◆268
純白の大翼を広げた天使───みよ。震える翼は金色の微粒子を微かに散らし、苦しそうな表情で翼を大きく扇いだ。
天界の天使が使える回復術は、翼を扇ぎ起こした風で数多の傷や病気を消し去る神業ともいえる治癒風。しかし相応のリスクがあり、天界以外の場で翼を広げる事で、翼は毒素を吸収する。
毒とは───天使以外の生き物の心にうまれる負の感情に近いもの。
今みよがいる場は恐ろしく毒素が濃く、翼を蝕む。
そして、天界以外で翼を広げ天使以外に回復術を使う行為を、天使族は許さない。
───そんなの、知った事か。
苦しさに耐え、大きく扇がれた天使の翼は温かい風を巻き、傷付いた冒険者や騎士、アスランがギャンブル領域で助けたものの倒れたまま動かないだっぷーやカイト達、悪魔のナナミをも優しく包み、回復させる。
「~~~っ......」
突然吹き抜けた癒の風は浴びた者───みよが選んだ対象───は一瞬で全快させる壊れ性能を見せる。
天使は膝をつき苦しそうな表情を浮かべ、震える手で天使の特性を隠し鎮めるピアスを装備し痛む翼を休ませる。
「ッ───はぁ......濃すぎだろ毒。死ぬっての」
天使族のルールを無視し、天使以外の者を回復させたみよ。
この行動はすぐに天界の住人達へと風のように流れ、この瞬間から天使みよは堕天扱い、天界ではSSS-トリプルレート指定の罪人となる。
◆
「おいおいおい、おいおいおい、アイツ本物の天使かいな!」
フローはみよの回復術にグルグル眼鏡を輝かせる。
回復術───といっても性能は回復と再生を同時に行うチート術。天使族にしか使用してはいけないというルールはこの性能から生まれた規則であり、使用した場合いかなる理由でも罪人とされる。
「ダプネちゃん、ストップ」
抜き身の剣をキンッと鳴らしエミリオをターゲットにしていたダプネを、嫌な小声で止めるフロー。
「黝簾はわたしが相手するわさ。ダプネちゃんは天使を捕獲───どわぁ!?」
「───!?」
フローがダプネへ指示を出している最中、エミリオは雷魔術を器用に使い、魅狐のような移動を見せ一瞬にしてダプネ達の前まで跳ぶ。
「グチグチしゃべってんじゃねーよ」
ふたりのピエロへそう言い放ち、エミリオは上級風魔術と上級氷魔術を暴れさせた。
「あぶぶぶぶぶぶ、掠った掠った! 掠ったわいな!」
「ッ───黝簾.....」
フローとダプネが居た位置を深く抉り消した豪嵐の爪、周囲を瞬間氷結させた氷結魔術。予想を遥かに越えた魔術にフローは、
「コイツ本気かいな.....やっぱ天魔女より黝簾の方が頭イッてるよな」
と笑い嘆き、コインケースを取り出した。
「おい! 黝簾はわたしが」
「ダプネちゃんの相手はすぐ後ろにいるナリよぉ~。そいつ任せたっちゃ」
そう言い残し、フローはエミリオへと突っ走る。残されたダプネは背後にいる者へ、
「......お前に全く興味はない。わたしに構うな───半妖精」
「私も貴女に興味なんてないわよ? でも、ここまでやっといて構うなは無理な話よね?」
ゆっくり振り向き、翅を広げた半妖精を見てダプネは溜め息を吐き出した。
◆
「すっごいのぉ.....天使って本物じゃったんかい」
みよの回復術に驚きを隠せないキューレは、みよを色々な角度から観察し始める。竜騎士族やワイバーンが今この瞬間も暴れているにも関わらず、瞳を輝かせ様々な角度から観察しては「話聞かせて」「いくらじゃ?」「はよはよ」と情報屋としての仕事を始める。
「今ほんと無理。後にして......寝てた人達起きたよ」
苦しそうな声を出したみよは眼を覚ました者達を指差し、後は任せた、というような雰囲気を醸し、セツカの後ろへ下がった。
だっぷー、カイト、るー、ユカ、リナが眼を覚ますと同時に、遠くから声が。
「間に合ったか!?」
「んん~もう眠くてシナシナシメジになりそう.....」
「悪いがもう少し頑張ってくれ」
ジュジュとしし、途中で拾ったのであろう騎士団長代理のレイラが巨大狼の背に乗り現れる。
「お、あっちも帰ってきたね」
竜騎士族と応戦中だった鍛冶屋ビビは赤いハルバードを豪快に振り、ジュジュ達とは逆方向を見て呟いた。
そこには両義手を失ったワタポと、九本の尾を広げるプンプンが。
「───急ごうプンちゃ」
「───.......うん」
加速するふたりを見てビビは、竜騎士とワイバーンへ再びハルバードを振るい大きく下がる。すぐにフォンを操作し大きな鉄箱を取り出し、ワタポを見て手招きする。
「ん? ビビさん?」
「───ッ!.....ボクはこのまま行く、ワタポはビビさんの所へ」
前方に蠢く影を見たプンプンは、突然深く冷たい声を出し加速した。
それを感知出来る範囲ではないものの、直感的に拾った人形ピエロは───
「やっと、来た」
ねっとりとした声で呟き、蠢く影───竜騎士族を集めた。
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