦なく水弾へ浴びせ、見た目以上に硬度だった水弾を叩き壊す事に成功。水魔術と地魔術が反発相殺し、抉れ荒れる地面を縫うように抜けた金色の魅狐は尾を広げ強く扇いだ。

酸素を求め呼吸していたタンカー達は薙ぎ払われた尾に打ち上げられる。力加減をして女帝の前に落としでもすれば最悪の結果になる。そう考えたプンプンは全力で尾を振り、全力でタンカー達を打ち飛ばした。


「おいおい、あにょ後どーするニャ!?」


剣術ディレイに襲われている猫人族の大剣使い、るーは面白いように打ち上がるタンカー達を見て声を出す。タンカー、壁は鎧や大盾などの重装備。なめらかな着地など望めない。


「ぐっ、ディレイで動けない」


「俺もだ、こまたねぇ~」


カイト、烈風はどうにかすべく動こうとするも連撃系重剣術の硬直をそのまま受け入れてしまっている状態。ユカ、ナナミも同じく、3、4秒ほどのディレイに襲われる。

上空では未だに止まない水魔術の対応に追われるマユキとひぃたろ。

今すぐに動けるのはプンプンだけだが、動く事をせず、


「大丈夫」


と、自信満々に言った。距離計算をして打ち飛ばしたように思えなかったが、プンプンの言葉に、なげやり、や、運任せ、などの色は無く、信じて任せている雰囲気を横顔に残し上空に展開され続ける水色の魔法陣を睨み、雷撃で射抜いた。





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