◆271



麻痺状態の人形───竜騎士族を見て、ボクは数秒だけ止まってしまった。ボクがあの日、リリスを里へ招き入れていなければ今も生きていただろう、今もボクはみんなと生活していただろう。

ボクがみんなを殺したようなもの.......そう考えるともう一度みんなを殺すような事は、と思い悩んでしまう......。時間を戻せるなら今すぐあの日に戻りたい、と何度も思った。でも、そんな事は不可能で。


ボクの身勝手でリリスを招いてしまってボクがみんなを殺したようなものだ。

悔やんでも、謝っても、何も変わらない現実だけが残った。


今、またこうしてみんなに会えてボクは───やっとやるべき事がわかった。


みんなもう、死んじゃったのに.......リリスは死んだ後もみんなを酷く苦しい糸で縛り、したくもない事をさせられてる。


モモカも、みんなも、ボクがちゃんと還す。


そうしないと、本当のみんなに会えない。

謝っても許されない事をボクはしてしまった.....でも、ちゃんとみんなに会って、ちゃんと謝りたい。


だから───



「逝くべき所で、待っててください。全部終わったら.....ボクも行くから」





金色の魅狐は九本ある尾のひとつを青白の炎へと変化させた。同時に、金色だった髪は鮮やかな銀色に染まり、唇や目尻、頬に鮮やかな朱色の模様がプンプンの覚悟を魅せる。

青白の炎は遠い記憶を写すように揺れ、銀色の魅狐は朱色の瞳を燃やし、尾を薙ぎ払った。

空気を燃やす音が響くと炎は青銀色へと変わり、規格外とも言える範囲を迅速で這い回り、竜騎士達を包んだ。


「おぉ!? ありゃ魅狐火おくりびかいな? こりゃ今のリリスちゃんならゲームオーバーかな」


遠くで観察していたクラウンのリーダー、グルグル眼鏡の道化フローは魅狐が薙ぎ払った炎を見て、まるで新しいオモチャを買って貰った子供のような声と笑顔をみせた。

 

「魅狐火ってなんだ?」


フローとは違って、見た事のない炎に驚く赤眼の道化ダプネ。同じくリリスも炎を見てオッドアイを見開いていた。


「あれはお狐様だけが使える火だよ。火、炎、焔って感じ。んし、リリスちゃん拾いに行くわさ!」


「あの炎.....火か、そんなにヤバイのか?」


「んやー.....わたし達にはヤバくないけど、リリスちゃんにはちょっと不利というか、面倒ってゆーか、今ラブドールちゃんにブチギレられると面白くないし、強制帰還ナリ! あの子あんな喋り方して短気だし、ブチったら見境なしになるからねん」


「魅狐、か。エミリオの仲間......」


「おを? 興味湧いたナリ? わたし的にあの場には楽しい人達オモチャが沢山あってワクワクするナリよ。グヒヒヒヒ」


奇妙な笑い声を吐きつつ、フローはダプネへ空間魔法を命じた。





青銀色の炎は竜騎士達を包み、静かに燃え続ける。

死体人形としてリリスに操られていた竜騎士達も、青銀の炎───魅狐火おくりびに抱かれた瞬間リリスの能力から解放される。


リリスは指先から伸び張っていた糸が途切れる感覚を拾うも、表情を変える事なくプンプンと竜騎士をオッドアイで見詰めていた。モモカ達の時と同じ感覚を覚えたリリスだったが、今はあの時とは違って落ち着いている様子。そこへ空間を通りフローとダプネが。


「おろ? 怒ってるかと思ったけど全然じゃん」


「フロー.....。まぁ、ね」


「あっちの連中も動こうとしないな......アイツらも魅狐が気になってるって所か?」


空間を閉じたダプネはセツカ達の方を見て呟くように言った。エミリオやひぃたろ、ワタポでさえも今のプンプンの状態がわかっていないのが現状。突然暴走する事も、フレームアウトする事も考え、セツカ達は構えている。

もちろんクラウンを無視するつもりはないという者もいるが、魅狐の状態がハッキリしていない今、何をどう動けば正解なのか見えていない。


「丁度いいナリ。わたし達も観察して、魅狐火が消えたらみんなとお話して~プレゼントして~退散退散! 今あっち側と遊ぶのは勿体無いし」


楽しげに言ったフローはその場に座り、どこから取り出したのか、大袈裟な双眼鏡で魅狐と竜騎士を観察する姿勢に。


「.....フロー、あと、で、魅狐、に、ついて、教え、て」


「いいど。てゆーか、やっっっと相手に興味もったかいな愛人形ちゃん」


「うん。今の、プン、プン、凄く、強、そうで、やっと、落ち、着い、て、愉し、め、そう、な、相手、に、会えた、気分、だ、わ───凄くいい欲しいわプンプンの人形」


「リリスちゃんや。お前が本当に真面目に、本気になったら今の魅狐レベルなら殺れるじゃんかい。もっといい人形になるのを待つのもいいけど、強すぎて人形に出来ないって結果はバカすぎるからな~。まぁありゃ相当いい人形になるだろうけども」


大袈裟な双眼鏡をグルグル眼鏡に当て、フローはプンプンを上から下、そして下から上へとなぞるように視線を動かし、「おろ? お狐様はじつはナイスバディーの女狐ちゃんかい!」と、どうでもいい情報を双眼鏡を通して入手していた。





「みんな.......」


俯くように顔を下げている竜騎士達を見て、ボクは何も言えなくなった。

すると先頭に立っていた竜騎士───ボク......モモカの父親がゆっくり顔を上げボクの方を向く。瞼が閉じられたままの状態を見てボクは思い出す。

父の瞳はリリスが奪い、捨てた事を。


「ッ───......」


外からの者を勝手に招き入れてはいけないという竜騎士族の掟をボクが破ったから、リリスをボクが里へ招き入れてしまったから、お父さんもお母さんもモモカも、みんなも......。


「───」


「!?......え?」


取り返しのつかない、悔やんでも悔やみきれない過去を抱いていたボクを、何かが優しく撫でた。

俯きかけていたボクは驚き、顔を上げると───他の竜騎士達もボクを見る。

奪いとられた眼で、暗い瞳で、ボクを。


あの日の事を怨んでいるに違いない、ボクの事を怨んでいるに違いない、そう思うと怖くて逃げ出したくなる。それでも、今は向き合うしかない。魅狐火きつねびは相手が送られる事を望んでいなければ何の効果もないもの。ここで全員が送られる事を望まず魅狐火が消え、ボクへ向かってきた場合───ボクは.....。


恐れ怯えるボクへ1歩近付く竜騎士の女性。綺麗な桃色の髪で、赤色の髪を持つ父の隣へ。


「.......お母さん」


モモカと同じ、綺麗な桃色の髪を持つ......モモカの母親。

母は、モモカの両親は、ボクを見詰めゆっくり唇を動かした。すると他の竜騎士達は優しく微笑み、魅狐火はそれを待っていたかのように強く燃えあがり竜騎士達を抱いた。ひとり、またひとりと優しく包み込んで魅狐火と共に消える竜騎士達。

みんなが送られる事を、還る事を望んだからこそ魅狐火が燃えあがった。


ボクは胸の奥が強く締め付けられるように、苦しくなった。みんなをこんな風にしてしまったボクを怨んでいないワケがないのに、みんなはボクを見て優しく微笑み、温かく消える。


「なんで......だってボクが」


───ずっと苦しませていたのね。ごめんねプンちゃん。


───モモカを頼んだぞ、プンプン。


懐かしい声が、温かい声が、子供のように泣き出しそうなボクを温かく抱き締め、優しく撫でた。


「.....お父さん、お母さん.....ごめんなさい、ボクがもっとちゃんと考えてたら、ちゃんとしてたら.....ボクのせいでみんなが、ボクのせいで、ボクがリリスを招いたせいで.....ボクがリリスを止めなかったせいで今も色々な人達が」


喉を裂くように溢れた声は弱々しく震え、子供のように泣き出してしまった自分。それでも止める事は出来ず、今まで溜まっていた後悔が粒となり溢れ出る。


「ボクがちゃんとしていれば、ボクがもっとしっかりしていれば、こんな風にならなかったのに」


泣き出してしまったボクを見て、少し困ったような雰囲気で父と母は微笑んだ。

そして、


───お姉さんなんだから、泣かないの。


───竜騎士達はいずれこうなっていたハズだ、これは罰.....竜騎士の里へ行けばお前もわかる。


───......私達も、もう逝くわ。モモカの事を頼んだわよ、プンちゃん。


───お前のように優しい子が俺達の子供でよかった、プンプン。



ふたりはボクの頭を撫でるように想いを燃やし、魅狐火はゆっくりとふたりを抱いて消えた。


ずっとずっと、胸の奥に隠し押し込んでいた後悔の棘を竜騎士達が優しく抜いてくれた。怖くて逃げ出したい気持ちだったボクを優しく支えるように微笑んで。





───誰か助けてよ。


10年前のあの日、プンプンはそう嘆き苦しんだ。

初めて自分の魅狐が現れ、初めて自分の大切なモノを奪われる痛みと辛さを知って、初めてひとりぼっちになったあの夜。

魅狐───化け物になり、ひとりになり、後悔の棘が深く深く突き刺さった夜から10年。

魅狐プンプンへ深く突き刺さった棘を竜騎士達は優しく抜いてくれた。

プンプンは少しだけ許された気が、救われた気がした。




同時刻、ノムー大陸に残る崩壊した街【シガーボニタ】にある廃館の地下で、胸が締め付けられるほど懐かしくなる風が、冷たい少女の頬を撫でた。


「 ッ!?..........」


欠落した感情の穴を埋めるように懐かしく温かい何かがひっそりと少女の中に残った。


誰のモノかもわからない二本の腕で、誰のモノかもわからない躯を抱くようにし、誰のモノかもわからない十本の指で、誰のモノかもわからない両肩を強く掴んだ少女。


怯えているようにも思える少女だが、瞳の奥には何かを信じているような光を宿し、不協和音が奏でられる薄暗い廃館で───姉を信じ待った。





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