◆269



見えない糸に引かれるように───実際にリリスの糸によって引き寄せられているが───竜騎士族達は不規則な動きで宙を舞い、1ヶ所に集まる。


「あら? なんデスかねぇ」


「なんだか知らないけど組み直すチャンスだ。全員一旦下がるぞ!」


後天性吸血鬼のマユキは逃げるように跳んだ竜騎士を見て首を傾げ、ドメイライト騎士のヒガシンは声を張り全員を一旦下げさせる。突然始まった乱戦の中で持ちこたえたとはいえ、準備出来る時間が一瞬でもあるなら一旦下がり次へ備える。冒険者ならばそのまま継続、突撃を選ぶが騎士は冷静に状況を見る脳を騎士学校の段階で濃く教えているからこそ出せる判断。


ヒガシンの声に従い下がる騎士や冒険者達だったが、それらを飛び越え進むひとりの影。

雷を軽く弾き、九本の尾を靡かせふわりと着地した魅狐はリリスの人形───竜騎士族を見て尾をゆるりと下げた。


プンプンがどのような表情をしているのか、ヒガシンやマユキ、セツカには見えないものの後ろ姿は悲しく震えていた。


「プンプンさん、九尾デスねぇ.....大丈夫なんデスか?」


金色の毛と九本の尾を見たマユキはプンプンがもう暴走していないのかを確認する。


「ボクは大丈夫。みんな怪我とか診てもらって、少し休んでてよ......あの人達はボクが」


明るくも震えた声にセツカは何かを感じとり、すぐに指示を出す。


「プンプンは竜騎士族を。私達は街にいる他の者へ連絡し、全員ここへ集合させてます! クラウンがこのまま引き下がるとは思えません.....全員傷の手当てや装備の調整を!」


そう言ったものの、セツカの不安はクラウンだけではなかった。

離れた位置、声が届かない位置で睨み合う赤眼のピエロと半妖精。

異質な魔力を纏う青髪の魔女とグルグル眼鏡のピエロ。

夕焼けのようにどこか寂しい雰囲気を溢れさせる魅狐と奇怪な人形ピエロ。


何が起こるか全く予想出来ない状態だが、何が起こっても対応出来るだけの準備をする事をセツカは命じた。眼を覚ましたばかりのユカやだっぷー達もぼんやりする頭を必死に起こし、各自状況確認を済ませ装備を整える。そんな中でビビはワタポへ、


「あの3人がピエロ釣ってる間に腕つけちゃお」


フォンから取り出していた豪華な鉄箱を開くと、以前とは比べ物にならない程スタイリッシュな義手が。


「これ......新しい義手?」


「うん。素材仕入れるの大変だったよ~料金は......前のが未完成というか微調整前だったから無しでいいよ。今ボロッてるの少なからずビビにも責任あるし」


ワタポの視線を吸い込むように、重く輝く黒鉄の義手が言葉に出来ない存在感を溢れさせる。


「これが完成形の対女帝用義手......いや、戦闘用高性能義手? 違うな.....対高難度? まぁいいや。詳しい性能は後日ゆっくり教えるよ」


ビビは義手を持ち上げ、最終確認を済ませワタポの腕───義手を接合する部分の確認をした。


「派手に壊されたけど.....ナーブマテリアは生きてるね。接合部分も新調するつもりだったけど、大丈夫?」


ナーブマテリア───義手と人体を繋ぐ神経の役割をしてくれるマテリアで、ワタポはそれを両腕につけているからこそラグもなく指先まで思いのまま操れている。接合部分は外装が硬く、簡単に変更可能な仕様なのはビビのTECがあってこその仕様。

しかし義手を繋ぐ瞬間は全神経を冷たい鉄で撫でられるような、嫌な感覚と嫌な痛みが生まれる。こればかりは神にもどうする事も出来ない。


「大丈夫、繋いで」


「りょ。それじゃいくよ、3、2、1」


「!! ~~~~ッ......」


カチャ、と小さな音が響いた瞬間、ワタポの全身を駆け抜けた嫌な感じと痛み。その感覚は身体に残り、ゆっくり消える。


「......軽い」


「でしょ? 前より軽くて前より頑丈。温度変化にも強くなってるから色々幅が広がると思うよ。後は.....後日説明するよ、今詳しく話しても落ち着いて聞いてられないでしょ」


そう言いビビは鎮痛剤を渡し、視線を遠くの3人、エミリオ、ひぃたろ、プンプンへと流した。





微粒子を撒き散らす翅を見て、ダプネは視線を鋭く尖らせた。


「そのエアリアル.....お前、結構濃い共喰いをしたな?」


「───......へぇ、翅を見てわかるのね」


隠す気も否定する気もないひぃたろは素直に答えた。


「そりゃ、ね」


危うく自分が魔女である事を口走りそうになり言葉を止めるも、別にバレてもいいのでは? と考える。エミリオにバレたくないという気持ちはあったが、他の人にバレたくないという気持ちはなく、既にエミリオには正体がバレている。ピエロメイクの隠蔽もエミリオに対しては働かない状態。今更この半妖精に自分が魔女でダプネである事がバレたとしても、何の問題もないのでは? そう考えていると半妖精が言う。


「私の翅を見て共喰いに気付くって事は、私を知る誰かか、あなたが純妖精か......どっちでもいいわ。そんな事よりサーカスを中止してもらえない?」


「......それはわたしに言うなよ。あそこにいる眼鏡に言え。アイツがサーカスの責任者だ」


ダプネは面倒そうに溜め息を吐き出し眼鏡ピエロことフローを指差し、半妖精と絡む気はない と言うのうに近くの瓦礫へ腰掛けフローの方を見る。


そんなダプネから敵意を感じないひぃたろは少々つまらなさそうな表情を浮かべ、エミリオを見た。





氷には炎、水には地、闇には光。愉しげな声。


「凄いね凄いねー! そのレベルの魔術をポンポン撃てるのはビックリだ! 噂以上にダルいヤツだなチミは!」


エミリオの魔術に対し、フローは有利属性をぶつけケタケタと笑い言う。反応、判断、詠唱、発動、魔術の知識だけではなく技術も備えているからこそ出来る行動に、エミリオは驚きを隠せなかった。

いくら魔術の知識と技術が高いとはいえ、エミリオが使用した魔術は上級のものばかり。そして魔女の魔力を微量使用し詠唱、発動させた魔女魔術。普通の上級魔術とは威力も性質も桁違い。氷に対して火ではなく炎を選択し、ぶつけてきた時点でエミリオはある違和感をおぼえ、続く魔術でその違和感の正体を拾い、最後の魔術で眼鏡ピエロの実力───危険度を知った。


「お前..........魔女か」


「ニヒッ、正解ナリ~」


「移動詠唱は魔女の特性。そしてお前の光属性は、光系譜の種族か魔術に特化した種族でも簡単に使えないやつだ......お前一体なんなんだ?」


「う~ん......なんなんだって聞かれても答えるの難しいわさ。ま、答えにならんだろーけど後で面白いもの見せてやるよ、黝簾魔女タンザナイトちゃん」


飽きたのか、エミリオの魔術を数回相手にしたフローはヒラリと手を振り、瞬間移動のような移動方法でエミリオから大きく離れた。


「......うぜーピエロだな。こっち見て笑ってんじゃねーよ」


離れたといっても消えたワケではないフローは、エミリオから距離を取り挑発するようにニヤニヤと笑っていた。苛立っている様子のエミリオだったが、目的はフローではなくダプネ。距離を取り何もしない眼鏡ピエロに苛立つも相手にする事もなく、赤眼ピエロ───ダプネの方を見ようと身体を揺らした瞬間、フローの隣に空間魔法が展開され目的のダプネが現れる。


「長耳ちゃんの相手は飽きたのかいな?」


「飽きるもなにも、わたしは半妖精に興味ない」


「ありゃ、そりゃ勿体無い。して、なんで戻ってきた?」


「黝簾の相手はわたしがすると言ったろ。それに───アイツを観察したくてな」


2人のピエロは軽く会話し、視線をエミリオではなくもうひとりのピエロ───と向かい合っている九尾の金魅狐へと。


「ほぉ、確かに今のお狐様は気になる存在だわさ.......おーい、黝簾! お前の仲間のお狐様が暴れ終わったら続きしてやらない事もない! だから今は黙っててくれロンな? てゆーか黙ってろ」


遠くのエミリオへ声を飛ばしフローはグヒヒと笑い、プンプンを指差した。






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